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ビーフシチュー
しおりを挟む「彼」はあの日からうちに帰ってこなくなり、特に連絡もなかった。
その代わり3日後に例の秘書の男性から電話があり、「〇〇日に荷物を撤去するために行きたいが、在宅かどうか」を確認された。
勝手に入って持ってきゃいいのに、律儀だなあ。
私は「多分いますけど、時間を教えてもらえれば外しますから、その間に済ませてください」と答えた。
この状況でも一目「彼」位に会いたい――なんて思われるのはしゃくだ。
もっとも、在宅確認するくらいだから、「彼」も私には会いたくないのだろう。
***
「彼」が部屋から荷物を撤去する間、私は近くのカフェで本を読んでいた。
ここは時間制なので、90分経ったらもう一品何か注文しなくちゃ……と考えていたら、入店から1時間弱で、例の秘書の人が私の向かいの席に「失礼します」と言いながら腰を下ろした。
「荷物の運び出しが終わりましたので……こちらを」
「あ、はい」
私は努めて興味がなさそうな声を出した。
目の前には白い封筒が置かれ、うっすらと盛り上がっているのが分かる。合いカギが入っているらしい。
「では、私はこれで……」
「はい、どーもです」
社長秘書がこんなパシリをいちいちさせられるというのは、実は大した会社でもないのかな?
それとも、家族ぐるみのオツキアイ的なのがあるのかな。
ま、どうでもいいや。
男性が立ち去った後、封印を破ると、中に入っていたのは鍵だけではなかった。
1万円札と、何か細長い紙――どうやら一筆箋らしい。
1万円は、多分「お茶代」だろう。金持ちの感覚はヒトケタ違うらしい。
一筆箋には「彼」の文字で、こう書かれていた。
「生涯で一番愛したのは君です。今までありがとう」
少し前にお母様がご挨拶にみえたとき、「息子たちは昔から仲良しで」的な要らん話も、私はちょっとだけ聞いていた。
私は「はあ、そうですか」しか反応しなかったので、お母様のお顔には、「愚鈍そうだし、大したきれいでもないし、こんな子のどこがよかったんだろう」としっかり書いてあるのが分かった。
(こらこら、婚約者ちゃんに悪いでしょ)なんて少し思ったけど、こんなの誰の目から見ても、リップサービスであることが丸わかり。
主語もないし、これからも人生が続く26歳が言う「生涯で一番」なんて――一瞬で更新されるに決まっている。
「はっ……ざけんなよ」
そう大きな声ではなかったが、つい声に出てしまったので、たまたまテーブルの近くにいた女性の従業員さんがぎょっとして、「あの、何かありましたか?」と声をかけてきた。
「あ、あ、あのっ、えーと……追加注文いいですか?」
まだ6時前だけど、冬のこの時間はどっぷり暗い。
せっかくお金もあることだし、ちょっと早目のディナーを食べて帰ることにした。
もちろんこの店で一番高いメニューにした。
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