短編集『サイテー彼氏』

あおみなみ

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身震いするほど勝手な女の独白

※閲覧注意(ただし、エログロは皆無)

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 久しぶりに――10年ぶりぐらいにケン・ローチの映画を見た。

 相も変わらず地味で、相も変わらず笑顔がない。
 なのに、惹かれずにいられない何かがある。
 それが何なのかは全く分からない。

 好感を持てるキャラが、ただの一人も出てこないレベルなのに、嫌悪感というものをまるで覚えない。



「ケン・ローチってさ、30年後も全く同じようなテイストの映画を撮っていそうだよね。そういうところが好きなんだよ」

 そんなふうに言っていたのはタイジだった。

 私より3歳年上で、詳しくは言えないが映画関係の仕事をしていて、短身痩躯たんしんそうくだが、やたら眼光するどく威厳のある顔をしていた。

 彼と知り合ったとき、私は結婚していたが、彼は独身だった。
 彼とはしょっちゅう会っていたし、性的に怪しげな雰囲気になったこことはあるが、寝たことは一度もない。
 ただ、映画だの文学だのにまつわる衒学的ペダンチックな話を交換し合うのが大好きだった。

 タイジと知り合った翌年、同い年で故郷の幼なじみだったマキオと再会し、肉欲に溺れた。

 マキオと私の関係を知った夫は、娘を殺し、自殺を図った。

 だから私は、事情を全く知らない――つまりほとんどの――人々からは、「最愛の子供を奪われた気の毒な女性」だとみなされている。
 夫は私への恨み言の一つも言わず、当てこすりのような「愛してる」すら残さず、娘の口を塞いだ。
 探せる限り探したが、夫は遺書らしきものも日記も何も書いていなかった。

 だから私は、「どうしてあの人がこんなことを…」と泣き崩れる



 夫と娘の死後、マキオとは金輪際会わないことに決めた。
 もともとセックスだけの関係である。
 ほどなくしてマキオが会社の部下の女性と結婚したと知り、安堵感と軽い嫉妬を覚えたが、それだけである。

 タイジとは変わらず会って、映画や文学のもったいぶった話をし続けた。
 タイジにはマキオとの関係を話していたので、夫と娘の死を「邪推」され、場合によっては非難されるのではとも思ったのだが、ふと酒に酔った勢いで、こんなことを言っただけだった。

「君は家族を犠牲にしてでも、自分の気持ちに正直でいたかったんだね」

 責めているのかと思ったら、さらにこう続けた。

「世界中が君を責めても、俺は責めない。自分の気持ちにうそをつかないのは難しいことだから」

 そして、「俺もいつか君のような恋愛をしたい」と付け加えられた。

 自分の気持ちを自分でも読み切れていなかったのだと、彼の言葉を聞いて悟った。

 私は夫以外の人間とのセックスを望んだだけで、家族を犠牲にしたかったわけではない。
 その証拠に、私はマキオとの関係を続けるために、家族を薄汚いウソでだまし、マキオを安っぽい愛の言葉で「いい気分」にさせ続けた。
 自分に正直でいたくてそうしたわけではないのだ。

 はっきり言えば、手軽なマキオがたまたまそこにいただけで、相手は誰でも――タイジでもよかった。



 夫は人格者ではなかったが、悪い人間でもなかった。

 私はきっとその“普通の人”から、「お前のような女に娘は任せられない。離婚しよう」と言ってほしかったのだと思う。
 そうしたら、「別れたくない。いい母親になる。いい妻でいるように務める。チャンスをちょうだい」と言う準備があった。

 しかし、どれも私の思い通りには進まず、娘は殺され、夫は勝手に死んだ。

 自分で蒔いた種とはいえ、この点においては自分は完全にだと思っている。



 自分の食い扶持だけ何とか稼ぎ、気が向けば、朝からでも平気で飲酒するほど気ままに生きている。

 ひとりの生活は、寂しくて、寒いと感じるほどに何もない。
 裏を返せば、ゾクゾクするほど自由ということだ。



 缶ビール片手に6割くらい分見たけれど、映画は一向に面白くなる気配がない。
 それでいて、見るのをやめようとも思えない。

 小面倒くさい言葉を駆使して無内容なことを語り、自分をできるだけ「知的で物わかりのいい男」に見せたがるくせのあったタイジの、「30年後も同じ映画を撮っていそう」という感想だけは、素朴そのものだった。

 もしももっと若い頃に、夫のような人物からタイジの言ったような感想を言われ、マキオとのセックスのような愛の交歓ができていたら――それこそが、私にとっての「完全な幸せ」だったはずだ。

 もう「幸せになりたい」なんて望まないことが、何者にもなれないまま殺された娘への「償い」のつもりだと思っている。


【『身震いするほど勝手な女の独白』 了】

***

 ケン・ローチの『わたしは、ダニエル・ブレイク』を、日の高いうちから金麦片手に見ていて思いついた妄想を、深く考えずにダラダラ書いたのが本作です。
 全部見ましたが、全く面白いとは思いませんでした。
 しかつめらしい顔をして褒める評論家の気持ちが全く分かりません。
 なのに、不思議と嫌いになれません。

 ただ邦題は、例えば「おれ、ダニエル・ブレイク」の方がふさわしいと思いました。(原題“I, Daniel Blake”)

 見ている間になぜか頭に浮かんだのが、全く共感できない、憧れない、一発ぶん殴ってやる気にもならないぐらいの、「開いた口がふさがらない」クズバカ女像でした。
 私自身も褒められた人間ではありませんが、こいつよりはマシだと思えるヒトモドキを仕立て上げたかったのだと思います。

 今日の夕飯は、いつもより1品多く頑張りました。
 だって私、浮気もしないし、仕事の納品は15時には終わらせたし、ぜいたくもしないし、いいオカンだもの。

 2022.4.9【初公開時の日付です】
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