てんどん 天辺でもどん底でもない中学生日記

あおみなみ

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第15章 エンディングα

逃げるな

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 日高君の部屋に通されると、レイが、「まず、今日は変な態度取ってすまなかった」と頭を下げた。
 私は自分にも負い目があるので、レイのこの態度には戸惑ってしまった。
 
「え、気にしてないし…」
「いいや、喜多川たちもヘンだって言ってたよ。まつり、そうやって取り繕うのはよくないぞ」
「ごめん…」

 レイはペットボトルのお茶を一口飲んで落ち着いてから、いつもの冷静な表情で語り始めた。

「オレ昨日、まつりちゃんに告白したんだ。付き合ってくれって」
「偶然だな。俺も5分前にしたばっかだ」
「えっ」
「返事はもらってないよ。まあそれはいいけど。お前は振られたんだよな」
「ああ…」
「でも何で振られたのかイマイチわかってない。だろ?」
「正直言うと…」
「俺もさっきまつりと話してて、『こいつ面倒くせえな』って思った。だから、お前が理解できないのも無理はない」

 さて、2人の会話を聞いていて思ったのだが、この場に私は必要だろうか。

「あの、私は外した方が…」
「まつり、逃げんな!」
 ラフだが基本的に優しい日高君が、いつになく威嚇的な言い方をしたので驚いた。

「逃げるわけじゃなくて…」
「ここにいる2人、どっちもお前が好きだ。だからって別にこの場で答えを求めたりはしない。な?」
「そうだね…今日のところは」
「でも、俺たちの考えていることを、お前は知っといた方がいい。できるだけ本音で話すから、そこで聞いてろ」

 レイはもちろん、日高君も真剣みたいだ。

「うん、わかった」
「よしよし、いい子だ」
 日高君がふざけた調子で私の頭をなでると、レイが「まつりちゃんにさわるな!」と言って、いきり立った。

「えー?お前だってしょっちゅう頭ぽんぽんとかしてるじゃん、しかも教室で。そのせいでまつりは肩身が狭いって分かってる?」
「え…?」

「だよな?まつり」
「私は別に…」
「その言葉.禁止。心の底からどうでもいいって思っている以外は言うな」
「厳しいな…。うん、正直ちょっと戸惑ってはいる」
「ほらな?大事なまつりちゃんが自信を失ってるのは、お前のせいなんだよ?」
「…どういうこと?」

 レイ。そう言われても、全くピンと来ていないという表情かおだ。

「その前に、なんと言ってまつりがお前を振ったか、教えてくれや」

◇◇◇

 そしてレイは、私が言ったことをほぼ正しくくみ取った形で日高君に話した。
 そして、自分がそう言われてどんな感想を持ったか、も。
 なるほど。私がこの場にいることで、誤解とかを防げるのか。

「この先ほかの人を好きになるかもとか…訳が分からないよ。ずっと一緒にいたいって思うのは間違ってるか?」

「お前はまつりしか見えてない。それはまあいいだろう。でも、お前に絡まれるだけで、まつりがどれだけひどいこと言われるか知ってるか?」
「まつりちゃんはかわいくて、とてもいい子だ。悪く言う方が悪いんだよ」

 まごかたなき正論だ(いや、まつりがかわいいっていうのはまあアレとして)。
 そして正論だからこそ、反発や突っ込みを招いてしまう。
 私は、レイには悪いけれど、日高君の次の言葉に強くつよーく共感した。

「かーっ、これだから優等生様は。『悪くないから堂々としてろ』か?口から出たモン、耳に入ったモンは取り消せないんだよ」
「よくわからないな」

「いいか?まつりがブスなら、お前なんか外に出てきちゃダメじゃんってレベルのやつに限ってそういう悪口言うよな」

 日高君、きつっ。

「進路だってそうだよ?お前は中央高校当確組。まつりも別に成績は悪くない。だが、お前からすっとちょっと見劣りする」

 心なしか、私には少し優しい…?

