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「ありがとう」
きれいなお店のきれいなお姉さん
しおりを挟むハルヒちゃん、8歳。初めて美容院に来ました。
***
ハルヒちゃんは8歳の小学3年生ですが、仲良しのパパとママの間に割り込んで、2人の左右の腕を同時に取るのが大好きな、ちょっと甘えん坊の女の子です。
毎月一回、お休みの日に、おしゃれなママが美容院に行っている間、凝り性で器用なパパが、本や動画を参考にしながら髪を切ってくれるので、いつもこざっぱりとしたかわいらしい髪型でした。
ただ、小学校3年生ともなると、クラスでもおしゃれな子は、パパやママの行く美容院に連れていってもらったり、お気に入りの店があったりするのも珍しくないようで、「ハルちゃんはお父さんに切ってもらうの?そんなのヘンだよ」などと、ちょっと嫌なことを言ってくることがあって、「別にいいでしょ」と言いながらも、やっぱりちょっとだけ気になりました。
▽▽
次の月、ママが「あ、美容院、予約しなくちゃ」と、カレンダーを確認していたとき、ハルヒちゃんはちょっと考えて、「ママ、美容院って子供が行ってもいいの?」と尋ねました。
ママは「私が行くお店では、時々ハルちゃんくらいの子も見かけるわ」と答えたので、「じゃ、私も行ってみたいな」と言いました。
ママはちょっと驚いたものの、「そうね。じゃ、今月は2人分予約しようか」と言って、その月はパパの床屋さんは急遽お休みになりました。
パパは「えー、かわいいケープ買ったばかりなのに…」と、ちょっとだけ不満そうでしたが、すぐに「まあ、今月はプロにお任せして、俺は休ませてもらおうかな」と気を取り直して言いました。
▽▽
ママが独身時代からの行きつけは「ガーネット」という名前で、とあるビルの2階のワンフロアいっぱいを使った、結構大きなお店です。
おしゃれで感じのいい美容師さんがたくさん働いています。
お客さんも、ハルヒちゃんより小さな子から、ハルヒちゃんのおばあちゃんか、ひょっとしたらひいおばあちゃんくらいではと思うような高齢の女性まで、本当にさまざまです。
待機スペースには、座り心地のいいクロス張りのソファがあって、雑誌も絵本も充実しています。
これならば順番を待っている間も退屈せずに済みそうですが、ハルヒちゃんとママは予約を入れていたので、ほとんど待たずにシャンプー台へと向かいました。
ハルヒちゃんのシャンプー係は、はたちくらいのかわいらしい男の人でした。
おしゃれな眼鏡の奥で、切れ長の目が緩やかな弧を描いていて、「お湯、熱くありませんか?」「かゆいところはありますか?」と言う声も柔らかでした。
シャンプーが済むと、ふかふかのタオルで丁寧にタオルドライをしてもらい、カットのためのいすに案内されました。
鏡の前で、作業しやすい高さまで椅子がぐっと持ち上げられ、「今日はカットですね。こういうふうにしたいっていう希望はありますか?」と、ママより少し若そうな美容師さんに質問されました。
色白でお団子ヘアがとってもおしゃれな、優しい雰囲気のきれいな人でした。
いいにおいのするシャンプーで優しく髪を洗ってもらったり、面白いいすに座ったり、自分より大人の人が丁寧な言葉遣いだったり、ハルヒちゃんにとっては初めての経験ばかりで少し興奮ぎみでしたが、パパに言われたとおり、「毛先を1センチくらいお願いします。あとはお任せします」と、答えました。
「あら、ご丁寧にありがとうございます」と、美容師さんは、ちょっとおかしそうに言いました。
多分、肩のあたりに力が入っていたのでしょう。
初めてで緊張しているハルヒちゃんの様子に気づき、美容師さんが「もうちょっと楽にして大丈夫ですよ。何かお話しようか?」と言いました。
学校ではどんな勉強が好きか、給食は何か好きかなど質問してくる美容師さんに、ハルヒちゃんは一つ一つしっかりと答えました。
「ハルヒちゃんはしっかりしているね。きょうだいはいるのかな?」
美容師さんが、何気なくそんな質問をしました。
ハルヒちゃんはひとりっ子です。
大好きなパパとママと毎日楽しく過ごしていたので、そのことについて特別に何かを考えたことはありませんでしたが、ちょっと譲れないことがあって自己主張をしただけで、「ひとりっ子だからわがまま」と言われて嫌な気持ちになったことがありました。
また、いつも優しいパパの方のお祖母ちゃんがママに、「2人目はまだなの?ひとりっ子はかわいそうよ」と言っているのを見たことがありました。
自分で自分がかわいそうなどとは全く思っていませんでしたが、ママが困ったような、悲しそうな顔を一瞬だけしたので、あのときだけは、「お祖母ちゃん、意地悪だな」と思いました。
8歳(あと少しで9歳)ということは、ひとりっ子歴8年(もうすぐ9年)です。
となると、「かわいそう」などと言われることはだんだん減ってはきましたが、幼稚園くらいの頃はよく言われました。
「きょうだいいる?」と聞かれて「いません」と答えると、大体後に続くのが「かわいそう」だったので、美容師さんの質問に答えるのを少し嫌だなと思いました。
「あの…ひとりっ子です」
「そうなんだ。じゃ…」の後、美容師さんは、「ママと仲良しなんだね。今日も一緒に来たんでしょ?」と言いました。
ハルヒちゃんは少し驚きました。てっきりいつものように「かわいそうね」と言われると思って、身構えてしまっていたからです。
「はい、パパもママも大好きです!」
別にそんな質問をされたわけじゃないのに、うれしくなったハルヒちゃんは、ついつい大きな声で答えてしまいました。
「そうなんだ。うらやましいなあ」
▽▽
美容師さんは、ほかにもいろいろ何気ない質問をしたり、自分について話したりしながら、テキパキと手を動かしました。
好きな食べ物の話になったとき、たまたま近くで待機していたシャンプー係のお兄さんにも聞いたら、満面の笑みで「ハンバーグ!」と答えたので、美容師さんが、「お兄ちゃん、子供みたいだね」とこっそり言い、2人でくすくす笑ったりもしました。
今日はママもカットだけだったので、2人ともそう変わらないぐらいのタイミングで終わりました。
「ハルちゃん、すごくいいよ。やっぱりプロは違うね」
「うん、だよねー。ママもそう思う?」
パパも素人にしては頑張ってはいたのですが、やはり「ざんぎり」感が否めなかったのに対し、プロの手によって小粋なショートボブという感じに仕上げてもらったのでした。
ハルヒちゃんを担当した美容師さんがレジで精算を担当したので、ハルヒちゃんは大きな声で言いました。
「ありがとう、おねえさん」
「こちらこそ。またのご来店、お待ちしております」
かわいくしてくれて、ありがとう。
楽しくお話してくれて、ありがとう。
いろんな意味のこもった「ありがとう」でした。
【『「ありがとう」』了】
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