【R18】Jasmine 俺のカノジョはとびきり魅力的で――飛び抜けてインランらしい

あおみなみ

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第28話 義兄【夫】

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 妻には「用事」としか言わなかったが、スーツを着て出かけた。
 そもそも妻はそういうとき、うるさく詮索する方ではないし、「出張にかこつけた浮気旅行?」なんてゲスなからかい方もしない。

 妻は俺のいない間、どんなふうに過ごすんだろう。
 ひとりで家で映画を見たり、読書ををしたりする?
 友人と会う?
 ――いつだったか見かけた美青年も「お友達」に入る…か?

 俺はTとの間柄を清算する前に、気持ちの整理をしたかった。
 そのためには妻ではなく、あの写真の「持ち主」に真偽を確かめるべきだという結論になった。

 各駅停車の電車で2時間強、一番速い新幹線なら40分弱。
 “出張”ではないから、もちろん自腹だ。
 だからというわけでもないが、節約と時間調整のために各駅停車を選んだ。
 山々々の変化のない風景だが、ぼーっと眺めながら、あれこれと考えをめぐらせるにはちょうどいい。

◇◇◇

 義兄にはあらかじめ「妻のことで話がある」と連絡をしてある。

 俺はTと関係を持ってから、帰宅が遅くなることが多いが、妻の察しのよさを考えると、俺への甘々の態度は不自然なくらいだ。

 妻は多分、何かを察しているはずだ。

 そしてその妻の兄は――結婚式や葬式などで会った程度ではあるが、穏やかでありながら、いかにも「切れ者」的な雰囲気がある。
つまのことで話が」と言われれば、多分心当たりを思い出し、それなりの対応をしてくれるだろうと思った。

 案の定、義兄の“嫁ぎ先”(なかなか豪邸である!)を訪れると、義姉の両親や義母(妻たちの母)も交えて大歓迎はしてくれたものの、適当なところ「駅まで送りがてら、市内の案内でもしようか」と、俺に助け船ならぬ車を出してくれた。

 しかし助け船、かな。別に俺は皆さんの歓待に困っていたわけではない。
 まあ「泊まっていきなさいよ」などと、酒でも勧められると厄介だったろうが。
 むしろ義兄の方が、俺の話の内容を想像し、内心穏やかではなかったかもしれない。
 それでもあくまで感じよく、「杜野城もりのじょう、行ったことある?動物園とかは?」などと提案してきた。

「それより、ゆっくり話せる喫茶店などご存じありませんか?」
「そうか――じゃ、俺の行きつけのところに案内しよう。コーヒーは好きか?」

◇◇◇

 マスターが義兄と俺が入店したのをちらっと見て、「いらっしゃい」と、やわらかい声で姓呼びした。適度な距離感のある顔見知りらしい。

「ンま、そちらのはどなた?」
「こう見えても社会人ですよ。しかも俺の妹のダンナ様」
「あらン、失礼」

 人当たりのいいマスターは、どうやら少し中性的な人らしい。
 俺たちが店の片隅にひっそりと座ると、何かを察したようで、それ以上は話しかけてこなかった。接客業の鑑だと思う。

◇◇◇

 俺たちはブラックのまま、ブレンドを一口だけ飲んだ。

 義兄は「で、話というのは何かな?」とゆったりした様子で口を開き、俺は例のポラロイド写真をすっと差し出した。

「なるほど、これか…懐かしいな」

 俺はさすがに我が耳を疑った。
 そう鋭い方ではない俺に、兄の内心までは読み取れないが、「全く表情が変わらない」レベルを保てていないのは分かった。

「これは高校時代、悪友に押し付けられたやつだよ」
「え…?」
「入手経路は不明だが、多分いかがわしい雑誌か何かの通信販売で買ったんだろう」

 俺も(買ったことはないが)そういう雑誌の読者コーナーで、そういうものを見たことがないわけではない。

「女性が妹に似ているとか言ってさ。ひどい侮辱だと怒ったら、わびのつもりか何なのか、写真を渡してきた」

 多分、出まかせの言い訳だろう。
 ただただ、落ち着いた調子で説明する義兄の口調には、妙な信憑性があった。

「俺はそれを受け取ったとき、処分するべきだと分かっていたが、を処分するのに抵抗があって――しかし、今の今まですっかり忘れていたんだよね…」

 俺は兄のゆったりとした態度にのまれ、ここに来た目的を半ば忘れそうになった。

「余計な心配をかけてしまったようだけれど、その写真は妹じゃないよ」
「あの…一つだけ質問していいですか?」
「ん?」
「義兄さんは――カノジョのことをどう思っていますか?兄と妹としてではなく…」
「そういうことか…」

 義兄は気を落ち着けるためか、コーヒーをもう一口飲んでから、さらにゆったりとした口調で答えてくれた。

「妹でなければよかったのに――と思っていた」
「それは…」
「でも、どんなに魅力的でもいい子でも、彼女は俺の妹でしかない。今の俺にとっては妻と子供たちが生きがいだ」
「はい…」
「妹をよろしく頼む。幸せにしてやってくれ」
 義兄はそう言って、深く頭を下げた。

 義兄は多分、大うそつきだ。だが、少なくとも真剣だった。
 その嘘で彼が守ろうとしているのは、義兄本人だけでなく、家族であり、俺たち「妹夫婦」でもある。
 兄の言葉を100%「真実」として扱うことが、誰にとっても幸せなんだと思えた。

「新幹線のチケットは買ってあるの?」
「あ――いや、各停で来たので…」
「そうなの?じゃ、俺におごらせて」
「でも…」
「俺も今日、君と話せてよかった。そのお礼だよ」
「じゃ、お言葉に甘えて」

 「あの子はこの街の名物の最中が結構好きなんだ」と教えてくれたので、小さな箱を土産に買った。

 一刻も早く彼女に会いたいと思い、地元の駅から家まではタクシーを使った。

 着いたのは午後8時。彼女がいない。
 車はあったが、自転車がなかった。
 こんな時間に自転車で出ている?ということは、出ているとしても近所か?

 彼女が帰ってくるまでの15分ほど、異常にそわそわしてしまったせいか、帰ってきた途端に「ただいまー、お帰りー」と立て続けに言い、靴を脱いでいない彼女をぎゅっと抱きしめてしまった。

(ん?)

「お帰りなさい」
「君はコンビニでも行ってた?」
「あ、ああ。見たい映画をレンタル屋さんに探しにいったんだけど、なくて」
「残念だったね」

 妻はいつもいい香りがする。自分と同じシャンプーやソープを使っているのに、妻だけの「いい香り」だ。
 その程度に思っていたのだが、「かいだことのないいい香り」がした気がして、一瞬だが違和感を覚えた。

 しかし、特に鋭いわけでもない俺がそれを指摘しても、何の役にも立たない気がしたので、そのまま流した。

「明日は野球の練習ないんでしょ?」
「うん、休みだよ」
「じゃ、どこか出かけない?」
「いいね。朝早く出れば遠くも行けるかも。早寝するか」

 そう言いつつ、やはり妻を抱いた。

 寝室の間接照明の中で、妻の白い肌の一部にキスマークを発見したが、俺がつけた覚えのない箇所だった。
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