1 / 2
まごうかたなき暴力教師
しおりを挟む
渡貫トシ子(仮名)、昭和52年当時50歳と少々(推定)。
と、令和も4年になって書き出してみて我ながら驚く。
今の自分と変わらないし、何なら推定に過ぎないので、実際はもっと若かったかもしれないのだ。
現代の若者も、50を過ぎた人間をやれ老害だ、ジジババだとカジュアルにまとめてくださるが、
オスカー・ワイルド
The tragedy of old age is not that one is old, but that one is young.
(老年の悲劇は、老いているところにはなく、
まだ若いと思うところにある。 )
というのは、けだし真理だなあと、その年代になると分かるものだ。
それはさておいて、この渡貫という女性の何を話題にしたいかといえば、彼女が非常に怒りっぽく言葉使いが乱暴で、さらには暴力教師だったことと、不思議なことに、それが当時全く問題になっていなかったということだ。
我々が受けた仕打ちを考えると、いっそ本名をさらしたい気持ちもあるのだが、この超高齢社会の日本において、本人が存命である可能性もほんの少しある。仮名として使われた名前の女性が実在する可能性も考えたが、そこまで考えると話が一向に前に進まないので、あくまで「仮名」ということでご容赦いただきたい。
×××××
渡貫は白い肌と張った頬骨、アッシュブラウンのような薄い髪が特徴で、赤いフレームのメガネをかけ、鶏がらのようにやせていた。正確な身長は覚えていないが、小3の小さな女子から見ても、さほど威圧感のある体格ではなかったので、下手をしたら150センチないくらいではないかと思われる。現代人の感覚なら、7、80代の細身の老婆を想像してやっとつり合うくらいの雰囲気だが、当時の50代(仮定)にはさほど珍しくもないタイプだった。
暴力教師という表現はしたが、この体格の、しかも年齢的もそこそこ「行った」女性が、拳で物を言うわけではない。教科書や書類のようなものでパシッと叩く程度なら、当時はどんな優しい先生でも普通にしていたし、さすがに暴力教師呼ばわりまではしない。
渡貫の武器は、算数で使う大きな三角定規とそろばんだった。
あるアニメ(タイトル失念)で、授業中よそ事をやっていた生徒を、教師が大きな定規の“面”で軽くたたいて「次見つけたら角で行くぞ」と言うシーンがあったのだが、そういうシーンのような生徒と教師のほほえましいやりとりではない。
渡貫は児童を罵倒するように叱りつけた後、警告なしに定規の角で叩いてきた。下手をしたら、今ならそうした瞬間に教師人生が終わるような暴挙になりかねないが、当時の児童たちの方は「怖い」と思いつつ、「そういうもの」として受け入れてしまっていたふしがある。
×××××
また、さらに恐ろしいのは、そうして体で覚えさせる調査兵団リヴァイ兵長方式にとどまらず、彼女が手を出すほど怒るツボが、児童には全く知る由がないということなのだ。
言うことを聞かないとか、物覚えが悪いなどならともかく(それはそれで問題だが)、おとなしく言うことを聞いていれば、「積極性がない」「覇気がない」「やる気あんのか」と怒号が飛び、定規の角が頭皮に食い込むように降ってくる。それも、対象は特定の者だけではなく、「全体責任」「連帯責任」の名のもとに、全く非のない児童も一律にバンバン叩いたりする。全て彼女の気分次第だったにほかならない。
授業中、正解や的を射た発言をしても褒めることはないが、少しでも間違えれば(あるいは想定した解答からずれていれば)「違う!ちゃんと勉強しろ!」と怒鳴る。「分かりません」「考え中です」、あるいは無言でも同様。
授業の中で、ためになる話(と本人が思いつつ話しているような内容のもの)もされたのかもしれないが、全く印象に残っているものはない。
当然のように差別や偏見に基づく発言も多かった。親きょうだいをまとめて侮辱するようなことを言われ、泣き出す子供もいたが、「泣くな!」と怒鳴られる。
家庭の事情で転校が決まった児童にみんなの前で挨拶させたことがあった。もともと消極的で口の重い子だったが、もじもじして爪をいじりながら下を向いてしまったときの一言はこうだった。
「親なし子は、そうやって爪いじるくせがあるんだ」
いつもの荒々しい口調ではなく、少しニヤニヤしていたこともあり、今でも忘れられない光景だ。
まあ、オブラートに包まず言えば、鬼畜クソババアだったということである。
×××××
当然、「この先生はさすがにちょっと…」と思うが、小学3年生は教育委員会に訴えたりしない。まずは身近な親に話すのだが、親の方は「お前たちが言うことを聞かないからだろう」で一蹴するのだった。
さらに厄介だったのは、定規やそろばんの角で叩かれると言っても、「いくら何でも、そこまでする先生がいるわけがない」と信じてくれないか、叩かれた者でないと実感できないせいか、「それくらい何だ」で片づけられたことだ。
