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第15話 ソロプレイ【私】
しおりを挟む“性体験”は自慰行為にどのような影響をもたらすか?
◇◇◇
【官能】
読み方:かんのう
感覚器官が機能すること、目・鼻・耳・舌・皮膚などの感官が刺激を受け取ることを指す語。とりわけ性的な刺激、性的快感を指すことが多い。
【出典:実用日本語表現辞典】
◇◇◇
『官能』という言葉を辞書で引けば、大体同じようなことを教えてくれる。
体の感覚器官が機能する――つまり、『目に鮮やか』とか『耳障りな雑音』とか、『嫌なにおい』とか、そういうのも『官能』のなせるわざだろう。
でも、官能小説って銘打った小説に、ずーっと『10年前に買った冷蔵庫が時々嫌な音を立てる。そろそろお買い替えかな?』とか、『買ったばかりのフリースジャケットの肌触りと温かさ』とか、『大きな声では言えないけれど、サンマの苦いトコだけ集めて食べたい』とかいったことについて書かれていたら、『金返せ!』ってならない?(それはそれで面白そうな気もするけど)
官能といったら、その二文字の字面を見ただけでエロチックな気分に――までなる感受性豊かな人も多いと思う。
まあ、私もそうです。何しろ「自他ともに認めるエロい人妻」ですから。
というより、セックスで得られる快楽とか、ちょっとした苦痛ってのが、当然、いろんな感覚と紐づいている。
『いいカラダしてる』的なビジュアル、ちょっと鼻にかかったセクシーな声、そそられるにおい、触れられたときの、特別なときめき、その人だけの味(何の味かはまあそれぞれに…)。
私は14歳のとき「そういうこと」に目覚め、15歳のとき処女を失った。
違った、「大切な人に捧げた」。
相手は私に「性の喜びってやつの手ほどきをしてくれた人」とだけ言っておこう。
具体的な名前とか属性とか――私との本当の関係は言えない。殊に夫には一生知られてはいけない秘密だ。
◇◇◇
夫から飲み会で遅くなると連絡があった。
こういうのって、ご飯の用意の都合もあるし、連絡をくれて当たり前だと思うんだけど、結婚生活も長くなってくると、「察しろ」的なものに委ねられるらしい。
「そう。私、クルマで迎えに行った方がいいかな」
『運転代行さん使うから大丈夫だよ』
「わかった。飲み過ぎないで。早く帰ってきてね(はあと)」
『わかってるよ(はあと×2)』
などというやりとりも、新婚のうちだけかな。
終業直前に私の職場の方に電話をくれたので、夕飯は何か外で食べようかなと考えていると、2年先輩に当たる男性から声をかけられた。
「今のダンナさん?私用電話は感心しないな」
「あ、すみません…」
「いや、冗談だよ。君は仕事ぶりも真面目だし、今のだって短時間で切り上げてたし」
「はあ…」
まあ、相手の声までは聞こえなかったにしろ、ここまで状況をつかんでいるんだから、次に来るセリフは大体見当がつく。
「旦那さん遅くなるなら、俺と食事でもどう?」
「いえ――あの、実家に寄りますので」
もちろんそんな予定はなかった。とっさの出まかせだ。
女性だったらまだしも、夫以外の男性との食事は『ない』。
ちょっとした遊び人とのうわさのある、まあまあ色男の先輩のこと、『食事だけだよ。堅苦しく考えないで』なんて言葉に信用できる要素は薄い。
用事がある人間に『そんなの後でいいじゃん』と言うほど非常識ではないので、そこで引いてくれた。
でもこうなると、フラフラしているよりも、まっすぐ家に帰った方がよさそうだ。
小さ目のピザでも取るか、ありあわせで済ませるか、お弁当でも買うか…。
結婚前の私だったら、本当に用事があるんでもない限り誘いに乗り、何ならベッドも共にしていたかもしれない。
今の私なら(適当な口実をでっち上げたとはいえ)こうしてきちんと断れる。
いささか雑な感想だけど、「結婚、すげっ」
この頼りない結婚指輪は、私にとっては『西遊記』に出てくる孫悟空の緊箍児みたいなものだ。
といっても、締め付けが怖いからイイコにしているわけではなくて、私は好き好んで夫に“縛られている”。
――この殊勝な気持ちがいつまで続くかは、正直分からないけれど。
◇◇◇
結局、家の近所のスーパーで適当にお惣菜を買って、冷凍ご飯を解凍して食べることにした。
夫は飲んだ後、アイスクリームを食べたがる癖があったので、バニラのカップも二つかごに入れる。
適当にテレビをザッピングしながら食事をし、1人分の食器をちゃっちゃと洗った。
洗濯も済んでいるし、お風呂は寝る前に入りたいので、微妙に時間を持て余している。
ビデオで映画でも何か見ようかな、と。
今からレンタル店に行くのも億劫なので、手持ち(ほとんどテレビからの録画)を漁ったけれど、どうもピンとくるものはない。
ラベルに何も書いていないテープが3本、目に入った。
いつだったか夫が見ていた外国のポルノだ。
