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カサンドラ(1)
しおりを挟むハル君の運動会には、パパも来てくれた。
走るのはあんまり得意じゃないけど、パパにいいところ見せたくて頑張ったので、10人で走って4番目になった。
惜しい、メダル(袖にシール貼るだけだけど)まであと一歩。
パパは「五輪だったら4位は入賞だ。立派なもんだよ」って褒めていた。
お弁当はハル君の好きな辛子明太子のおむすび、卵焼き、鶏の唐揚げ、ウインナーとプチトマトなどなど。
冷凍のフライドポテトもオーブンで加熱して、ケチャップを容器に入れて持っていった。これもハル君の大好物なんだよね。
お米は関東地方のC県、デザートの梨は、お隣のT県産のを選んだ。
新米の季節だし、地元のお米を食べたいのが本音だし、梨だってうちの街でも栽培されているのは知っている。みんなで観光農園に梨もぎに行ったこともあった。
でも、そういうのは二度と食べられないって覚悟している。
カサンドラさんくらいの人になると、そもそも東日本産のものなんて無理って言っているし、本当は私もそうしたいけれど、スーパーで買えるのは割と近場の東日本産ばかりだから仕方ない。
大したものはつくれなかったけど、2人とも「ママの料理おいしいね」って笑顔で食べてくれて、久しぶりに楽しかった。
+++
運動会の前に配られたプリントの下の方にこう書いてあった。
「駐車場はスペースが限られています。近隣施設や住宅からの苦情も出ていますので、なにとぞ節車にご協力を」
うちから学校までは歩いて10分もかからないから、私とパパはちょっとずつ分担してお弁当や敷物を持って、ハル君たちの学年が出ていないときは、体育館で待っていた。
でも、今年くらいは大目に見てくれてもいいよね。だって近所のスーパーとか、いっぱい駐められる大きな駐車場がせっかくあって、どうせ全部埋まることもないんだろうし。
あと、学校の近所に住んでいる人には、遠くから荷物持ってこなきゃいけない苦労なんてわからないでしょ。いいじゃん、ちょっとくらいって本音では思う(路駐がそもそも駄目って知ってるけど、ちょっと愚痴)。
家に帰ってからそんな話をしたら、「以前からそういう注意されていたし、君も別に文句言ってなかったよね」と、パパがけげんそうに言った。
「だって、やっぱりできるだけ外を生身で歩きたくないもの」
「うーん…でも、もう線量もだいぶ下がっているって聞くけどな」
「パパは甘いよ。事故前まで下がんないと駄目だって、カサンドラさんが言ってた」
「ああ、例のブロガーの人か」
パパはカサンドラさんをあまり好きじゃないみたいだ。
文章うまいし、いろんな写真もよく載せてくれるし、ものすごく頭がよくて頼りになる人だと私は思うんだけどなあ。
「というか、事故前に放射線量なんて気にしたことあるのか?」
「それは…事故前はそういうことを全然知らなかったから…」
「勉強熱心はいいけど、急にいろいろ詰め込むのはよくないぞ。何が本当で何がうそか、わからなくなる」
「それはそうだけど…」
パパの言うことも分かるんだけど、パパはカサンドラさんやネット友達の言うことにいちいち「大げさ」とか「煽り過ぎじゃないか?」とかいう。
それに、安物でもいいからガイガーカウンターが欲しいって言ったら、
「放射線測定器って、ラジウム温泉あたりに持っていって、高い数値が出てピーピー鳴ったらテンション上がるヤツだろう?」
なーんて笑いながら言われた。認識がぜんっぜん違ってて怖いよ。
そのくせ「安物の計器買って、メンテもしないで面白半分にはかって、それでおしまいじゃ意味ないしな」だって。
買ってもくれないくせに、決めつけることばっかり言うのもモヤモヤする。
イノチがかかってるんだから、(飽きて全然使わなくなった)運動器具とかヨーグルトメーカーとはわけが違うのに。
一度や二度の失敗で「どうせ君には無理だ」って言うのもムカつく。そういうのはモラルハラスメントっていうんだって、カサンドラさんも言っていた。
そういえば、「カサンドラ」ってニックネームは、愛する神様に嘘つき呼ばわりされて、周囲にも「あの女の言うことは全部うそだ」って吹聴された、かわいそうな女の人の名前だって聞いた。
発達障害とかの男の人と結婚して、いろいろ理不尽な目に遭って、精神的にまいっちゃっている女性とかを指して「カサンドラ症候群」って言ったりするらしい。
ひょっとして私も――それだったりして。
パパも放射能の話とかしないときは普通だけど、そういう話になるとすぐ私を否定する。
+++
あの事故からもう8か月経って、もうすぐ冬になる。
今年の秋は町内のお祭りもなくなった。
山車を引いたり、御初穂料(神社への謝礼)を集めたりするために、子供を外を歩かせるのはよくないという判断だったみたいだ。
今年はハル君が幣を振るう係になるかもしれなかったので、ちょっと寂しかったけど、町内子ども会の判断には感謝しかない。全く気にせず運動会をやった学校とはえらい違いだ。
みんなごく普通に生活しているように見えて、私ひとりが置いてけぼりだ。
共感し合えるのは、みんなネットの向こうばかり。
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