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玉成編【メグと大輔】
気になる女子【大輔】
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また料理とか裁縫とかいふものも、たゞ家庭をもつに必要な技術としてだけでなく、趣味としてむかへば無限のたのしさが生じるやうに考へられます。
岸田國士『生活のうるほひ』
◇◇◇
メグが玉成学園で大輔の同級生(中等部1年)。お互い苗字呼びです。
いわゆる両片思い状態です。
『千弦と聡二』の主人公である檜聡二が、メグの母の隠れ恋人として少しだけ登場します。
◇◇◇
両親の話によると、昔の中学生は、女子は基本的に家庭科、男子は技術科が必修で、イレギュラーな形で女子が電子工作をしたり、男子が料理をしたりという授業があった程度だという。
俺は正直言うと、その頃の中学生に生まれたかった。その方が面倒がなさそうだ。
いわゆるジェンダーの観点で問題があるのかもしれないが、あれはあれで俺にはよく理解できないので、黙っておく。
家庭科でも、座学はそんなに嫌いではない。意外と奥が深いものだと感心してしまうような知識も得られる。
調理実習はまだいい。そもそも料理というのは覚えておいて損はないので、真面目にやろうという気になる(こともある)し、具体的な調理の作業をしなくても、後片付けやら何やらでお茶を濁せる部分もある。
しかし、エプロンを縫う、手芸作品を作るといった授業が何のためにあるのか、全く分からない。
ボタンを付けたり、簡単な繕いものをしたりというのはスキルとしてできた方がいいかもしれないが、既製品が安く安定的に手に入る時代だ。大抵の人間にとっては、生活に必要な技術ではなく、ただの趣味になるのではないか。
――などと考えつつ、同じ班の桜井芽久美が鮮やかな手つきで針を運んでいる姿をついつい見てしまう。
かなり童顔なんだが、伏し目になって口をぎゅっと閉じ、真剣に刺し子をしている姿は、いつもより大人っぽくに見える。
「大倉君、どうかした?」
俺の視線に気づいたのか、偶然かは分からないが、桜井が目を上げて尋ねてきた。
「あ、いや。器用なもんだなと思って」
「丁寧にやれば難しくないよ。大倉君のだって…うん、上手上手。
糸もよれてないし、まっすぐだし、性格出てる感じだね」
「そんなもんか?」
手先が器用で家庭科が得意な(ついでに地味に男子の人気が高い)桜井のお墨付きをもらったということで、同じ班のほかの連中も、「あ、本当だ。うまいわ」と覗き込んできた。
こういう作業は家庭科室ではなく普通教室で、同じ班同士、机をくっつけて「島」を作って行われる。
こうすると、進度が遅かったりうまくいっていなかったりする者に対して、進みの早い者が助言や手助けが簡単にできるのだ。
刺し子の作業はそう難しいものではないが、太くて長い針の扱いに難儀したり、それなりに困る者もいる。
そんなとき桜井はさりげなくやって見せたり、「頭の脂をちょっとつけると、針の動きがよくなるかも」などと言いながら、頭皮に針の先端をこすりつけたりした。
「メグちゃん、おばあちゃんみたい」と笑われると、「どれどれ、黒飴でもなめるかい?」とおどけていた。
◇◇◇
そういう授業というのは、具体的に何かのスキルを身につけるというより、情操教育としての色合いが濃いのかもしれない。
実際「こんなことに何の意味が」と思っていた俺も、完成が近くなると楽しくなってきた。
何より、桜井の真剣に作業する表情を、正面から盗み見られるのがいい。
紺地の分厚い布にプリントされた図案を、好みの色でたどるように塗っていくのだが、俺は白い糸で麻の葉模様を縫っていた。
複雑そうに見えて、実は多くの直線から成り立っているので、案外縫いやすい。
確かに少し根気は要るが難しいわけではない。
桜井が縫っているのは青海波だ。やはり紺の地が引き立つような白い糸を使っている。
曲線で構成されているので、傍目にも難しそうだが、布のひきつれもよれもなく、器用に縫いこなしている。
出来上がるとテーブルセンターになるというが、俺は自分で使うことはないだろう。
母親に、玄関先の花瓶の下敷きにでも使ってもらえればいい方かな。
机を直すとき、「桜井は完成したら、自分で使うのか?」と聞いたら、「上手にできたら、ママのお店で使ってもらうかも」と言った。
「ママの――ああ、駅前でカフェをやっているんだったな?」
「え、知ってたの?」
ちょっとオシャレな雰囲気で、男子中学生がすっと入れる店ではないが、高等部や大学部の女子学生に人気があると聞いたことがある。
◇◇◇
「そういえば大倉君、コーヒー好き?」
今度は桜井の方から質問してきたが、随分飛躍したな。
「突然どうした。そうだな――コーヒーより日本茶の方が好きだな」
「じゃないかと思った。ね、部活がお休みの日にでもうちに来ない?」
