短編集「なくしもの」

あおみなみ

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サブバッグ

良心?

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  翌日リサちゃんと学校の前で9時に待ち合わせて、お店から一番近い派出所こうばんに行った。
 私は学校から歩いて15分、リサちゃんは自転車で10分のところに住んでいる。
 派出所はリサちゃんの通学路にあるらしく、自転車を押して私を案内してくれた。

 警察の人に事情を話すときも、要領を得ない私の話を、「ひょっとして、こういうことじゃない?」「昨日こう言っていたよね」と、通訳するみたいに警察の人に説明してくれて、なくした本人としてはナサケナイ限りだけど、すごく心強かった。
 眼鏡をつくりに行く予定がなかったら、そのままリサちゃんと遊びたいところだったけど、リサちゃんも午後は用事があるみたいで、11時前にお別れした。
 お金さえ何とかなれば、眼鏡つくりに行くのもリサちゃんと一緒がいいってのが本音。依存し過ぎかな。

◇◇◇

 家に帰ると、「どうせだから、外でご飯食べましょう」と母が言い、私は黙ってうなずいた。
 眼鏡屋さんはバスで10分の繁華街にある。時間の関係でご飯が先になった。
 連れていかれたのは同じアーケード街にあるお寿司屋さんで、だけどあんまり堅苦しいっていうか格が高い感じではない。
 母は2階のお座敷席に通された後、「上握りセット二つお願い」と、慣れた調子で言った。

「このお店よく来るの?」
「たまにね」
「そう…」

 言葉少なに口に入れたお寿司は、おいしかった。
 おいしい魚の汁(アラ汁っていうらしい)とつけもの、デザートにババロアまでついてきた。

「おいしかった?」
 母はお茶の器を両手で持って飲みながら尋ねた。
「うん」
 私も母をまねたわけではないけど、同じしぐさで茶碗を包んで飲んだ。
 家ではこんな優雅な飲み方しない。
 ひょっとして、両手で丁寧にやると上品に見えるのかな。
「そう、よかった」
 母の表情はいつもより柔らかくて優しい気がした。

 眼鏡は「1週間後のお渡しになります」と言われたので、あんま眼によくないかなと思いつつ、それまではお姉ちゃんのお下がりを使うことになった。じゃっかん度数が高めなんだよね。
「授業中とか、必要な時だけかけるようにして、それ以外はなるべく目を休ませなさい」だって。まあ急場しのぎとしては上等だろう。

◇◇◇

 バッグを失くしてから3日後の日曜日、家族がいろいろな用事で出払って、家には私1人だった。
 適当にテレビなど見ていたら、突然電話が鳴った。
 しらばくれるわけにもいかないので出てみると、なぜか学校からだった。

『〇〇高校の土田ですが』
 授業その他でも全く接点のない先生だけれど、声と名前から顔は浮かぶ。
 ちょっとおっかない感じの理科の先生だ。
 一部の生徒からは「フランケン」って呼ばれているので、雰囲気はお察し。実は優しくて面白いって割と人気があるらしい。

「は、い。あの…」
「君、最近カバンを忘れるか失くしたしたんじゃないですか?」
「え、あ、はい」
『やっぱり』

 なんと、私が電気屋さんの前で盗まれた(仮)バッグが、なぜか弓道の練習場にあったらしい。
 校庭の端っこのところに的が並んでいて…と頭の中に絵は浮かぶけれど、そんな場所は近づいたこともないから、そこに忘れたとは考えづらい。
 じゃ、盗んだのが弓道部員とか?それもなんか不自然だな。

「なくした場所はソコじゃないですけど、たしかに3日前になくしました」

 どうやら参考書に書いてある名前で、持ち主が私だと特定して電話をくれたらしい。

『そうでしたか。確かに昨日まではなかったようだしね』
「はあ…」
 土田先生は弓道部の顧問、だったかな、そういえば。

 いろいろ考えると、多分「犯人」がその場所にぽんっと置いていったということなんだろう。
 校庭に何カ所かある出入口からスキを見て入った外部の人か、学校内の誰かか。
学校まで特定できるようなものは入ってなかったけど、高校生だということはわかりそうだから、「一番近くの高校だから」って感じで置いていったんだろうと想像できる。

『今から来られますか?おうちは割と近いようですが』
「はい、すぐ行きます!」

 その言葉どおり、私はちゃっちゃと学校に向かった。
 確認してみると、中身は無傷だったようだ。
 どこの誰だか知らないけれど、勝手に持っていっちゃったことは許せない。
 でも、返そうとしてくれたことだけは素直に感謝したい。

「よかったですね。これからはもっと身の回り品に注意を払うんですよ」
 フランケン土田先生は、おっかない笑顔で柔らかく私に釘を刺した。
 いや、「付箋を貼った」くらいの感じかな。

「はい、ありがとうございました」
「はい、気をつけて帰りなさい」

◇◇◇

 というわけで――新しい眼鏡の仕上がり前に、元々のが戻ってきてしまった。
 いや、それ自体は助かるけどね。まあ、きまりわるいっていうか、何というか。

 いつものくせで――というか、今回お世話になったし、まずはリサちゃんに連絡と思ったけれど、日曜の午前中はバイトだと言っていた気がする。
 母は昼前には帰ると言っていた。
 このシチュエーションでは、まず母に報告すべきだろう。「迷惑かけてごめんなさい」って。

 あのお寿司屋さんでの表情を思い出して、少しくすぐったくなった。
 ひょっとしてだけど、私に歩み寄ろうとかしてくれちゃったりしている?
 そして私は私で、それを受け入れるのもやぶさかでない(**)と思っちゃったりなんかしちゃってる。

**
当時、とんねるずが『やぶさかでない』という楽曲をヒットさせており、この不思議な響きの言い回しを面白がって使うヤングもそこそこおりました。
漢字で書けば「やぶさか」で、吝嗇りんしょく【ケチの意味】という熟語からも分かるように、ケチらない、つまりは「それをする労力を惜しまない・積極的にする」という意味ですが、語感や「~ない」という打ち消しのせいか、現在でも「しぶしぶ何かをする」という意味に誤用されることが多い言葉です。

というか、歌の流行とは裏腹に正しい意味が広がらなかったというあたりに、全てをノリで乗り切れた80年代っぽさを感じないでもありません。
ちなみに、侮辱する意図はありませんが、作詞は秋元康氏によるものでした。
**
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