短編集『朝のお茶会』

あおみなみ

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第3話 怖いものは怖い

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 2011年5月8日、例会。

 その日は母の日に当たるということもあり、菓子の盛り付けに、カーネーションの鮮やかな絵が入ったペーパーナプキンがあしらわれており、女性に特に好評だった。
「本当はカーネーションの絵皿をご用意したかったんですが、予算の関係で…」
 と、スタッフは少し申し訳なさげに笑うが、心遣いそのものがうれしいとフォローしたり、デザインが気に入ったらしく、「このナプキン、どこで買えますかね?」と質問している者もいた。

 母の日といえば、元気でちょっと生意気な“陽奈ちゃん”は、幼稚園でカーネーションを折り紙で折った話題などをいかにも話しそうに思われたが、そもそも姿が見えなかった。
 橋本ファミリーでその場に姿を現したのは、父親(夫)の隆美たかみ1人だった。

 既にひ孫がいる年齢で、温厚な性格で慕われる“遠藤えんどうばあば”が隆美に「今日は1人かい?」と声をかけた。

「はあ…妻が陽奈を連れて、実家に帰ってしまったので」

 これはまずいことを聞いてしまったかも…と周囲が見守る中、遠藤ばあばは構わず続けた。
「そう。奥さん、お国はどちら?」
「岡山です。地震と原発事故のことがあって、あっちの両親が声をかけてきて…
 だから僕、3月からずっと独身なんですよね」
 隆美は誰が見ても分かるような作り笑いを浮かべ、答えた。

 妻が実家に帰るというと、夫婦の仲違いとか、夫の浮気発覚とか、いろいろ想像できるが、3月11日以降のこの土地では、もう1つの可能性が浮上する。自主避難、母子避難などと表現されるものだ。
 地震で家が住めないレベルで被害に遭ったとしても、市内で代替の住宅を借りて住んだり、できるだけ近隣の縁者を頼り、生活環境があまり変わらないようにした者も多いが、家自体のダメージとは無関係に、できるだけ遠くに逃げたいと考える者もいる。
 雑に表現すると、「放射能が怖い。こんなところにいたら死んでしまう」と考える人も少なからずいて、関西や九州など遠方に親類縁者がいる人は羨望の的だし、全く無縁な土地であっても、受け入れ先があれば頼っていく人もいるという状況だった。
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