今にしても思うと、そのヤバさを薄々感じていても、1人で反旗を翻す勇気のある親がいなかったというだけかもしれない。誰でも面倒事はごめんだ。その場を見たわけではないし、子供が話を盛っていることにすれば収まる。
こうなると子供たちも諦め顔になり、「今日は叩かれませんように」と祈るのがやっとだった。完全に感覚が麻痺していた。
×××××
ここまで書き連ねて、思い出すとさらに腹が立つことがある。
そんな渡貫でも、絶対に児童を叩かない日があった。ずばり「授業参観日」である。
授業参観が年に一度の行事なら、あるいは偶然かもしれないとも思えるが、幸か不幸かそこそこ頻度のある行事だ。児童もだんだんと「今日は叩かれない日」と認識するようになった。
こうして保護者達は、渡貫の所業を目の当たりにする機会を失するし、我々の話を一層信じなくなる。非常に口調が荒い(というか口汚い)こともスルーされ、「厳しい先生」程度の感想を持って帰る。そして悪くしたことに、厳しい先生というのは、むしろ保護者からは信頼されるものだ。
叩かれるのが嫌なのは言うまでもないが、その筋の通らない振る舞いにさらに腹が立った。
やり口が虐待親、DV配偶者と同じではないか。人間性をズタズタにするような言葉で罵り、暴力も振るうが、人前では猫を被る。具体的な口止めこそしないが、言っても無駄感、言いづらい空気を醸成する感じも同じ。かくして、男子も女子も哀れな被害妄想者に仕立て上げられる。
現代の学校に全く問題がないとは思わないが、ああいったことがまかり通りにくいというだけでも、当時よりはマシに思える。あんなものはおよそ人間の教育ではない。
×××××
地獄の1年を経て、4年生に進級後。
クラス自体は持ち上がりだったが、担任は替わった。当時きちんとした定年退職制度があったのか、勧奨退職で「そろそろ…」となったのかは分からないが、その年で渡貫は教職から退いたように記憶している。我々への折檻こそが、最後のやりたい放題だったのかもしれない。
新しい担任も、そこそこ年齢の行った女性教諭で、肉体的な暴力はなかったものの、注意の仕方がいちいちイヤミったらしいので好きではなかった。
今にして思うと、「アレの後なら何でもよく見える」というほどアホになっていなかった自分に自信を持ってもいいような気がしてきた。
さて、1年を通してたたかれ続け、定規の角よりそろばんの角で叩かれる方が実は痛いのだということを知ったが、本当に使いどころのない無駄知識である。
【了】
と、令和も4年になって書き出してみて我ながら驚く。
今の自分と変わらないし、何なら推定に過ぎないので、実際はもっと若かったかもしれないのだ。
現代の若者も、50を過ぎた人間をやれ老害だ、ジジババだとカジュアルにまとめてくださるが、
オスカー・ワイルド
The tragedy of old age is not that one is old, but that one is young.
(老年の悲劇は、老いているところにはなく、
まだ若いと思うところにある。 )
というのは、けだし真理だなあと、その年代になると分かるものだ。
それはさておいて、この渡貫という女性の何を話題にしたいかといえば、彼女が非常に怒りっぽく言葉使いが乱暴で、さらには暴力教師だったことと、不思議なことに、それが当時全く問題になっていなかったということだ。
我々が受けた仕打ちを考えると、いっそ本名をさらしたい気持ちもあるのだが、この超高齢社会の日本において、本人が存命である可能性もほんの少しある。仮名として使われた名前の女性が実在する可能性も考えたが、そこまで考えると話が一向に前に進まないので、あくまで「仮名」ということでご容赦いただきたい。
×××××
渡貫は白い肌と張った頬骨、アッシュブラウンのような薄い髪が特徴で、赤いフレームのメガネをかけ、鶏がらのようにやせていた。正確な身長は覚えていないが、小3の小さな女子から見ても、さほど威圧感のある体格ではなかったので、下手をしたら150センチないくらいではないかと思われる。現代人の感覚なら、7、80代の細身の老婆を想像してやっとつり合うくらいの雰囲気だが、当時の50代(仮定)にはさほど珍しくもないタイプだった。
暴力教師という表現はしたが、この体格の、しかも年齢的もそこそこ「行った」女性が、拳で物を言うわけではない。教科書や書類のようなものでパシッと叩く程度なら、当時はどんな優しい先生でも普通にしていたし、さすがに暴力教師呼ばわりまではしない。
渡貫の武器は、算数で使う大きな三角定規とそろばんだった。
あるアニメ(タイトル失念)で、授業中よそ事をやっていた生徒を、教師が大きな定規の“面”で軽くたたいて「次見つけたら角で行くぞ」と言うシーンがあったのだが、そういうシーンのような生徒と教師のほほえましいやりとりではない。
