短編集「めおと」

あおみなみ

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その名は「ぴあの」

よみがえる記憶

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 まず、かすみの家の周囲には砂利が敷いてあった。

 引っ越してきたのは2年前だが、その少し前にこの地区で放射線量を低下させるための除染処理がされた際、そのようになっているらしい。おかげでちょっとした来客でも、砂利を踏む音ですぐに察知でき、防犯に役立っていた。

 かすみはかなり前からこの部屋にいるので、人の気配は分かったはずだし、砂利を踏む音は、気の弱いかすみにとって、たとえそれが帰宅した夫や宅配業者の人のものであっても、「そう」確認されるまでは、ちょっとした警戒や恐怖を誘うものだったから、気づかないということはあり得ない。
 BGMに軽く映画音楽のインストゥルメンタルを流してはいたが、砂利の音や人の気配に気づかないほどの大音量でもなかった。

 ということは、砂利の上を歩いても気付かない猫が単独でここに来て、ここにいると考えるのが自然だろう。

「つまり、こういうこと…?」

 家の前、多分西側の部屋の下に洗濯ロープがもともとあった。
 そこに猫がやってきて、ロープにじゃれるか何かしていた。
 (これにはかすみは気付いていなかった…?)

 多分最初は機嫌よく遊んでいたのだろうが、ロープが本格的に絡まって、結構シャレにならないことになってしまった。そこで初めて猫は鳴いて自分のピンチを訴えた。
 もしもこの仮説が正しいとすれば、猫が自発的にやったこととはいえ、「そこにロープがあった」ことが原因だった。

 ところで、かすみが洗濯ロープを使うのは、室内だけだ。ならば、なぜここにあったのだろう。誰かが持ち込んだ?猫が引っ張ってきた?どちらにしても、考えにくい。

「あ…」

◇◇◇

 そこでかすみは思い出した。
 天気予報の吟味が不十分なままシーツを洗い、雨のせいで外に干せず、苦し紛れに4畳半に対角線上にロープを張って干した記憶がある。
 あのとき、何とか乾いたシーツを取り除き、ロープも外そうとしたとき、段取りが悪く、ロープを窓の下に落としてしまったのだ。それを片付けようとしていたら、たまたま集金か宅配か、とにかく来客があり、そちらに対応しているうちに、ロープの存在をすっかり忘れてしまったようだ。

「犯人、私じゃん…ごめんね、ネコ君」

 かすみは丁寧にロープをほどいてハチワレを解放した。
 逃げるかと思ったら足元にすり寄ってきたので、もともと人懐っこい子なのかもしれない。助けてくれたお礼を言っているのだろうか。

 あまりにも愛らしさに、こういうのは悪いかな?と思いつつ、夫がつまみにしている煮干しを数個食べさせたら、喜んで食いついた。
 また(煮干し目当てに)来るかもしれないが、半野良状態の子なら今さらの話だし、そのときはそのときだと開き直った後、ロープが絡まったハチワレの姿が急にコミカルに思い出され、ついつい笑ってしまった。
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