【R18】Jasmine 俺のカノジョはとびきり魅力的で――飛び抜けてインランらしい

あおみなみ

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第20話 若いツバメ

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◇ふたりの朝【妻Side】◇

 地方紙の片隅に、こんな記事があった。
 ツバメが人間の生活エリアで巣をつくるのは、別に珍しいことじゃないし、昔は縁起がいいとされて歓迎されていたと聞く。最近はをされるので迷惑って見方もあるけれど、それでも割と好意的に受け止められることが多いんじゃないかな。
 学校とか公民館みたいな公共施設だったら、子供やお年寄りが口を開けて見上げている映像とともに、ローカルニュースで映されたりして、ある種の平和の象徴だなと思う。
 私たちが大学を卒業する頃、遠い国で戦争が起こって(戦争とか紛争は実は世界中でしじゅう起こっている――というのはさておき。これは扱いが大きかったから)、テレビも新聞も雑誌もそれ一色になっていたときのことを思い出すと、「幾ら地方紙でも、これがニュースになるなんて、日本は本当に平和だね」と、素直に微笑ましく思えた。

 人は芸能人スキャンダルが連日報道されても同じことを言うけれど、それとはニュアンスが全く違う、よね。

「え?あ、そうだね」
「…聞いてた?」
「ごめん。実はあんまり…」

 最近、夫との会話でこんなことが増えた。
 夫は夫で別な全国紙を読んでいる。
 ひいきの野球チームの母体になっている新聞社のもので、実家にいるときから読んでいるものだという。

 私は職場での話題づくりのために、一面の見出しとローカルニュースをチェックする習慣があった。大体、朝ごはんを食べながらとか、食後のコーヒーを飲みながらとか。

 変な話、我ながら優雅だなあと思う。

 子供がいないから2人分の朝食の支度で済むし、洗い物もワンプレート、カップスープ、コーヒーカップ、カトラリー程度だから、洗い物も少ないし、さほどの負担ではないのだ。

「あれ、食欲ない?」

 夫が好物のミートオムレツを残していた。

「ああ…ごめん。もう行くね。あとは頼んだ」
「ん…行ってらっしゃい」
「行ってきます…」

 夫のこういう様子はもちろん気がかりではあるけれど、深く考えても正解が出るものじゃない。
 お休みの日にでも、ゆっくり話ができたらいいな――と、私は割と楽天的に考えた。
 もし夫に何か悩みがあったとしても、私まで一緒に深刻になったら、解決するものもしないだろう、と。

+++

◇戸惑い【夫Side】◇

 今朝、地方紙を読んでいた妻が、ツバメの巣づくりについてのニュースネタを俺に振ってきた。
 妻はとても要領がよくて、時間の使い方がうまい。忙しい朝でも何かと新味のある話題を出して、俺と楽しく会話しようと努めてくれる。

 そんなひと時が大好きだった――先日の妻の休日出勤までは。

 妻の兄が使っていた部屋で見つけてしまった、2枚のいかがわしい写真。
 あれを見て以来、俺の内側では二つの思いが闘っていた。

 一つは、『問いただしてスッキリしたい』という気持ち。
 もしこれを実行したら、妻は多分、俺のもとを去っていくだろう。
 泣いて謝る、くらいはあるかもしれないが、許せるかどうかは分からない。
高校時代、俺の友人と寝た疑惑が湧いたとき、俺は「やりまくって、料金押し付けて捨ててやる」と決意して、妻とホテルに行ったことがあったが、結果的に駄目だった。あんないオンナを捨てられるわけがない。
 大学時代、俺が一度だけ浮気して、浮気相手が妻に垂れ込んだとき、妻は俺を一言も責めなかった。
 俺はむしろそのせいで不安になって、『君はモテるから、俺にこだわらなくてもいいってことか』とスネて見せたら、妻は大粒の涙を見せて、俺の心を縛り付けた。

 そしてもう一つは、『俺が黙っていれば、なかったことになる』という無理やりの思い込み。
 『なかったことになる』だと?
 絶対そんなわけはないのだが、俺は『黙っている』を選び、妻とは表面上は普通に過ごしている。

 あからさまなことを言えば、セックスだってしている。正直、あの写真を見た後もなお俺の愚息に呆れているほどだ。
 妻は昔と変わらず愛らしく、そこに年相応の色気も備わって、抱かずにはいられない。

