小手先の作業

あおみなみ

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【再】17時20分 恐怖の街角

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 今までの人生で唯一外勤めをしたことのあるオフィスは、地上9階、地下1階のきれいで快適なビルでしたが、近くに歓楽街がありました。というよりも、歓楽街の中にオフィスがあると言った方が適切かもしれません。

 年に4回、それぞれ1カ月弱程度、特に忙しくなる時期があり、その期間は残業もそこそこありましたが、それ以外はほぼ定時で帰ることができました。

 飲み屋さんは歩いて2、3分の環境でしたが、職場の皆さんとの飲みはそこまで頻度は高くなく、例えば給料日に他部署の同期と誘い合ったり、仕事の打ち上げ的なものをしたり程度。
 外飲みよりも、家でビールを飲みながらビデオを見る方が性に合っていたので、歓楽街のオフィスという環境を、特に恩恵や特典とは思っておらず、「あー、あるね」程度でした。

 しかし、いつものように定時で上がれたある日、「あるね」程度でとどまっていた頃に戻りたい!と真剣に考えてしまうような事件が発生します。

 終業は17時15分。事務服といっても上着を替える程度だし、化粧を直すこともなく、3階フロアから階段を使って降りたとしても、多分17時20分頃には建物の外に出ていたでしょう。
 JRの駅前まで行って近くの商店街で買い物をするか、すぐ近くの「8階建てのデパートみたいなスーパー」に行くか、それともバスで20分弱の地元に戻るか…などと考えつつ、公道に出るための石段を下ったところで、見ず知らずのお顔の赤いオジサマに、通せんぼ状態で立ちはだかられました。

「あの…?」

 まだ若くて気が弱く、世間知らずだった私は、その状態で発するべき言葉を知りませんでした。

「あんた、気に入ったからまた指名するよ」
「…はい?」
「あの店でさ#$%&(新米速記者の耳では聞き取れず)」
「ええと…?」
「じゃ、またなぁ」

 オジサマはその後、飲み屋さんの建ち並ぶ方面へと、フフラフラした足取りで向かいました。

 …何だったんだ。

 あくまで想像なのですが、十中八九「人違い」というやつでしょう。
 私は昔から人の顔を覚えるのは苦手(というか顔をよく見ていない)な典型的なコミュ障女ですが、「この人を知らない」と言い切るのは簡単でした。本当に知らない人だったのです。
 
 公道に出る直前のところで待ち伏せのように寄ってきたわけは?
 オフィスといってもいわゆる「お役所」なので、一般市民なら誰でも出入りの可能性があります。
 そして、状況的にエントランスから出てきた時点で顔が分かっていたと想像されますが、どんだけ目がいいんだという話です。
 いや、遠くだから見間違えた可能性もありますが、もし私がオジサマの立場だったら、顔を見て「あ、違った」と思ったら、何事もなかったようにスルーしたと思います。

 オジサマは赤ら顔と足取りからも分かるように、多分日の高いうちにお酒を召し上がっていたのでしょう。
 そのせいで判断力に甚大なる課題を抱えていた状態なのかもしれません。

 人違いは誰でもするものですから、それはまあいいいとして。
 「店」「気に入った」「指名」といった、辛うじて聞き取れたワードが非常ひっじょーに気になります。
 何せ場所は歓楽街。お酒を飲む店だけでなく、いわゆる風俗店もあると聞いたことがあります(行ったことはないので詳細は分かりません)。

 一体あのオジサマは、どこのどの女性と私を間違えたのでしょうか…?
 酔っている上に、若い女の顔が全部同じに見える病に侵されている可能性もありますが、オジサマのお気に入りさんが、本当に私に似ている可能性もあるわけで…。

 これ結構まずいのではないでしょうか。
 副業禁止の身分でバイトをしている嫌疑をかけられたらたまったものではないし、私は飲み屋さんや風俗で務まるタマではありません。
 あ、美容院の可能性もあるかな?(可能性は低いけれど)
 まあそれでも副業疑惑は困るのですが。

 オジサマはその後、ごひいきをちゃんと指名できたかしら?

 今となっては笑い話ですが、当時は割と本気で怯えていました。
 一応、職場の同じ係の先輩・上司にはそれとなく相談し、方向が同じ方に送っていただいたり、外に出るまでは誰かしらと一緒に行動したりをしばらくしていましたが、その後は何もありませんでしたし、特に変な噂も立たずに済みました。
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