青い缶

あおみなみ

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読書家で、愛妻家で

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 40代の会社員・幹夫みきおには妻と3人の子供がいた。

 妻の夕実は温和な性格で手際よく家事をこなし、家庭をしっかり守っている。
 実は毒々しい美貌の悪女タイプに手玉にとられたい――的な願望を若い頃は持っていたが、自分がそんな人生を乗りこなせる自信は全くない。
 十人並みの容姿で良妻賢母型の夕実の存在を、本音では「俺にはこの程度がお似合い」というふうに捉えていたが、子供たちが成績優秀だが子供らしく伸び伸びした性質であることは、妻の教育の賜物だと思って感謝をしていた。

 その一方で、(まあ、結局俺の遺伝子だしな…)とも考えていた。

 高校を卒業後にすぐ就職した夕実と違い、自分は大学を出ている分優秀なのだという思いがどこかにあった。
 自分よりも学歴の高い女性と結婚し、口論でけちょんけちょんにやられているらしい友人や同僚を何人か知っていた。
 「雌鶏めんどり歌えば家滅ぶ」ではないけれど、家庭では女性の方が男性より立場が低い方がうまくいくというのは、偏見ではなく“事実”だと実感もしていた。

 しかしもちろん、本当に優秀な女性が総理大臣や主要閣僚に選ばれているこの時代に、そんなことを表立って口にするほど愚かではなかった。

◇◇◇

 幹夫は昔から小説を読むのが好きだった。
 中高生の頃は、有名な作家のSFショートショートにハマり、そのパンチラインオチにいつも感心と驚愕と感動を覚えていた。

 最近は著作権フリーの作品を扱う「文学自由空間」というアプリで、仕事の行き帰りのバスの中で、古い名作を読むことが多い。
 だが、もう少し現代的なものも読んでみたいと思うようになった。

 興味のある作家のものは時々は購入していたが、素人の作家の作品が無料で読めるサイトにも目を通してみた。
 文芸作品が主流のサイトだっただけに、文章自慢、表現自慢のような書き手が多いようで、人気作品は(なるほど、なかなか「読ませる」な)と感じるものもあった。

 そんな中、「注目作」としてSNSの公式アカウントから発信されている作品に目が留まり、何の気なしに覗いてみた。
 書き手は「夏野ロージー」というらしい。
 詳しいプロフィールは省略されていたが、ペンネームや作風から女性であると推測できる。
 さほど高齢ではないが、多分若くもないだろうということは、表現やボキャブラリーから読み取れた。

 どれも短く、大変読みやすい。もともとどちらかというとショートショートや短編が好きな幹夫にはちょうどいいボリュームに思えた。
 内容はというと、悪く言えばお涙頂戴的なオチが多い。しかしもこれも大変分かりやすいし、読者からの評判は悪くないようだ。
 幹夫は最初のうちは面白く読んでいたが、本数をこなすうちに、だんだんと違う感想が芽生えてきた。

(こういうのって何というんだ…そう、なんだか小手先な感じなんだよな)

 夏野ロージーなる作家は多分、深く物事を考えるのが苦手なくせに、「よく練っている」感じを醸し出すのがうまいタイプだろう。
 それは『ふたつめの風景』『雪の五月』やらの小説(どちらも5,000字未満)を読めば分かる。
 大体、このもったいつけたタイトルも嫌味だ。
 そもそもこうして自作を世間にさらしている時点で、全く慎みがない(…)。

 こんなふうに考えると、次第に嫌悪感が生じるようになってきた。
 そういう感じの小説が40作以上あり、内心文句を言いながらも、幹夫は次々に読んで、いつも(わざとらしい)(あざとい)と、ネガティブな感想ばかり抱くようになった。

 ならば読まなければいいのだが、びっくりするほどそのときの幹夫の心境に突き刺さるワンフレーズが見つかったりするので、それを求めて結局読んでしまう。
 そして「刺さる」ということに対しても嫌悪するようになった。

 それは、自分より格下とみなしている人物に図星を突く発言をされたときに近い感覚かもしれない。

◇◇◇

 幹夫は夏野に何か一言、感想を送りたいと思うようになった。
 感想というより苦言になるだろうから、傷つけてしまうかもしれないが、その一方で、(褒められて調子に乗っているこの女にはいい薬になるだろう)とも思った。
 幹夫はずっと非会員の状態で読んでいたが、それではコメントを送れないらしい。
 あまり使っていないアドレスを使ってしぶしぶ会員登録し、このように書き送った。

『あなたの書くものはいつも薄っぺらで安っぽい。こんなものを量産して恥ずかしくないんですか』

(本当ならば、もっとひどい言葉で傷つけたい…)

 幹夫自身にも理解できないが、なぜかそんな嗜虐的な思いも生じていたので、これほど寸止めが利く自分は褒められてもいい、とすら思った。

◇◇◇

 妻・夕実は最近、なぜか元気がないように見えた。

 幹夫が心配して「何かあったのか?」と尋ねても、「生きていればいろいろあるわ。話すほどではない、つまんないことよ」と、曖昧な笑みを浮かべるだけなので、幹夫はそれ以上追及しなかった。

(夕実はあの夏野ナントカみたいに、得意げに小説を人さまに読ませたりしないだろうな)

 幹夫には、夕実の慎み深さが非常に好ましいものに思えた。
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