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第35章 だが、もちろん俺は3時間、紳士で居続ける。【メグと大輔】
俺たちらしく【大輔】
しおりを挟むきっとメグは個室に向かう間、ずっと緊張していたろう。
エレベーターで断りなしにキスをしてくるような男だ。
2人きりになったら何をするか分からない――と考えるのが普通だ。
もし俺が女で、この行為に嫌悪感や疑問を感じていたら、多分ここで逃げていた。
メグは少し恥ずかしそうにしながらも、俺と一緒に個室に入った。
防犯の関係だろうが、ドアには細いガラスがはめ込まれているが、意識的にのぞかないと中の様子はわからない。
やりようによっては、そんな行為にも使えるのだろう。
実際、自慢げにそんな話をしているクラスメートも時々いる。
だが、もちろん俺は3時間、紳士で居続ける。
「俺は最近のはやりの歌は全く知らないから、好きな歌を好きなように歌ってくれ」と言ったら、だんだん楽しそうにリラックスした様子を見せるようにはなったが、俺が少し体を近づけたり手に触れたりすると、わかりやすく緊張が走る。
今はそんな様子を窺うだけで楽しい。
「思ったとおりだ。結構歌がうまいな」
「大輔さんはリズム感がいいからうらやましいです。テニスの賜物かな?」
メグはきれいな声だし音程もしっかりしているのだが、譜割りというのか? そういうのが時々わからなくなると言っていた。
大音量でかかっている好みじゃない流行の曲や、時々他の部屋から聞こえてくる歌には少し閉口したが、変わった食べ物のメニューを見てネーミングに突っ込んだり、映画の予告を見たり、俺たちらしく楽しめたと思う。
「お店によっては映画鑑賞ができたり、ノマドワーカーの人がお仕事に使ったりもできるそうですよ」
「映画はともかく、こんなところで仕事になるのか?」
「逆に、うるさくないと仕事できなくなったりして」
「ひねくれてるな…」
メグが在宅仕事の多いママさんを想定しているんだとしたら、失言だったかもしれない。
「私の伯父さん、受験勉強中に深夜ラジオとか聞いていた名残で、静か過ぎる環境だと仕事の能率が上がらない、なんてよく言ってますよ」
ああ、よかった。そっちか。
◇◇◇
俺にも性欲がないわけではないし、もちろん興味もある。
かといって、無理やりメグに手を出して嫌われてまでするほどのこととは思えない。
帰りのエレベーターの中では「今のところはキスで我慢しておいてやるよ」と言って、何もしなかった。
いたたまれない感じでうつむいたメグに「お前、初めてだったのか?」と聞いたら、ほんの少し間を置いて「はい」と答えた。
「そうか、俺もだよ」
「そう、なんですか…?」
なぜかメグは意外そうに言った。
「女と付き合うのも初めてなのに、キスだけ経験済みだったらドン引きだろ?」
「ドン引きってほどではないですが――確かに」
メグには俺の前に付き合っている男がいた。
それを知っているくせに、わざわざ蒸し返すほど野暮ではないし、本当はキスくらいしていても別に構わない。
あの“間”にどんな意味があるのか分からないが、ただの照れで、本当に初めてならうれしいし、うそをついているなら、俺に気を使ってのことだと分かる。
つまり、腹を立てて詰問する要素など、どこにもないんだ。
「結構楽しかったな。また来よう」
「そうですね。大輔さんの歌、また聞きたいです」
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