「家?」
「あ、ママの店の方ね」
「…ああ、そっちか。でも、何でだ?」
「うちのママ、コーヒーより日本茶を淹れる方が得意なの」
「は…」
岸田國士『生活のうるほひ』
◇◇◇
メグが玉成学園で大輔の同級生(中等部1年)。お互い苗字呼びです。
いわゆる両片思い状態です。
『千弦と聡二』の主人公である檜聡二が、メグの母の隠れ恋人として少しだけ登場します。
◇◇◇
両親の話によると、昔の中学生は、女子は基本的に家庭科、男子は技術科が必修で、イレギュラーな形で女子が電子工作をしたり、男子が料理をしたりという授業があった程度だという。
俺は正直言うと、その頃の中学生に生まれたかった。その方が面倒がなさそうだ。
いわゆるジェンダーの観点で問題があるのかもしれないが、あれはあれで俺にはよく理解できないので、黙っておく。
家庭科でも、座学はそんなに嫌いではない。意外と奥が深いものだと感心してしまうような知識も得られる。
調理実習はまだいい。そもそも料理というのは覚えておいて損はないので、真面目にやろうという気になる(こともある)し、具体的な調理の作業をしなくても、後片付けやら何やらでお茶を濁せる部分もある。
しかし、エプロンを縫う、手芸作品を作るといった授業が何のためにあるのか、全く分からない。
ボタンを付けたり、簡単な繕いものをしたりというのはスキルとしてできた方がいいかもしれないが、既製品が安く安定的に手に入る時代だ。大抵の人間にとっては、生活に必要な技術ではなく、ただの趣味になるのではないか。
――などと考えつつ、同じ班の桜井芽久美が鮮やかな手つきで針を運んでいる姿をついつい見てしまう。
かなり童顔なんだが、伏し目になって口をぎゅっと閉じ、真剣に刺し子をしている姿は、いつもより大人っぽくに見える。
「大倉君、どうかした?」
俺の視線に気づいたのか、偶然かは分からないが、桜井が目を上げて尋ねてきた。
「あ、いや。器用なもんだなと思って」
「丁寧にやれば難しくないよ。大倉君のだって…うん、上手上手。
糸もよれてないし、まっすぐだし、性格出てる感じだね」
「そんなもんか?」
手先が器用で家庭科が得意な(ついでに地味に男子の人気が高い)桜井のお墨付きをもらったということで、同じ班のほかの連中も、「あ、本当だ。うまいわ」と覗き込んできた。
こういう作業は家庭科室ではなく普通教室で、同じ班同士、机をくっつけて「島」を作って行われる。
こうすると、進度が遅かったりうまくいっていなかったりする者に対して、進みの早い者が助言や手助けが簡単にできるのだ。
刺し子の作業はそう難しいものではないが、太くて長い針の扱いに難儀したり、それなりに困る者もいる。
そんなとき桜井はさりげなくやって見せたり、「頭の脂をちょっとつけると、針の動きがよくなるかも」などと言いながら、頭皮に針の先端をこすりつけたりした。
「メグちゃん、おばあちゃんみたい」と笑われると、「どれどれ、黒飴でもなめるかい?」とおどけていた。
◇◇◇
そういう授業というのは、具体的に何かのスキルを身につけるというより、情操教育としての色合いが濃いのかもしれない。
実際「こんなことに何の意味が」と思っていた俺も、完成が近くなると楽しくなってきた。
何より、桜井の真剣に作業する表情を、正面から盗み見られるのがいい。
紺地の分厚い布にプリントされた図案を、好みの色でたどるように塗っていくのだが、俺は白い糸で麻の葉模様を縫っていた。
複雑そうに見えて、実は多くの直線から成り立っているので、案外縫いやすい。
確かに少し根気は要るが難しいわけではない。
桜井が縫っているのは青海波だ。やはり紺の地が引き立つような白い糸を使っている。
曲線で構成されているので、傍目にも難しそうだが、布のひきつれもよれもなく、器用に縫いこなしている。
出来上がるとテーブルセンターになるというが、俺は自分で使うことはないだろう。
母親に、玄関先の花瓶の下敷きにでも使ってもらえればいい方かな。
机を直すとき、「桜井は完成したら、自分で使うのか?」と聞いたら、「上手にできたら、ママのお店で使ってもらうかも」と言った。
「ママの――ああ、駅前でカフェをやっているんだったな?」
「え、知ってたの?」
ちょっとオシャレな雰囲気で、男子中学生がすっと入れる店ではないが、高等部や大学部の女子学生に人気があると聞いたことがある。
◇◇◇
「そういえば大倉君、コーヒー好き?」
今度は桜井の方から質問してきたが、随分飛躍したな。
「突然どうした。そうだな――コーヒーより日本茶の方が好きだな」
「じゃないかと思った。ね、部活がお休みの日にでもうちに来ない?」
「家?」
「あ、ママの店の方ね」
「…ああ、そっちか。でも、何でだ?」
「うちのママ、コーヒーより日本茶を淹れる方が得意なの」
「は…」
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