短編集「つばなれまえ」

あおみなみ

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お姉ちゃんになった日~いちばん初めのプレゼント

園庭の少年

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 私はたった一人で「こばとようちえん」の園庭に立っていた。

 外から見える限りでも、教室や、先生方が事務を執る部屋にも人っ子一人いない。
 しかし砂場遊びに使うためのシャベルや砂ふるい、小さなバケツなどは、なぜか出しっ放しになっていた。

 外は晴れてはいないが、雨が降りそうなにおいもしない。

 とりあえず、一番いい砂ふるいを厳選して、「えへへ」と言いながら、タンバリンのように表面をたたいてみた。
 シャベルもバケツも、一番好きな赤い色のものを選んだ。

 あれ…?赤いバケツなんてあったっけ?
 たしか黄色と緑しかなかったはず。
 ま、いいや、きっと新しく買ったんだろう…と、深く考えず、バケツの中にシャベルを入れて、砂場に向かった。

 砂場には、半ズボンの園服を着て、スモックを着けていない小さな男の子がいた。
 知らない子なのに、どこかで見たことがある顔をしていて、私よりも体が小さい。

「一緒に遊ぼう」って声かけた方がいいのかな。
「スモックつけないで外で遊ぶと、お洋服汚れちゃうよ」って教えてあげるべきかな。
 私がそんなことを迷っていたら、男の子は私からバケツと砂ふるいを奪い、走ってジャングルジムまで行った。

「何すんの!」

 当然私は抗議したが、男の子は小さな体を活かし、ジャングルジムの枠組みを下の方からやすやすとくぐって、真ん中に砂ふるいとバケツを置いて、その後は滑り台の方に走っていった。

「♪ここまでおいで」

 男の子は調子を付けてそう言い、滑り台の一番上で足を踏み鳴らした。
 私は無視して砂遊びセットを取ろう思ったけれど、何となく後を追ってしまった。

 私が滑り台の階段をのぼり切るのを見計らって、男の子は滑り降り、次にブランコのところに行った。

 私が滑り降りて、ブランコに近づいていくと、軽く漕いで遊んでいた男の子は、軽くジャンプするようにブランコからおりて――そして姿を消した。

 こばと幼稚園はとても小さく、園庭も狭い。
 運動会は、お隣の工場のグラウンドか、一番近い小学校の校庭を借りてやっていたくらいだ。

 だから遊具と言えるものも、男の子が次々と移動したもの以外だと、せいぜい鉄棒しかない。
 鉄棒をやると、手が「鉄臭く」なるので苦手だから、私は普段からあまり近づかなかった。

 すっかり振り回され、さっきの子は何だったんだろうと思いながら、休憩がてらブランコを揺らしていたら、どこからともなく声がした。

「遊んでくれてありがとう、

「え?」

「ボクがさっきさわったところは、全部ひとり占めできるよ。1日だけだけどね」

◆◆

 木曜日の朝になった。

「起きなさい」と祖母に声をかけられ、ガバッと起きた瞬間、男の子をどこで見たのか思い出した。

「しゃしん!」
「写真?どうしたの?寝ぼけてんの?」
「ちがうよ。幼稚園に入ったときの写真、どこ?」
「アルバムに挟んであるでしょ」
「見せて!」
「何言ってるの、朝っぱらから」
「見せて!!」

 私のおねだりに感嘆符エクスクラメーションが一つ増えたせいか、気圧された祖母は、しぶしぶながらアルバムを開いてくれた。

 口を真一文字にぎっと結んでいるものの、うれしそうな表情が目で分かる。
 父が「やっぱり俺の小さい頃に似ているな」と、自分のセピア色になった写真を引っ張り出してきて並べたっけ。

「似てるかなあ」
「そっくりだよ。思わない?」
「でも、おとこのことおんなのこはちがうよ」

 兄も含め、“うちの子”は全員父そっくりだと昔から言われていた。

 夢の中の園庭で私をさんざん振り回してくれた半ズボンの子は、まさに写真の中の「私」の顔をしていたのだ。
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