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第4章 スケッチブック青年

コペルくんのように

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 ガトーショコラ、みたらしだんご、ワッフル、ロールケーキ…食べたいお菓子はいっぱいあるけど、せめて今は我慢しなくちゃ。
 出産して母乳で育てるようになったら、どんなに食べても全部赤ちゃんが吸ってくれるよって母が言っていた。
 今はそれを楽しみにしている。

 でも、どうしても我慢できなくて、スーパーの前の移動販売車でたい焼きを2個買った。
 カフェインの入っていないお茶も買って、給水池公園のベンチで食べた。

 たい焼きってこんなにおいしかったんだな。
 実はそんなに好きじゃなかったんだけど、赤ちゃんが生まれたらまた食べよう。
 中学校のとき、読書感想文の課題図書で、吉野よしの源三郎げんざぶろうの『君たちはどう生きるか』って本を読んだ。
 主人公のコペル君が、あまり裕福でない家庭に遊びにいって、たい焼きをごちそうになったシーンをよく覚えている。
 たい焼きはちょっと「落ちる」お菓子なので、上品なコペル君のお母さんはおやつには出さない。
 だからコペル君は、それまで食べたことがなかった。
 今の私は、きっとあのときのコペル君と同じくらい、たい焼きのおいしさに感動してると思う。

 ゆっくりゆっくり味わって食べて、2個完食して、少しはみ出して指についたあんこまでなめちゃった。
 そうしたら、どこかからクスッって笑い声が聞こえてきた気がしたんだけど――この公園にいるのは、少し離れたところでスケッチブックを広げている男の人だけだった。
 真剣に鉛筆を走らせているみたいだから、あの人ではないだろう。気のせいか。
 300ミリリットルのお茶を飲み干して、席を立ったら、「あ、行かないで」って声がした。

「え?」
「あ――ごめんなさい。何でもないです」
 私が気になって近づいていったら、男の人は慌ててスケブを閉じ、走っていってしまった。
 何だったの?ひょっとして「クスッ」という笑い声も、気のせいじゃなかったのかもしれない。

 イケメンではないけれど、ちょっと昔の彼みたいな、繊細な雰囲気のある人だった。
 しつこいようだけど、そんな昔でもないんだよね。
 多分二十歳くらいで、私たちより少し若いだけの人。大学生くらいかな。
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