短編集「つばなれまえ」

あおみなみ

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ナオのちからこぶ

ナオとトシくん

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「まかせて!」

なかよし小学生男女の物語

***

 あのとき私は小学校4年生で、学校の北校舎の屋上で絵を描いていたから、多分天気がよかったはずだ。
 みんながてんでに好きな方向を向いて、校舎と中庭の花壇とか、少し遠くに見えるビルとか、近くのお寺の屋根瓦とか、好き勝手に描いていた。
 多分「学校から見える風景」みたいなお題を出されていたはずだ。

 「画用紙に下絵を描いた後、エンピツみたいに先端を細く削った割りばしに墨汁をつけてその上からなぞって、乾いた後に色を入れる」という、わけのわかんないことをさせられていたけれど、あれは何だったんだろう。

 私の下絵は、たぶんほかの子よりも簡単だった。
 描いたものといえば、目の前に見える錆だらけの鉄のフェンスと、その土台になっているコンクリートだけ。
 それが下半分にあって、上半分あとは青い空が広がっている。
 別に手を抜きたくてそうしたわけじゃなくて、その風景が何だか「いいな」って思ったから選んだ、それだけだ。

 私が適当なところに腰を下ろしたら、私の隣っていうか、人間2、3人分開けたくらいの距離に男子が1人来た。あんまり口利いたことがない「トシくん」だ。

◇◇◇

 トシくんは私よりもモチーフ選びに時間がかかっていたので、私の方が下絵も割り箸ペン入れも早く終わった。

「ナオちゃん、早いね」と、トシくんが話しかけてきたのをきっかけに、ぽつぽつと雑談をした。
 先生の目も届きにくいし、まじめにやっていれば私語もOK。しかも空が青いとなれば、気分は開放的にもなるというものだ。
(あ、きっと空色がきれいだったから、とにかく空色を塗りたくて、便宜上って感じで目の前にあるフェンスを描いたんだったな。ちょっと思い出した)

 その日、私たちは給食当番だった。
 班替えしたばかりだったので、まだ一緒に作業をしたことがなかったけれど、小柄でおとなしいトシくんは、汁の入った食缶とか、ビン牛乳の入ったコンテナとか、なぜか重いものを運ぶように押し付けられることが多かったみたいだ。
 私はトシくんよりも体も大きく、女子にしては力があるってよく言われていたし、腕相撲で2歳上のお兄ちゃんに勝ったこともある。

「また重いもの運ぶの、嫌だなあ…」

 それは重いのが嫌っていうよりも、「中身をぶちまけたらどうしよう」「牛乳のコンテナを落っことして、ビンを割っちゃったらどうしよう」という心配の方が大きかったみたいだ。
 私が何だかかわいそうになって言った。

「もし今度重いのを運べって言われたら、私に言いなよ。運んだげる」
「ホントに?いいの?」
「うん、任せて」

 私はちょっと調子づいて、右手でこぶしをつくってひじをゆっくり曲げた。
 こうすると、わずかにだけど力こぶが発生する。気分はポパイ・ザ・セーラーマンだった。
 半袖のトレシャツを着ていたので、それがトシくんにもはっきり見えたようだ。

「すごい、こぶできてる!」

 トシくんがなぜかそれにやたら食いついた。そればかりか、「ねえ、触ってもいい?」と言ってくる。
 ちょっとびっくりしたけれど、何となく高揚していた私は、「いいよ」と答えた。

 トシくんは、両手で腕を包むように持ったり、指で軽く押して「すごい!かたい!」と言ったり、意外とやりたい放題だった。
 私は私ですっかり調子づいているし、女の子みたいなトシくんにやわやわ触られても、あんまり不愉快を感じず、「へっへー」くらいの反応で流した。

 まあそんなことをしていると、巡回中の先生に見つかって、「お前ら、真面目にやれ!」なんて注意されちゃうんだけどね。
 先生がその場を去ると、何だか可笑しくなって、2人で顔を見合わせて大笑いした。

◇◇◇

 トシくんはその日、押しが強くてサボり体質の男子から、けんちん汁の入った食缶を運ぶように言われたので、約束通り「それ私が運ぶよ」って申し出た。
 でも結局、2人で運んだんだったかな。

 屋上のフェンスの青空の絵は、その次の次の授業ぐらいで完成したけれど、トシくんの絵を先生は大絶賛していた。もともと上手だったしね。

 実は空色は「青 blue」「藍色 indigo」「白 white」「その他」を少しずつ絶妙に調合して、2人でつくって2人で使った――なんて裏話もあるんだけど、私の絵の評価はさっぱりだった。筆の使い方が全然違ったんだろうな、きっと。
 細っこくて、重いものを持つのが苦手で繊細なトシくんの手は、絵筆を持つのに向いていたのだろう。

 小5でクラスが別になるまで、トシくんとは仲がよかった。
 残念だけれど、小学校ではクラスがわかれちゃうと、異性でも同性でも疎遠になることはよくある。

 ときめきとは無縁の思い出、のはずだけど、好きな子とフォークダンスで手をつないだとか、登山遠足で転んだとき、クラス委員の紳士系男子が手を差し伸べて起こしてくれたとか、そういったことよりも印象に残っている。

 「あれってとどのつまり、男子オトコに体をさわられまくったんだった!しかも授業中に!」と気付き、遅ればせに赤面してしまったのは、それから5、6年経ってからだったかな。

【了】
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