めざめ はなしをきいて

あおみなみ

文字の大きさ
8 / 9

たかが電気(されど電気)【終】

しおりを挟む

 2012年4月。新年度になっても私とパパは相変わらずだけど、ハルくんは4年生になった。
 やっぱりというか何というか、スポーツ少年団に入りたいとは言わない。

 県内では、行動制限が続いていたせいか、運動不足で肥満気味の子供が増えている――とニュースで聞いたので、むしろ私たちの方から、「何かやってもいいんじゃない?」になんて勧めているほど。

 でも、今年は去年より少しだけ夏が楽しみだ。

 6月末からはプールの授業もあって、ハルくんは水泳は苦手ながらも水に入るのは楽しいらしい。
 だから、夏休みには思い切って海水浴も行っちゃおうかなんて話も出ている。

 ちょうどネットニュースで、「2年ぶりの海水浴開き」っていう記事を見かけたばかりだった。

『海水の放射性物質濃度は1キログラム当たり1ベクレルを下回っており安全面では問題なしとしている。』

 去年の私は、「安心と安全は違う!っていうか安全じゃない!」と叫ぶ人たちと意見を同じくしていた。
 今はとりあえず、「安全あっての安心」というくらいの考えには変わってきた。

 そして――やっぱり地元のお米はとってもおいしい。今年は新米が楽しみだ。
 今さらながら、「かつての仲間たち」のツイートやブログを見ていると、F県産のお米は一粒残らず放射性物質の検査されていて(全袋検査)、全く問題ないから出荷されていることを知らなかったり、聞いたことがあっても「どうせ数値いじってるんでしょ?」って感じの人が多いようだ。

+++

 家事を一通り終えて、いつものようにPCを立ち上げたら、とあるポータルサイトで「S氏「たかが電気」発言の波紋(**下記注)」というニュースを見かけた。

 去年から反原発についての発言が多かった超有名なミュージシャンだけど、「たかが電気。命に比べたらどうってことはない」みたいなことを、何かの集会で言ったらしい。

 「さすがは世界のS。いいこと言うね」って絶賛している人もいたけど、「あんたの音楽は電気なしで成り立つのか?」「そういう高みの見物みたいな発言は不愉快だ」って、反発の声も大きいらしい。

 パパと晩ご飯のときに話した。
 私はそのミュージシャンについてよく知らなかったけど、パパなら知ってるかもと思ったのだ。

「ああ…割と好きだったけど、去年『放射能の影響で子供死亡』みたいなガセニュースをリツイートしたときから、この人もう駄目だって思ったんだ」
「そうだったんだ。ハツミミ」
「まあ、つくる曲とその人の人間性は別っちゃ別だけど、俺もその程度で駄目って思っちゃう程度のファンだったってことだよ」
「ああ、なるほど」
「で、「人命より電気」でしょ。もう完全に「ないわー」ってなった」

「でも…」
「ん?」
「“切り取り発言だ”って怒っている人も、見かけた、けど…」

 私は「カサンドラ事件」以来、どんなニュースでも、とりあえずうのみにだけはしないように心がけるようになった。
 で、反原発派の人が、「原発推進派が悪意で切り取った!」って怒っている声も見つけたのだ。

「そういう見方もあるのか、なるほどね」
「パパはどう思うの?」
「俺も記事読んだ限りのことしか分からないけど、要するに、原発を今すぐ止めろって考えている人間は、日本は放射能がヤバくて住めないって前提に言っているから、「人命の方が大事」ってで思考停止してるんだと思うんだ」
「…どゆこと?」
「うーん、そのままの意味っていうか…。人命が大事だから電気は、世の中の動きが止まっていいなんて、君は本気で思うかい?」
「今は――思っていない」
「だよね。切り取りだって怒っている人は、そもそも前提が違うから、「たかが電気」って言い方がどれほど軽率なのか、いまいち理解できていないんだと思うよ」
「うーん、分かるような…?」

「去年の君だったら、「パパは否定ばっかり!」って怒っていたよね」
「やめてよ! 反省してますってば」
「俺の言い方が気に障ったのは、俺も謝らなくちゃだけど」

+++

 私とパパは、本当によく話すようになったと思う。

 もちろんいつもいつも同じ意見ではないけれど、少なくとも、相手の言うことに一切耳を貸さずにけんかになる、みたいなことはなくなった。
 ハルくんに「パパとママ、前みたいにケンカしなくなって、なんかいいかんじだね」なんて言われて、ちょっと照れてしまった。

 ダイニングでお茶を飲みながら、時にはビールを片手に、原発や放射能のことだけじゃなくて、ハルくんの学校のこととか、その日うれしかったこととか、ネットで見かけた気になる新製品にこととか、話題は意外と尽きないものだ。

 そういうものの後ろに経済が回っていて、電気が働いている。
 意識したことはなかったけど、そうやって私は生きている。
 ミュージシャンS氏も、「たかが電気」の後が「されど電気」があったら、ちょっと印象が違ったかもね。どこかで聞いたことがある言葉だけど。

 さて、でも夜更かしもよくないね。
 そろそろ電気を消して――おやすみなさい。

【了】


**
ここまで具体的に書いて名前を伏せるのは、逆にフェアではないかと思いまして。S氏とはもちろん、坂本龍一さんのことです。
「本当なら由々しき事態」「内容は自分で判断してください」とエクスキューズをつけながら、「福島県の小学生が避難先の静岡で死亡(鼻出など放射線障害の急性期症状が出ていた)」という情報をツイートしていました。

ここまで来ると、某ウイスキーのCMではありませんが、「よかった、病気の子供はいないんだ」で済ませていい行為ではありません。
まんが『美味しんぼ』の中でも、「福島で鼻血が…」的な表現が問題視されたことがありましたが、放射線障害で鼻血が出るってまさに即死レベルですし、鼻血だけならほかに幾らでも原因が考えられます。

だから最初のガセネタは(放射能と死の因果関係については)一応平仄つじつまが合っていたことになりますが、その後、福島のみならず全国で「子供が鼻血出した~」と騒ぐ人が大勢いた割に、バタバタ死んでるって話は聞かないのはなぜなのか。もうその時点で、あの界隈の人々の言う危機管理意識は、都市伝説レベルの話に振り回されているだけとしか思えなかったのです。

ちなみに我が愛娘は、中1だった2013年初夏にやはり鼻血が出て病院で見てもらったことがありますが、計2回の通院と薬で1週間後には治りました。「思春期にはよくあるんですよね」とのご説明つき(※注 エロいことを考えているという意味ではなく、発達段階で「よくある」ことだそうです)。

「たかが電気」発言があったのは、2012年7月16日、代々木公園で開催された「さようなら原発10万人集会」です。しかも「学生運動を思い出して」とのこと。もう「なんだかなあ…」です。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

十年目の結婚記念日

あさの紅茶
ライト文芸
結婚して十年目。 特別なことはなにもしない。 だけどふと思い立った妻は手紙をしたためることに……。 妻と夫の愛する気持ち。 短編です。 ********** このお話は他のサイトにも掲載しています

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...