 それでもやはり、しばしば思い出してしまう。
 妻が…あのかわいい妻が、卑猥な(でもかわいい)表情で、ある人物の「男性自身」で貫かれているあの様子を。
 あのときは、飲んだばかりのコーヒーを戻してしまい、そのまま飯も食わずに寝付いてしまった。
 翌日は野球チームの練習を休み、妻が心配してつくってくれたお粥を三口だけ食べて、浅い夢を何度も繰り返し見ながら一日中寝て、翌日は何事もなかったように出勤した。

 妻の過去の男性遍歴といってしまえばそれまでだけど、さすがに「実の兄」というのは相手が悪過ぎる。

 さらに、これが厄介なのだが――実はあの写真を俺はスキを見て「回収」し、妻に見つからないように保管している(方法はナイショ)。
俺に「そんな面」があったことに戸惑っている。
 あの写真にショックを受けて、勃たなくなってしまった方がマシだったかもしれない。
 最初のときの、吐くほどのショックはどこへやらで、あれはもはや俺を奮い立たせるネタにすらなっているのだ。

 寝取られ願望? 美形兄妹の近親相姦をのぞき見?

 まるっきり他人事みたいに思えるなら、こんなに興奮することはない。
 それこそAVや官能小説ならよくある話だ。
 しかし、リアルに突き付けられた自分自身の問題を、まるで第三者みたいに見てしまい、興奮するとなったら、さすがに「俺はヘンタイか!」と突っ込みたくもなる。

+++

◇日曜日【夫Side】◇

 野球チームの練習は月に1、2回、日曜日だけ行われる。

 練習試合や他のイベントとの組み合わせで1日中拘束されることもあるが、大体は午前中だけだ。
 練習上がりにチームの連中と焼肉を食べにいくこともあったが、そんなときも妻は、「じゃ、私もパスタランチでも食べようかな。図書館にも行って…」と、近所の評判の店に行くことや、ひとりで気楽にやるから気にしないでほしいということを、さりげなく言って送り出してくれた。

(過去のこと、過去のこと…)

 俺の体の一部がどう反応しようとも、キモチがそれを許しているわけではない。
 それでも、何とか呪文のようにそう唱えて、俺は妻と普通に接することに心を砕いた。

***

 そんなある日、1年後輩の事務の女の子から、気になることを言われた。

「この間、奥さんが背の高い美形の男性と2人でいるのを見ました」

 そう言われて思い浮かぶのは、あの何度か会っただけの「お義兄さん」だが、まさか…。

「奥様より少し若い人かな。奥様もお若いですけど、大学生くらいに見えました」
「…どこで?」
「中央図書館から2人で出てくるところを見かけましたけど」
「それ、たまたま出たタイミングが一緒だったとか?」
「私は車からだったんで、ちらっと見かけただけですけど、笑いながら話しているように見えましたよ」
「そう…何時ごろだった?」
「午前中でしたけど、図書館の開いている時間だから10時よりは後かな」

+++

 俺はその次の日曜日、練習を休んで『今日は友達と会う約束をしている』と言って、朝食後、9時頃家を出た。
 そして図書館の近くの『ジョルジュ』という喫茶店で開館を待ち、変装ともいえない変装をして、図書館の、妻があまり興味を持たなそうなコーナーにまず向かった。

 こんなことをしても全くの空振りで、妻は家で1人で過ごしているかもしれない。
 12時までいて何もなかったら、家に帰ろうと思った。
 帰宅が早かったとしても、妻なら『早かったのね』だけで済ませてくれそうな気がした。

 妻は多分、文学とか小説のコーナーを見るだろうから、適当に移動したり、雑誌コーナーの隅っこに座ったりして様子を窺っていた。

 妻は――『英米近代小説』ってコーナーに来た。
 よく覚えてないけど、好きな作家の名前を言っているのを聞いたことがあった気がする。
 小柄な体で、多分俺の身長くらいの書架の前で、本を手に取って読んで戻したり、キープしたり?している姿は、やはりかわいらしい(後ろ姿しか見えないが)。

 そこに背の高い若い男が来て、妻に話しかけている――ように見えた。
 妻に話しかける男が知り合いとは限らない。図書館でナンパするやつだってきっといるだろう。妻がそれを無視してくれれば何の問題もない。

