短編集「なくしもの」

あおみなみ

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サブバッグ

置き引き被害

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 さて、3年生になった私は、母親と絶賛冷戦中だ。
 言いたいことを全部言わず、お互いに不満顔を突き合わせているから、どうも清々しない。

 実は少し前に仲よくなったクラスメートのリサちゃんが、母のお気に召さなかったみたい。
 「見た目が不良っぽい」って言って嫌っている。
 あと、夜9時頃急用で電話してきたのが非常識だって言っていた。
 いつもじゃないし、遅くなるときは「夜分失礼します」って言ってるので、正直、過剰反応だと思うけど。

 大人っぽい美人顔のせいもあって、確かにちょっと派手に見えるけど、勉強は真面目にやってるし、夢を持ってるし、話せるいい子なんだけどね。

 しかし…この間の登山遠足のときに撮った写真を見せたときの母の反応は許せなかった。
 たまたま日差しがまぶしくて、眉をしかめたみたいな感じになったのと、口が半開きになっているリサちゃんの表情がフシダラに見えたらしくて、「何だかポルノ女優(**)みたいねえ」とか言ったの。
 ポルノ女優は立派な仕事だとか、そういう建前は置いとくとしても、自分の感想だけで人の容姿をバカにしてるってことに気づかないなんて、大人としてどうかと思うよ。

 もともと母とは気が合う方じゃなかったけど、これで一気に「嫌い」の方に傾いた。
 まだ高校生の私は、親の庇護のもとで生きてるわけで、逆らって命綱ぶっちぎられるのはカンベンだから、最低限だけ口利いておしまいって感じ。
 ああ、でもこれから三者面談もあるんだよなあ…ゆううつ。

**
まだポルノ映画館的なものがあり、家庭用のビデオもそこまで普及していなかったので、「AV(アダルトビデオ)」「AV女優」「セクシー女優」というよりも、「ポルノ女優」という表現の方が分かりやすかったと思われます。
その実、当時のいわゆるポルノ映画の性表現は、昨今のAVよりずっとソフトだったと言われていますが、実際見たことがないので分かりません。本当です。

◇◇◇

 その日は学内補習(学校内でテキスト代程度でやっていた補助的な授業。予備校より安上がりだから好評だったけど、レベルは保証の限りでない)で少し帰りが遅くなった。といっても7時ぐらいだったかな。
 そして、これははっきり覚えている。体育の日(**)の前日だった。

**
まだ体育の日は固定祝日「10月10日」でした。
**


 学生カバンの中には教科書、ノート、それにポケット部分に授業料の袋。
 休み時間に事務室に持っていくの忘れてたやつだ。6,000円入ってる。明日は持っていかなきゃ。
 サブバッグには参考書、空のお弁当箱、眼鏡、リップクリームとかクシとか入れたポーチ、それとなぜか市販の造血剤。
 顔色悪いから薬飲みなさいって持たされてるけど、自分では別にそんなことないと思うんだよね。
 体調が悪いわけでもないし、朝なかなか起きられないのだって別に貧血のせいではない(そもそも朝起きるのが好きな人とか存在するの?)
 というか、貧血が心配ならまず病院で検査すべきだろうに、こういうズレたところをするんだもんなあ。
 「誰かさんとつき合うようになってから不健康だから」とかイヤミ付きだったし、ほんと無理。だから80錠のうち10錠も飲んでない。

 ああ、どうしても母が絡む話題になると、愚痴が多くなっちゃう。ゴメンナサイね。

 二つの「袋物」の中身は大体そんな感じで、お財布はスカートのポケットに入っていた。
 トータルで見ると、貴重品といえるのは学生カバンの中の授業料と、サブバッグの中の眼鏡だ。

 学校を出て家に帰る前に、近くの電気屋さんに寄った。
 お店の前のベンチでジュースを飲んでいて、リサちゃんに用事があったことを思い出し、電話ボックスで電話をかけることにしたのだ。
 このとき私は無意識に――と思うくらいだから、本当のところはどうだったのか記憶の外なんだけど――学生カバンだけ持って立ち上がり、サブバッグの方はベンチに置きっ放しだった。

 リサちゃんに電話をして、聞きたかったことを確認し、ついでに母親の愚痴を聞いてもらって、5分(10分はなかったはず)くらい話したかな。
 後ろに人が待っているのが見えたので、「また学校でね」ってあわてて言って切ってベンチに戻ったら、サブバッグがなくなっていた。

 点線で「あったはずのもの」がかたどられて点滅しているみたいな表現、漫画とかアニメとかでよくあるけど、アレがリアルに頭に浮かんだ。そしてその後、少し経ってから軽いパニックを起こした。
「えー、なんでなんでなんでなんで?」って。

 電話ボックスを見たら空いていたから、私は再びリサちゃんに電話した。

『落ち着いて。明日警察に被害届出そう?』
「で、でも、あしたは体育たいくの日だし…」
『いや、休みの日だってやってるでしょ、警察なんだから』
「そっか。うん。だよね」
『とにかく気をつけて帰りなよ』
「うん、ごめんね。また明日」

 置き引き被害に遭ったらしい私は、本来ならばこういう話は母親に一番先にすべきだったんだろうけど、何だかんだでリサちゃんに真っ先に話した。
 そして冷静に「警察に行こう」と言われ、気を取り直した。
 やっぱり頼りになる、いい友達だと思う。

◇◇◇

 さて。
 バッグ本体、参考書、造血剤(けっこう高いらしい)、どれをとってもただ「なくした」で済ますのはちょっと大変。
 自分のお小遣いで買えるものは、何とかするしかない。痛い出費だけど。
 あれと同じバッグはもう手に入らないだろう。

 でも、だけは無理だ。ないと困るし、自分でどうにもできない。

 私は仕方なしに、母にもバッグを盗られたことを打ち明けた。

「あのね、バッグの中に眼鏡が入ってたんだよね…」

 それまで黙って聞いていた母は、そこで溜息をついた。

「明日つくりにいこう」
「あの、午後からでいい?午前中は警察に行ってくる」
「ひとりで?」
「…リサちゃんがつき合ってくれるって」
「…そう…」
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