興味本位でそのうちの1本を再生してみたら、エロティックな容姿の女性が男性器を手と口で刺激しながら、なぜかカメラ目線でこちらを見ている(そしてそのシーンがやたらと長い…ヤられているのが夫だったら、とっくに「放出」してそう)。
最初のインパクトは強いのだが、何というか…男も女も「見せるセックス」に徹し過ぎている。
単に好みの問題なんだけど、「そういうんじゃないのに…」と言いたくなる。
適当に挿入のシーンまで早送りしてみたけれど、これもまた長い。変化に乏しいピストン運動をそんなに繰り返し見せられても、愉快なものではない。
「なんだかねえ…」
演者さんたちはやたら体力があるのか、心が強いのか分からないけれど、見せられるこちらとしては、エロい気持ちが湧いても、すぐになえてしまう。ご本人たちのやる気と反比例するように、こちらは何かを削られている気分。
画質がひどいのは、夫の説明だと、「何度もダビングを繰り返しているのと、3倍速のせいじゃないかな」とのことだった。
と言われても、多分マザーテープ見ても、退屈なのに変わりはなさそう。
◇◇◇
口直しでもないけれど、先日のドライブの際に買った官能小説雑誌を読むことにした。
別にエロ方面から軌道修正してもよかったんだけど、ちょっと意地になっていたかも。
しかし、これがまた…。
ワープロが大分普及しているこの時代に、字が横倒しになっていたりという誤植が発生している。
ぱっと読んでも誤字と分かるものは、書き手のミスなのか、印刷の際のミスなのは不明。
偏見かもだけど、ろくに校正とかしてないんだろうなあ。
そして――多分ソレナリの年齢の書き手が多いんだろうけど、文章がとにかく古い。
『しゃぶりつきたくなるような妖艶な女』のファッション描写がダサい。どうせ脱いでヤることヤるだけだから、服なんかおまけだろうけど。
しかし作者が、私が中学時代読んでいたメジャーなジュニア小説誌で書いていたような有名な作家さんだったりして、ちょっと切ない気持ちになった。
確かにサワヤカ青春小説の中で、性の苦悩みたいなお話が多くて、ちょっと異彩を放ってはいたけどね。でも、あれは嫌いではなかった。
エッチなシーンの描写はさすがに生々しいけれど、余計な部分が気になって、何となく「そういう」気持ちにならない。
いや、もちろん全く「ならない」といったらウソになるけど(さっきのポルノだって、そりゃあれだけ裸見せつけられて、「思うところ」がないわけではない)、今「何か」しようとしても、捗らなそうというか。
◇◇◇
ソファに寝そべったまま、小説本を床に放り出し、何となく手を着ていたカットソーの中に入れた。
部屋着に着替えたものの、お風呂に入る前なので、ブラはつけたまま。
指をブラの中に入れて、かつて「誰か」からそうされたような愛撫を自分でしてみた。
(絶対に口には出せないけれど、それは「夫」ではない)
人差し指と中指で、お箸みたいに挟んだり、親指と人差し指でつまんだり。
仰向けなので横に流れてしまい、胸の盛り上がりがイマイチだ。
ソファに座り直してブラのホックだけはずし、手のひらで下乳を包み込むようにしながら、乳首のあたりで指を動かしてみた。
「あ…ん…」
“彼”なら、まず右の胸をこんなふうに刺激し、左の乳首に意識的に軽く歯を立てたり、なめたり吸ったりしてくれた。
「ん…いいっ…」
私は“あのとき”を思い出し、意識的に声を出した。
その声は自分の耳を刺激し、くすぐったさが完全に快感に変わる。
多分もうあの感触は味わうことができない。
私は結婚しちゃったし、“彼”は…。
自分で両手を使って胸だけ刺激するよりも、空いた片手は“下”に持っていった方が、オナニー的には効率がよろしい。
というよりも、自然に手はソコを目指してしまっていた。
はしたない指使いで“核”の部分をこすり上げ、静かに人差し指を差し入れると、余計に恥ずかしい声が上がった(これは無意識)。
「あ、あ、いいっ…ほしい…ちょう…だい…」
思わず本音が漏れた。
あと少しで夫は帰宅すると思う。
よく、妻との営みを「疲れているんだ」と断る旦那の図が創作物に出てくるけれど、実際は疲れているときの方が性欲は強いって説もあるし、夫は「疲れた」と言いつつ、私を抱くだろう。
でも…私が「ほしい、ちょうだい」と思わず催促したのは、“夫”ではない人のモノだった。
AVも官能小説も、性欲の呼び水的な役割は果たしてくれるけれど、その最中に思い出すのは、いつも“彼”のことばかりだ。
(そんなにしょっちゅうオナニーばかりしているわけではなくて、「オナニーするときはいつも」という意味です)
夫とのいちゃいちゃも交わりも、決して嫌いではない。
でも、思いっきり下品な言葉を使うけど、「ズリネタ」にはならないのよね。
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