 そう思っていたのだが、妻は持っていた本を借り出すと、その男とともに図書館を後にした。

 慌てて後をつけると、俺が図書館開館前に時間をつぶしていた喫茶店に入っていったので、どうしようか迷い、家に帰ることにした。
 少なくとも今帰れば、あの家に妻はいない。
 俺は自分の感情をいまいちつかみかねていた。

 怒りはもちろんある。しかしそれでいて、やりきれない無気力感もある。
 とにかく、今この瞬間に妻とまともに接する自信は全くなかった。

 それでいて、妻があの若い美形(多分、事務の子が教えてくれた大学生風の男)に抱かれているさまを、ぼんやりと思い描いたりした。
 こらえきれずに涙は出てくるのに、なぜかある種の興奮もある。
 『劣情に身を任せるて、こんな感じじゃないだろうか。

 俺はベッドに横になり、楽になりたくてベルトを緩め――ついでに下着も下ろしていた。

+++

◇日曜日【妻Side】◇

 夫は野球の練習を休んだが、それは友人と会うためだと言った。
ここのところ、ご飯を残したり、少し体調が悪そうな様子を見せることもあったので心配していたけれど、少しほっとした。

 私は洗濯物を干してから図書館に行った。

 読みたい本を物色している間にも、「M」が来るのではと少し期待してしまう。
 彼の話はいつも独りよがりで暴走しがちだったけれど、話している様子を見るのが好きだ。
 来なければ来ないで、さっさと帰って家に帰るだけ…と思っていたら、『あー、遅かった。今日は俺の方が先だと思っていたのに』と背後から声をかけられた。

「しーっ。ここ図書館。ちょっと声大きいよ?」
「あ…ごめんなさい…」

 私の家は図書館から近いので、お散歩感覚で来ているが、Mはそのことを知らない。
 ちょっとしたうぬぼれもあるものの、私の家が近所だと知ったら、そこまで押しかける可能性もゼロではない。
 本を借り出すと、『ジョルジュ』に行ってコーヒーを飲みながらいろいろ話をして、『お昼も一緒に』というのを断って、『私はまだ用事があるから。ごゆっくり』と言って、彼を置いて店を先に出るのがお決まりである。

 彼もいつも徒歩なので、多分家は近いのだろう。
 家族と一緒なのか、ひとり暮らしなのか。
 こちらからプライベートな質問はしないし、こちらが聞かれてもはぐらかしている。
 『結婚している』とはっきり言わないものの、意識的に左手で顔を触ったりしながら、視線を指輪に注目させるようにしているが、一度もそれに触れられたことはない。

 『結婚していても関係ない』なのか、若い男性特有の鈍感さみたいなものか。
 というよりも、私に恋愛感情とか、その種の欲望がないのかもしれない。
(ちょっとだけ同性愛傾向も疑っていたりする。それならそれで興味深い)

 いい年した男女が時々会って、いつも映画や読んで面白かった本の話しかしないと言われて、誰が信じるだろう。でも、事実なのだ。

+++

 そんな関係に油断し切っていたせいか、「M」のその振る舞いは、あまりにも唐突に思えた。

「ねえ、今日こそは「下」の名前を教えて」
 Mはそう言いながら、私の左手を握った。そうか、姓しか名乗っていなかったもんね。
「どうして――今さら?」
「僕、あなたと寝たいです。そしてベッドの中では名前で呼びたいから…」

 さてさて、「エロいが実は貞淑な妻」は、こんなときどうすべきか?

「それって映画の台詞? 自分で考えたの? 悪くないね」
「いや、そんなじゃなくて…」
「こめんなさい、私もう帰るわ」
「待ってよ!」

 Mは初めて会ったときのように、私の手首をつかんで引き留めた。

「だから、声大きいよ。んなことされたら、残念だけどあなたとはもう会えないな」
「…ごめんなさい。もうしません…」

 背の高い彼が少しうなだれて、情けない表情になってしまっている。
 二枚目は得ね。そんなときでも「母性本能をくすぐる」顔になっちゃうだけだもん。
 だめだめ。自分の立場を考えたら、ここでほだされるわけにはいかない。

「また図書館でね。さようなら」

 私はまた男絡みの事情で図書館通いを断念しなければいけないようだ。
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