短編集「なくしもの」

あおみなみ

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根古柳四丁目2番15号

もういっちょいくー?

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 私は死んだお祖父ちゃんに、いろんなことを教わった。

 食器の洗い方、本の朗読の仕方、竹馬、ひよこには「ハコベ(別名ひよこ草)」という雑草を与えると喜ぶこと――などなどなど。

 何で唐突にこんなことを言い出したかというと、拝み屋さんが立派な数珠を持って、ジャラジャラ音を鳴らし始めたとき、真っ先に思い出したのが「お祖父ちゃん」だったからだ。

 いや、別に霊的な話ではありませんよ。
 あのジャラジャラを聞いていたら、「彩乃、箸はこういうふうに洗うんだぞ?」と言って、4、5膳まとめて丁寧にスポンジで洗った後、蛇口の下で流水しながら、両手でこすり合わせるように洗剤を落とせと言われたときのことを思い出しただけなのだ。

 悪いけど、やっぱりこんなの茶番だと思っている。
 年齢相応に信心深いけど、おしゃれで読書好きのお祖母ちゃんが、信じて、しかもあんな質問しちゃうなんてと、少しだけがっかりした。

 ただ、ついてきちゃった者の義務として、何かあったら大好きなお祖母ちゃんを守らなくちゃ!
 ちょっとしたボディーガードか正義のヒーローみたいな気持ちでもあった。

+++

 拝み屋さんは数珠を手のひらですり合わせながら、何かをぶつぶつと唱え続ける。しかし、そう長い時間かからず、表情が微妙に変わり、はっきりと意味の分かる言葉を話し始めた。

 「…ハツか?…元気そうだな?」とか何とかお祖母ちゃんに言った後、私の顔を見て、「お前も大きくなったな。学校は楽しいか?」って。

 はい、ダウトー!

 お祖父ちゃんがお祖母ちゃんを名前で呼んでいるのを見たことない。
 孫の私のことは名前で読んでいたけど、私の名前は忘れちゃったのかな。

 …などと突っ込んでみたいけれど、混乱させてもあれだ。返事もしないで黙って見続けていた。

 お祖母ちゃんをチラッと見たら、な、涙を流しているし!
 
 家族のこととか、友達のこととか、まあ無難な世間話を続け、肝心の「金庫のダイヤルナンバー」については、何かすごくいい感じでのらのくらりとかわした。
 挙句、「庭の手入れは早くしろよ。土用(※)の土いじりはよくないからな」とか何とか、「何で今その話題を出した?」というセリフで締めて、突然「そろそろいかないとな」とか別れを告げ、しゅーっと消えていってしまった(イメージ)。

 お祖父ちゃんが「帰って」しまった後、拝み屋さんは息を整えていた。
 …うん、「名演」だったと思う。
 「お疲れさまでした」と、私が拝み屋さんを拝みたくなったくらいだ。

 それと一つだけ、「ほほう」と思ったことがある。
 多分、他の地域の人が聞いても微妙なニュアンスの差はわかりにくいと思うんだけど、拝み屋さんはちゃんとおじいちゃんの出身地っぽい訛りで話していた。
 実はこの拝み屋さんもまた、そのあたりのご出身のなのか、あのホットリーディングもどきの雑談が効いたのか、今となっては確かめようがないけれど。

 お祖母ちゃんの涙も、そんな語り口のせいだったのかもしれない。



※この場合、「夏の土用」なので、7月17~19日から3週間ほどの期間

+++

 そして、「そんなことより」と言ったらナンだけど、実は私にはもっともっともっと気になることがあった。

 拝み屋さんの背後には、いろんなものがあった。
 立派な胡蝶蘭、夏らしいユリやヒマワリのブーケ、食料品の商品名のロゴが入った段ボール箱、フルーツの盛り合わせのかご、その他いろいろ。
 お金以外にも、こういったものを拝み屋さんに持ってくる人がいるのだろう。
 謝礼のほかにも「おまけ」という意味なのか、ある種の物納なのかは分からない。

 その中に、四角いパッケージでおなじみの、人気カップ焼きそばの箱があったのだ。はっきり言って私も弟も大好物で、もっと言うとお祖父ちゃんもよく食べていたっけ。

(あのCMみたいに、「もういっちょ行く~?」とか言われたらどうしよう…)

 ちなみにお祖母ちゃんは「3,000円」包んだらしい。
 料金が決まっていたのか、お気持ちだったのか分からないけれど、多分後者だったのではないかと思う。逆に言えば、ハマり込んでしまった人は、もっと高額を出すのだろう。正直(割と良心的だな…)なんて思ってしまった。
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