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許せない
しおりを挟む私は全く気付かなかったが、「事件」はその翌日の夜に起きた。
時計の針はてっぺんを過ぎていたので、日付的には2日後である。
私は既に床についていたし、周囲がざわざわしているという感じもなかった。
とろとろとした微睡みに、火災報知のベルが鳴って入った。
「ふぁっ?」
びっくりしてパジャマのまま外に出ると、不思議なことにほかの部屋の電気は全部消えていて、逃げ惑う人影――なんてものもない。
その代わり、1階から言い争うような声が聞こえてきた。
階段を下りていくと、Xの部屋の前に人だかりができ、そこで多くの人が、Xをなじるような調子で何か言っていた。多分、1年生も2年生もいる。
「責任者失格でしょ」
「汚らわしい!」
「自分のこと棚に上げて、あんなこと言っていたんですか?」
その様子から、教室でのAとBのやりとりを思い出し、何となく察した。
少なくとも火事などではなさそうだなと思って部屋に戻って寝直していると、それから多分1時間くらい経った頃、今度は私の部屋のドアベルが鳴らされた。
『……なんですか?こんな時間に……』
そこにはY以外の寮生が何人も立っていて、今度は私を責める異口同音が聞こえてきた。
「火災報知器が鳴ったの聞こえなかったの?」
『……あの、火事じゃないみたいだったんで……』
「って、火事だったらどうするつもりだったの?」
「みんないるのに、あなたただけいなかった」
「この状況でよく眠れるね」
(……えーと、話はそれだけですか?なら、眠らせてください)
何もかも面倒くさかったので、殊更寝ぼけているさまを強調して、「あの、おやすみなさい……」と言ってドアを閉じたら、さすがにその後は静かになった。
その後、ひょっとしたら誰かの部屋で、私を糾弾したり、間抜けっぷりを嗤ったりする会が開かれていたかもしれないが、心底どうでもよかった。
翌日の授業に響かない程度に夜更かししたらいいさ。
今ならもっと言えることがある――嫌味たっぷりに。
「示し合わせて「こういう」ことしたんですよね?
火災報知器はあらかじめ押す係の方がいたんですか?
アドリブですか?
どっちにしても、無意味だったと思いますけど
私、Xさんがどうしてあんなに皆さんに責められているのか、
状況すら正しく把握していなかったんですよ、何も聞いてなかったんで。
その状況で、「そこにいなかった」と言われても困ります
でも、輪にも入れてもらえないほど影の薄い私の存在に、
この段階でよく気付いてくださいましたこと。ちょっと感激しましたよ」
私は本当に心から興味がなかったので自分から聞くことはなかったが、みんなの噂話を取りまとめるだけで、何となく顛末は想像できた。
まず、我が校の男子寮もまた同じ敷地内にあり、女子寮からの距離はたぶん100メートルもない。
一応、女子寮に入るためには、夜の10時には施錠される門扉という“関門”があるのだが、実はその門扉の脇の塀はそう高くない。 私自身、朝一の新幹線に乗って帰省するときなどは、そこからまず荷物を外に放り投げ、体の方は適当な足場を頼りに塀をよじ登って越えていた。
さすがに塀の外から侵入したことはないのだが、大容量の新聞受けが門扉の外にあるので、あそこを足場にしたら中に入れるかも……と、簡単に想像がついた。
男子寮には住み込みの管理人さんがいて、女子寮にはいない。 一応寮生は、防犯ブザーを携行するように言われていた。 セキュリティーの考え方の順番がいろいろおかしい。(現在はない施設の描写なので、防犯などには一切配慮していない書き方をしております。悪しからず)
とにかく“X”の密会相手の男子“Z”は女子寮の建物の前までたどり着いた。
携帯電話などない時代なので、ピンポイントの連絡もできないし、地獄少女みたいに背後に立って「来たよ……」と言うこともないだろうから、その1、時間を決めて玄関から入ったのか、その2、“X”の部屋の窓から入ったのか?
「土足」というワードが聞こえたので、多分その2だろう。
そうして“Z”はXの部屋で……(以下略)というわけである。
多分この時点で、Aの部屋には何人かの1年生(場合によっては2年生も)がいて、Zの侵入が確定した時点でガサ入れ、くらいの申し合わせができていたのだろう。
何のために押したのか分からない火災報知ベルは、普段はおとなしそうな1年女子Cがとっさの判断で押したようだ。「お手柄」と言われていたことからの想像だけど。
「Z先輩が「殴れよ、オレが悪いんだ」とか言ったときさ……」
「ああー、キツイなって思ったー」
「酔ってるよね。ドラマの主人公にでもなったつもりかな」
Zは男前で優しい頼れる先輩だったが、この件で一気に評価を下げてしまったようだ。
Xが、美人だが少し性格のきつそうな、あまり女子に受けないタイプの女子だったというのも大きかったかもしれない。
2日前の夜、そのXが先頭になって、「1年生の生活態度が目に余る!」と説教したことで、1年生の「おまゆう心」が奮い立った。
考えてみれば、最後まで残され、精神的につるし上げレベルのことをされた(と、少なくともほかのみんなは思っている)私が、最も腹を立てていいはずなのに、あの夜のんきに寝ていたということが、ほかの生徒には信じられないというか、“許せない”ことだったのかもしれない。
さて、ここで思い切り言いたい。「知らねーよ!」
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