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第36章 二度目の告白【千弦と聡二 交際編】
合格の知らせ【千弦】
しおりを挟むまるくうるんだ眼とかはいい唇が少年の心に映る。
その小柄な肢体を自分は掴まねばならぬ。
北條民雄『童貞記』
◇◇◇
聡二君が東京のとある国立大に前期日程で合格したという話は、芽久美経由で聞いた。
第2志望の私立大の2学部を既に押さえたという話は、本人が学校への報告の前に店に立ち寄って教えてくれたけれど、さすがに今回は本命ということもあり、学校への報告が先だったようだ。
そのまま内部進学する生徒の多い英明からは、毎年2、3人入れば上等というレベルの大学なので、受験自体が学校中の注目の的だったらしく、合格のうわさもあっという間に広がった。
「へえ、やっぱり彼は大したものね」
「ママのところばっかり来て、全然勉強してないんじゃないかと思ってたよ」
「去年の終わりから、ここで勉強していることも多かったんだよ。2月に入ってからは一度も来ていないし」
「そっか――私も見習わなきゃな」
「そうね。玉成を受けるんだったら、そろそろ塾や予備校も考えてみる?」
「そこまでまだ決めてないよ!あと1年、悩む予定なの!」
「はいはい」
千弦は中学生のときから、大学は外部受験をしようと考えていた様子があった。どうやら「推し」である言語学の先生のいる大学に憧れていたらしい。
ただ、漠然と考えていた大学は関西なので、現実に受験となると少し立ち止まってしまったようだけど、高校に入って大倉君とお付き合いを始めたことで、玉成学園大への進学も視野に入り始めたようだ。
「どっちにしても、大学に入ったらこの家を出るよ。県内でもね」
「そうなの?ここから通えるところなら別に…」
「おじいちゃんやおばあちゃんが、いつでも来てねって。どっちもだよ」
私の実家も亡夫の実家も同じ県内にある。
殊に義理の実家の方は、かなり交通の便がいいところなので、東京への通学も楽そうだ。
といっても、そもそも玉成まで、我が家からでも私鉄1本で行けるのだけど。
「いつの間にそんな話になってたの?」
「だってさ、私がいつまでも実家べったりだったら、ママはいつまでも彼氏を家に泊められないじゃない」
「もう、大きなお世話!」
「たっ!」
私は思わず芽久美の頭に手刀を振り下ろしてしまった。もちろん冗談のつもりだったけれど、意外と力が入ってしまったみたいだ。
「マジな話、そういうことはそろそろ考えなきゃって思っていたのに、ひどいなあ」
◇◇◇
聡二君が3年前に私に言ったことは、今でも鮮明に思い出せる。
「俺は多分、3年後もあなたのことが好きだと思います。
高校を卒業したら……いや、大学に合格したらもう一度告白します。
そのとき俺を気にかけてくれていたら――俺とつき合ってくれませんか?」
さらにダメ押しのような、1年前の今頃に言われたこと。
「俺――今年1年は全力で走ります。あなたがどこにいても追いつきます」
さて、あれから3年もしくは1年経ってしまった。
もう私自身が完全に聡二君に恋してしまっている。
2月に入ってからは連絡も控え目になったこともあり、「どこにいても追いつく」どころか、追い越されてしまっているのではないかとさえ感じているくらいだ。
何しろ今回は、店への直接の来訪もなければ、メッセージすら来ていない。
芽久美が英明生でなければ、私は彼の合格すら知らなかったろう。
その状況で私から「おめでとう」と言うのもためらわれた。
もしも以前言ったことを反故にしたいと考えていて、あえて何も言ってこないのだとしたら――つまり私への興味が失せていたら、そんな祝意をむしろ負担に感じるのではないかと思ったからだ。
こういうことだって(考えたくはなかったけれど)想定はしていた。
2年後には40になる私が、ただでさえ将来を嘱望されている子に何も期待しちゃいけない。
いっときだけでも少し興味を持ってもらえたことがラッキー、程度に考えなければならない。
19歳も年下のイケメンに愛の告白をされたなんて、もう少しおばあちゃんになってから、さきざき芽久美が結婚して子供を産んで、その子が今の芽久美ぐらいの年になった頃に話してきかせる種として取っておける。
そんなアホなことを考えていないと、心が折れてしまいそうだった。
告白「されない」ことが、イコール失恋になるとは思わなかった。
いっそ自分から告白――いや、ムリムリムリ。
好きでもない人からの愛の告白なんか、ハラスメントや暴力として扱われるほどの世の中に、アラフォーに何ができよう。
◇◇◇
4日後、いつもは請求書の郵便やポスティングチラシしか入っていない我が家のポストに、縦長の封筒が届いた。
薄紅に桜の散ったデザインの和紙の封筒で、しっかり枠に収まって書かれた郵便番号、〇〇市、まで省略されて街区名から始まった住所と「桜井千弦様」の名前が、見事な毛筆で書かれていた。
差出人の名前は――見るまでもなかった。
お手本のような時候の挨拶から始まり、「堅苦しい挨拶はこの程度にとどめ」の後で、次のように書かれていた。
筆跡からすると万年筆を使ったようだ。多分、3年前の高等部進学の折にプレゼントしたもの(自分で贈っておいてナンだが、昭和か!)
「芽久美さんから既に聞いているかもしれませんが、このたび無事、第一志望の大学に合格いたしました。
思えばこの3年数か月、俺のやりたい放題に付き合ってくださった千弦さんには、感謝してもしきれません。
千弦さんがいてくれたから合格できたといっても過言ではないでしょう」
その上で、これが最後のわがままだと思って聞いていただけませんでしょうか。お答え次第では、それ以上のわがままを言う可能性もあるでしょうが、それはさておき。
今月の最後の日曜日、もしお時間を作っていただけるようでしたら、2人だけでお会いできればと思います。
お店に伺っても差し支えなければ俺から行きますが、外で場を設けることも視野に入れております。
お返事はメッセージやお電話で構いません。お待ちしております。
檜聡二 拝」
私は3月31日で38歳になる。
しかし年を取ったのは私だけではない。
15歳だった聡二君ももう18歳、6月には19歳になる。
「2人きりで会いたい」ということは…そういうことだろう。
私は少し悩んでから、芽久美に相談することにした。
「あのね、今月の最後の日曜日なんだけど…」
「ん?私その日、大輔さんと会うと思うよ。
大輔さんの都合が悪くても、1人でも、どこかには出かけるんじゃないかなあ。
多分8時までは帰らないと思う。8時、20時ね」
まるで聡二君から来た手紙を盗み読んだんじゃないかというくらいの返答をもらった。
「ママ、頑張ってね!」
「何を頑張れと…」
「うふふ」
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