「たったそれだけのことなのに、『バカだと苦労するわね(笑)』なんて、南高の受験すらやめとけって言われる成績のやつに言われてさ」

 それは知らなかったし、知りたくなかった。事実だからしようがないけど。

「それを気にするなって言うのは簡単だろう。でもそれ、傷ついたまつりに『気にしないようにしなくちゃ』ってプレッシャーかけてるだけだ。お前はなーんにもわかってねえ」

 さすがにレイも言われっ放しというわけではなく、ここで反撃に出た――というか、出ようとした。

「転校生の君に何がわかるんだい。オレは昔から…」
「そうだ。昔からそうやって彼女の心の傷に鈍感なまま一緒にいたんだよな?俺はたしかに付き合いは浅いが、何となく分かるよ」
「オレは…」
「いいねえ、イケメンで優等生で、他人から否定されたことないやつは」

◇◇◇

「…君さ、まつりちゃんの事情に詳しすぎない?」
「そりゃ調べたから。オレ結構よそのクラスや学年にも友達いてさ」

 いま日高君、「調べた」とか言った?さすがにそれは…

「あ、引いてる?まずったな…去年合唱部やめた理由も知ってるんだけど」
「カラオケに行ったときのことを?」
「そうそう。ボロクソ言われたんだろ?でも、その本当の理由知ってる?」

 何が言いたいのか分かんないけど、嫌なことを蒸し返されて、私も不愉快だ。ちょっと不貞腐れて見えたと思うけど、「歌が残念だったからでしょ?それ以外ある?」とだけ言った。

「あのさあ、世の中いろんな歌手がいるじゃん?絶叫系もいれば、生身の人間だけどボカロみたいな歌い方するのだっているし、ぼそぼそつぶやくやつもいる。どんなやつだって、ファンとか買い支えてるやつがいるから活動してられるよな?」
「確かに、そうか」

 そこでレイは、「そうだよ、まつりちゃんの声はとてもきれいだし、歌もうまいんだ」と援護してくれたが、なぜだか今日だけは「ちょっと黙っててね」と言いたくなった。

「まあ合唱部だから音程しっかりしてて、声もちゃんと腹から出てるよな?だからって、みんなに刺さる歌い方になるとは限らない。好き嫌いはどうしようもない」
「うん、まあ」
「集団で叩いたのは、まつりが斉木と仲がいいのがねたましかったからだとさ」

 それは分かってたけど、「それだけ?」って気もする、そんな理由。

「しかも、妬ましいなんて素直な言葉は使わねえ。バカの一つ覚えの『ブスのくせに』だ」

「食い物でも歌でも絵でも、本当はいいと思っても、嫌いとか悪いって口先で言うのは簡単じゃん。だって正解は自分の中にしかないんだからよ」
「乱暴だけど、説得力ある…ような」
「だろ?ま、そうやっていじめて追い出したが、斉木プリンスのトコに逃げるってのは誤算だったみたいだけどな」

 今さらあの合唱部に未練もないけれど、言われてみると、思い当たるふしがなくもない。
 それより私は、一生懸命頑張ってた(しかも1年生の)優香のミスにいちいちピリピリして、退部に追い込んだ方が許せなかった。

「多分南原がやめたのも同じ理由だったろうな。もともとまつりと仲よかったからって、ついでにいろいろ聞いたけど」

 ひっ?心読まれた?

「あいつも結構見た目いいし、目立つ方じゃん?そういういじめみたいな雰囲気あったって聞いたよ」
「いじめだったのかな、あれはやっぱり」
「南原もお前と一緒で、自分がポンコツだからやめるしかないって思ったんだろうな」

 そういえば、いま日高君が言ったみたいなことを優香が言って、私をかばってくれたことがあった。
 頭がよくてしっかり者のくせに、変なところで自己評価低いのが、何だか優香らしい。

「結果的にゆうゆうじてき部は活発になったし、結果オーライっちゃそうなんだろうが」

◇◇◇

 レイは「そうか…全部オレのせいだったのか…」と、ひどく落ち込んでしまった。

 私は「別に気にしていない」という言葉の代わりに、「自分が傷ついたのは事実だが、それをレイのせいだと思ったことはない」と伝えた。

「本当に?」
「だって、レイのせいでそんな思いするんだって思うなら、私の方から避けたよ」
「そうか…よかった」

 昨日から今日にかけての短い時間、すねて、いっぱい油断して、取り乱して、ものすごく人間くさい表情をいっぱい見せてくれたレイが、すとんと「落ち着くところに落ち着いた」ような表情を見せて、私も安心した。
 やっぱりレイ――かっこいいなあ。

 そんな私たちのやりとりを見て、日高君が呆れたように言った。
「あーあ、ばからしっ。このまま丸め込んでカノジョにしちゃおうと思ったのになー」

「あ…と…」
「もうお前ら、目障りだから帰れよ」

 「ごめん。ありがとう」と私。

「ったく、何の礼だか。明日には仲直りしてこいな?」

 「日高、感謝する」とレイ。

「まつりに言われるとうれしいが、お前のは聞かねえよ」
「君はいいやつだな」
「けんか売ってんのか?本当にもう帰れよ」
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