渡貫は児童を罵倒するように叱りつけた後、警告なしに定規の角で叩いてきた。下手をしたら、今ならそうした瞬間に教師人生が終わるような暴挙になりかねないが、当時の児童たちの方は「怖い」と思いつつ、「そういうもの」として受け入れてしまっていたふしがある。
×××××
また、さらに恐ろしいのは、そうして体で覚えさせる調査兵団リヴァイ兵長方式にとどまらず、彼女が手を出すほど怒るツボが、児童には全く知る由がないということなのだ。
言うことを聞かないとか、物覚えが悪いなどならともかく(それはそれで問題だが)、おとなしく言うことを聞いていれば、「積極性がない」「覇気がない」「やる気あんのか」と怒号が飛び、定規の角が頭皮に食い込むように降ってくる。それも、対象は特定の者だけではなく、「全体責任」「連帯責任」の名のもとに、全く非のない児童も一律にバンバン叩いたりする。全て彼女の気分次第だったにほかならない。
授業中、正解や的を射た発言をしても褒めることはないが、少しでも間違えれば(あるいは想定した解答からずれていれば)「違う!ちゃんと勉強しろ!」と怒鳴る。「分かりません」「考え中です」、あるいは無言でも同様。
授業の中で、ためになる話(と本人が思いつつ話しているような内容のもの)もされたのかもしれないが、全く印象に残っているものはない。
当然のように差別や偏見に基づく発言も多かった。親きょうだいをまとめて侮辱するようなことを言われ、泣き出す子供もいたが、「泣くな!」と怒鳴られる。
家庭の事情で転校が決まった児童にみんなの前で挨拶させたことがあった。もともと消極的で口の重い子だったが、もじもじして爪をいじりながら下を向いてしまったときの一言はこうだった。
「親なし子は、そうやって爪いじるくせがあるんだ」
いつもの荒々しい口調ではなく、少しニヤニヤしていたこともあり、今でも忘れられない光景だ。
まあ、オブラートに包まず言えば、鬼畜クソババアだったということである。
×××××
当然、「この先生はさすがにちょっと…」と思うが、小学3年生は教育委員会に訴えたりしない。まずは身近な親に話すのだが、親の方は「お前たちが言うことを聞かないからだろう」で一蹴するのだった。
さらに厄介だったのは、定規やそろばんの角で叩かれると言っても、「いくら何でも、そこまでする先生がいるわけがない」と信じてくれないか、叩かれた者でないと実感できないせいか、「それくらい何だ」で片づけられたことだ。
今にしても思うと、そのヤバさを薄々感じていても、1人で反旗を翻す勇気のある親がいなかったというだけかもしれない。誰でも面倒事はごめんだ。その場を見たわけではないし、子供が話を盛っていることにすれば収まる。
こうなると子供たちも諦め顔になり、「今日は叩かれませんように」と祈るのがやっとだった。完全に感覚が麻痺していた。
×××××
ここまで書き連ねて、思い出すとさらに腹が立つことがある。
そんな渡貫でも、絶対に児童を叩かない日があった。ずばり「授業参観日」である。
授業参観が年に一度の行事なら、あるいは偶然かもしれないとも思えるが、幸か不幸かそこそこ頻度のある行事だ。児童もだんだんと「今日は叩かれない日」と認識するようになった。
こうして保護者達は、渡貫の所業を目の当たりにする機会を失するし、我々の話を一層信じなくなる。非常に口調が荒い(というか口汚い)こともスルーされ、「厳しい先生」程度の感想を持って帰る。そして悪くしたことに、厳しい先生というのは、むしろ保護者からは信頼されるものだ。
叩かれるのが嫌なのは言うまでもないが、その筋の通らない振る舞いにさらに腹が立った。
やり口が虐待親、DV配偶者と同じではないか。人間性をズタズタにするような言葉で罵り、暴力も振るうが、人前では猫を被る。具体的な口止めこそしないが、言っても無駄感、言いづらい空気を醸成する感じも同じ。かくして、男子も女子も哀れな被害妄想者に仕立て上げられる。
現代の学校に全く問題がないとは思わないが、ああいったことがまかり通りにくいというだけでも、当時よりはマシに思える。あんなものはおよそ人間の教育ではない。
×××××
地獄の1年を経て、4年生に進級後。
クラス自体は持ち上がりだったが、担任は替わった。当時きちんとした定年退職制度があったのか、勧奨退職で「そろそろ…」となったのかは分からないが、その年で渡貫は教職から退いたように記憶している。我々への折檻こそが、最後のやりたい放題だったのかもしれない。
新しい担任も、そこそこ年齢の行った女性教諭で、肉体的な暴力はなかったものの、注意の仕方がいちいちイヤミったらしいので好きではなかった。
今にして思うと、「アレの後なら何でもよく見える」というほどアホになっていなかった自分に自信を持ってもいいような気がしてきた。
さて、1年を通してたたかれ続け、定規の角よりそろばんの角で叩かれる方が実は痛いのだということを知ったが、本当に使いどころのない無駄知識である。
【了】
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる