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第9話 食事会
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季節は春から夏へと移り変わろうとしていた。
家族揃っての初めての食事会が行われる日がやって来た。その日の朝からシオンは緊張していて、また胃もたれにならないかと不安になる。
「本日のお食事会ですが、第三皇子のロシエル殿下は欠席になられるそうです」
シオンの髪を結い上げながら、ハンナが言った。
「欠席?」
「二ヶ月ほど前に北部のほうで魔物が出たために、その討伐隊として殿下の騎士団が遠征に出られていました。無事討伐を終えて本日の食事会には間に合う予定でしたが、戻ってくる途中に立ち寄った集落で問題が発生したらしく、その後処理で到着が遅れるそうです」
第三皇子はシオンより一つ年上で、まだ成人していないはず。それにも関わらず、騎士団を率いて魔物退治に赴くとは大した人物だと、シオンは感嘆する。
「立派な方なんですね」
「ご兄妹のなかでも武勇に優れた方で、皇位を継承するよりも騎士になることを志しておられるそうです」
シオンは少しホッとしていた。兄妹の中で一番顔を合わせることを恐れていたのが、第三皇子だったからである。
シオンの母親、グラデシアが皇宮を去るきっかけになったのが、彼の母親である第二皇妃の死だった。もちろんシオンは自分の母親が犯人だとは思っていない。しかし、第三皇子はシオンのことを母親の仇の娘だと考えているかもしれない。
──向こうがどう思っているかは判らないのが怖いんだよね。
顔合わせは先延ばしになったが、いつまでも向き合わないわけにはいかない。わかってはいるが、この瞬間、シオンは確かに安堵していた。
〇
夕方になり、シオンは馬車に乗り込んで本宮に向かった。本宮に到着すると、執事長のハーデルの案内に従って食堂へと向かった。
皇族が揃っているということで、本宮にはいつもよりも緊張感が漂っていた。使用人たちは忙しなく働き、衛兵たちは周囲に目を光らせていた。その様子を見て、シオンは背筋をピンと伸ばす。侍女として付き従うシャーリーンも肩に力が入っているようだった。
「オラシオン様がお見えになりました」
ハーデルが食堂内にいる者たちに告げる。食堂の扉が開かれ、シオンは深呼吸してそれを潜った。上座に座る皇帝、それを囲むように皇子や皇女たちが席に着いており、それぞれの従者や側近が後ろに控えていた。
「初めまして。オラシオンです」
ドレスをつまみ上げながら、礼をする。緊張しているが、我ながら完璧なのではないかとシオンは自画自賛する。少なくとも、クロードとの初対面のときよりはマシだた。
「わぁ!」
小さな感嘆の声が聞こえてきた。顔を上げてそっと様子を伺うと、ブルネットの可愛らしい少女が目を輝かせているのが見えた。リチャードは満足げな笑みを浮かべており、シオンが席に着くと同時に口を開いた。
「さて、お前の家族を紹介しよう。クロードのことはすでに知っているのだったな」
リチャードはちらりと皇太子に目をやる。クロードはきちんと席に着いているが、図書館で会うときと同じように気怠げな表情をしていた。
「はい。クロード兄様には、とても良くしてもらっています」
シオンが言うと、クロードは父親に視線を向けてわずかに微笑んでみせた。それを見て、リチャードは眉をひそめて鼻を鳴らす。なんだか対抗意識のようなものを二人の間から感じたが、気を取り直すようにしてリチャードは皇太子の向かいに座る皇子のほうを見た。
「ハワードは昨年成人を迎えたばかりだが、クロードに負けず劣らず優秀な男だ」
第二皇子のハワードは、昨年亡くなった第一皇妃との間に生まれた皇子で、父や兄と同じ金髪だが顔立ちはあまり似ていない。端正で美しく、利発そうな表情をしていた。彼は何も言わず、エメラルドの瞳でシオンのことを見ている。
「そして、末娘のアイシャだ。齢はお前の二つ下か」
二歳下ということは十二歳である。アイシャはそわそわと自分が紹介されるのを待っており、名前を呼ばれるとパッと花が咲いたような笑顔を見せてくれた。
「はじめまして、アイシャです!」
元気が良い。シオンはその愛らしい姿に、心臓を打ち抜かれるような感覚に襲われた。自分にこんな可愛い妹がいたなんて。
一方で、アイシャの後ろに控えている従者は厳しい視線をシオンに向けていた。見たところ、レムリアの人間ではない。第三皇妃であるアイシャの母親は東南のインディラ連合国の姫君だった。おそらく輿入れの際に一緒にやってきたインディラの人間なのだろう。
歓迎されてないな、とシオンは感じた。
アイシャはこの国唯一の皇女であった。しかし新たな皇女が現れたことで、彼女の立場を揺るがすかもしれない。第三皇妃の忠実な従者であったなら、娘であるアイシャのことを第一に考えていてもおかしくない。だからこそ、シオンを警戒しているのだろう。
シオンとしては、権力や地位に興味がないのでそういったことで兄妹と争うなんてことはしたくない。クロードとは良好な関係を築けていたので油断してしまっていたが、実際はそう簡単に事は運ばないものだと痛感した。
「ロシエルのことは、また日を改めて紹介するとしよう。──さあ、食事会を始めよう」
リチャードの言葉をきっかけに料理が運ばれてくる。皇宮にやって来てから、シオンはお抱えの料理人が腕を振るう様々な料理に毎日舌鼓を打っていた。始めは食べ慣れないがゆえに胃もたれを起こしていたが、今では美味しくいただけている。今回の食事会に出されるのも工夫と趣向を凝らした豪勢な料理ばかりで、シオンは目立たないように感嘆の声を漏らした。胃もたれの心配もなさそうだ。
皿を開けて、次の料理が運ばれてくる。その間に、リチャードは今後のことを己の口から説明した。
「オラシオンのお披露目は、七月にあるクロードの誕生パーティーに行おうと考えている」
異論はあるか、とリチャードはクロードに訊く。
「父上が仰る通りに」
「では、そのようにするとしよう。オラシオンもいいな」
リチャードに言われ、えっと……とシオンは言葉を漏らす。
「いいんですか? クロード兄様をお祝いする大切なパーティーなんですよね」
「だからこそ、お前を皇族の一員として皆に知らしめるのにふさわしいのだ。クロードも了承しているのだから、誰も文句は言うまい」
クロードもそうだと言わんばかりに頷くので、判りましたとシオンは頷いた。すると、ハワードが手にしていたフォークを置いて口を開いた。
「父上、一つお訊きしてもよろしいでしょうか。なぜ今、彼女を皇族として迎え入れたのですか?」
リチャードに問いかけながらも、ハワードは一瞬シオンにも視線を向ける。まるで責めるような目だった。
「母上が亡くなって、まだ一年です。新たな家族を迎え入れるのは喜ばしいことですが、あまりに突然のことで。それに、彼女の母親は……」
彼の言いたいことが判ってしまった。彼の視線から、アイシャの従者のように快く思っていないのだと感じたが、これは打ち解け合うのにかなり時間が掛かりそうだとシオンが思っていると、
「──ハワード」
リチャードが一喝する。それだけで食堂の空気が凍りつく。ハワードは口を閉ざし、その場にいる者たちは緊張する。この中では一番幼いアイシャはビクッと身体を震わせていた。
さすがは戦争を治めた英雄だ、とシオンは称賛と畏怖を覚えた。
「皇妃が亡くなり、お前が心細く感じていることは理解している。しかし、それは彼女も同じだ。オラシオンは呪術師として生計を立てながら、二年間ひとりで生きてきた。大切な者を失った者同士、互いに支え合うのが家族というものだ」
リチャードの言葉に、ハワードは何も言い返せなかった。
そんな彼の様子を伺っていると、シオンは後ろに控えている従者と目が合った。ハワードの従者にしては、若くはない。亡くなった第一皇妃の従者だったのだろうか。そんなことを考えていると、相手は視線を逸らしてしまう。決して穏やかとは言えない目つきをしていたように思える。
──前途多難だな。
皇帝からの依頼だけでなく、家族関係の問題まで。
デザートのプディングを頬張りながら、シオンは眉をひそめた。
〇
その後、食事会はつつがなく終わりを迎えた。リチャードやクロードといくつか言葉を交わしてから、シオンは食堂を後にした。ハワードはデザートを食べ終わるや否や、すぐに自分の宮殿へと帰ってしまったので直接話すことは叶わなかった。話せたところで、何を話していいのか判らないのだが。
「あ、あの!」
食堂を出たところで、シオンは先に食堂を出たはずのアイシャに声をかけられた。後ろのほうで従者が苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
「何でしょう、アイシャ様」
少し屈んで視線を合わせた。
アイシャはもじもじと両手を合わせ、明るいブラウンの瞳をシオンに向ける。
「あの、えっと……今度お茶をご一緒できればと思って」
「お茶ですか?」
「はい。私、お茶が好きで、いろんな茶葉を取り寄せてもらっているんです。それで、オラシオン様とお茶会をしたいなと……」
はじめは活き活きとお茶が好きだと声を弾ませるが、だんだんと尻すぼみになった。もじもじと両手を合わせている。
「素敵なお誘いありがとうございます。私でよろしければ、是非ご一緒させてください」
アイシャのことを尊重しつつ、シオンは快諾する。こんな可愛らしいお誘いを断る道理がない。アイシャは満面の笑みを浮かべる。
「あと、それから……」
合わせた両手をぎゅっと握りしめながら、意を決したようにアイシャは言う。
「シオンお姉さまとお呼びしてもいいですか?」
「え……」
一瞬、シオンは何を言われたのか判らなかった。
シオンお姉さま。なんていい響きだ。
花街に出入りしていたころは年上の妓女たちのことを姉様と呼んでいたが、自分がそう呼ばれるとまるで別の意味を持つ特別な敬称のように思えた。
「ええ、構いませんよ」
胸の高鳴りを感じながらシオンは答える。
「では、私のこともアイシャと。かしこまらずに呼んでください」
姉妹なんですから、とアイシャは再び笑みを見せた。
シオンは妹に笑顔を返しながら、可愛いな、と他の語彙を忘れてしまったかのように心の中で呟いていた。
「それでは、後日お茶会の日程をご連絡しますね」
「楽しみにしてますね」
おやすみなさい、と挨拶をして去っていくアイシャを見送りながら、悪いことばかりではなかったとシオンは食事会を振り返った。
家族揃っての初めての食事会が行われる日がやって来た。その日の朝からシオンは緊張していて、また胃もたれにならないかと不安になる。
「本日のお食事会ですが、第三皇子のロシエル殿下は欠席になられるそうです」
シオンの髪を結い上げながら、ハンナが言った。
「欠席?」
「二ヶ月ほど前に北部のほうで魔物が出たために、その討伐隊として殿下の騎士団が遠征に出られていました。無事討伐を終えて本日の食事会には間に合う予定でしたが、戻ってくる途中に立ち寄った集落で問題が発生したらしく、その後処理で到着が遅れるそうです」
第三皇子はシオンより一つ年上で、まだ成人していないはず。それにも関わらず、騎士団を率いて魔物退治に赴くとは大した人物だと、シオンは感嘆する。
「立派な方なんですね」
「ご兄妹のなかでも武勇に優れた方で、皇位を継承するよりも騎士になることを志しておられるそうです」
シオンは少しホッとしていた。兄妹の中で一番顔を合わせることを恐れていたのが、第三皇子だったからである。
シオンの母親、グラデシアが皇宮を去るきっかけになったのが、彼の母親である第二皇妃の死だった。もちろんシオンは自分の母親が犯人だとは思っていない。しかし、第三皇子はシオンのことを母親の仇の娘だと考えているかもしれない。
──向こうがどう思っているかは判らないのが怖いんだよね。
顔合わせは先延ばしになったが、いつまでも向き合わないわけにはいかない。わかってはいるが、この瞬間、シオンは確かに安堵していた。
〇
夕方になり、シオンは馬車に乗り込んで本宮に向かった。本宮に到着すると、執事長のハーデルの案内に従って食堂へと向かった。
皇族が揃っているということで、本宮にはいつもよりも緊張感が漂っていた。使用人たちは忙しなく働き、衛兵たちは周囲に目を光らせていた。その様子を見て、シオンは背筋をピンと伸ばす。侍女として付き従うシャーリーンも肩に力が入っているようだった。
「オラシオン様がお見えになりました」
ハーデルが食堂内にいる者たちに告げる。食堂の扉が開かれ、シオンは深呼吸してそれを潜った。上座に座る皇帝、それを囲むように皇子や皇女たちが席に着いており、それぞれの従者や側近が後ろに控えていた。
「初めまして。オラシオンです」
ドレスをつまみ上げながら、礼をする。緊張しているが、我ながら完璧なのではないかとシオンは自画自賛する。少なくとも、クロードとの初対面のときよりはマシだた。
「わぁ!」
小さな感嘆の声が聞こえてきた。顔を上げてそっと様子を伺うと、ブルネットの可愛らしい少女が目を輝かせているのが見えた。リチャードは満足げな笑みを浮かべており、シオンが席に着くと同時に口を開いた。
「さて、お前の家族を紹介しよう。クロードのことはすでに知っているのだったな」
リチャードはちらりと皇太子に目をやる。クロードはきちんと席に着いているが、図書館で会うときと同じように気怠げな表情をしていた。
「はい。クロード兄様には、とても良くしてもらっています」
シオンが言うと、クロードは父親に視線を向けてわずかに微笑んでみせた。それを見て、リチャードは眉をひそめて鼻を鳴らす。なんだか対抗意識のようなものを二人の間から感じたが、気を取り直すようにしてリチャードは皇太子の向かいに座る皇子のほうを見た。
「ハワードは昨年成人を迎えたばかりだが、クロードに負けず劣らず優秀な男だ」
第二皇子のハワードは、昨年亡くなった第一皇妃との間に生まれた皇子で、父や兄と同じ金髪だが顔立ちはあまり似ていない。端正で美しく、利発そうな表情をしていた。彼は何も言わず、エメラルドの瞳でシオンのことを見ている。
「そして、末娘のアイシャだ。齢はお前の二つ下か」
二歳下ということは十二歳である。アイシャはそわそわと自分が紹介されるのを待っており、名前を呼ばれるとパッと花が咲いたような笑顔を見せてくれた。
「はじめまして、アイシャです!」
元気が良い。シオンはその愛らしい姿に、心臓を打ち抜かれるような感覚に襲われた。自分にこんな可愛い妹がいたなんて。
一方で、アイシャの後ろに控えている従者は厳しい視線をシオンに向けていた。見たところ、レムリアの人間ではない。第三皇妃であるアイシャの母親は東南のインディラ連合国の姫君だった。おそらく輿入れの際に一緒にやってきたインディラの人間なのだろう。
歓迎されてないな、とシオンは感じた。
アイシャはこの国唯一の皇女であった。しかし新たな皇女が現れたことで、彼女の立場を揺るがすかもしれない。第三皇妃の忠実な従者であったなら、娘であるアイシャのことを第一に考えていてもおかしくない。だからこそ、シオンを警戒しているのだろう。
シオンとしては、権力や地位に興味がないのでそういったことで兄妹と争うなんてことはしたくない。クロードとは良好な関係を築けていたので油断してしまっていたが、実際はそう簡単に事は運ばないものだと痛感した。
「ロシエルのことは、また日を改めて紹介するとしよう。──さあ、食事会を始めよう」
リチャードの言葉をきっかけに料理が運ばれてくる。皇宮にやって来てから、シオンはお抱えの料理人が腕を振るう様々な料理に毎日舌鼓を打っていた。始めは食べ慣れないがゆえに胃もたれを起こしていたが、今では美味しくいただけている。今回の食事会に出されるのも工夫と趣向を凝らした豪勢な料理ばかりで、シオンは目立たないように感嘆の声を漏らした。胃もたれの心配もなさそうだ。
皿を開けて、次の料理が運ばれてくる。その間に、リチャードは今後のことを己の口から説明した。
「オラシオンのお披露目は、七月にあるクロードの誕生パーティーに行おうと考えている」
異論はあるか、とリチャードはクロードに訊く。
「父上が仰る通りに」
「では、そのようにするとしよう。オラシオンもいいな」
リチャードに言われ、えっと……とシオンは言葉を漏らす。
「いいんですか? クロード兄様をお祝いする大切なパーティーなんですよね」
「だからこそ、お前を皇族の一員として皆に知らしめるのにふさわしいのだ。クロードも了承しているのだから、誰も文句は言うまい」
クロードもそうだと言わんばかりに頷くので、判りましたとシオンは頷いた。すると、ハワードが手にしていたフォークを置いて口を開いた。
「父上、一つお訊きしてもよろしいでしょうか。なぜ今、彼女を皇族として迎え入れたのですか?」
リチャードに問いかけながらも、ハワードは一瞬シオンにも視線を向ける。まるで責めるような目だった。
「母上が亡くなって、まだ一年です。新たな家族を迎え入れるのは喜ばしいことですが、あまりに突然のことで。それに、彼女の母親は……」
彼の言いたいことが判ってしまった。彼の視線から、アイシャの従者のように快く思っていないのだと感じたが、これは打ち解け合うのにかなり時間が掛かりそうだとシオンが思っていると、
「──ハワード」
リチャードが一喝する。それだけで食堂の空気が凍りつく。ハワードは口を閉ざし、その場にいる者たちは緊張する。この中では一番幼いアイシャはビクッと身体を震わせていた。
さすがは戦争を治めた英雄だ、とシオンは称賛と畏怖を覚えた。
「皇妃が亡くなり、お前が心細く感じていることは理解している。しかし、それは彼女も同じだ。オラシオンは呪術師として生計を立てながら、二年間ひとりで生きてきた。大切な者を失った者同士、互いに支え合うのが家族というものだ」
リチャードの言葉に、ハワードは何も言い返せなかった。
そんな彼の様子を伺っていると、シオンは後ろに控えている従者と目が合った。ハワードの従者にしては、若くはない。亡くなった第一皇妃の従者だったのだろうか。そんなことを考えていると、相手は視線を逸らしてしまう。決して穏やかとは言えない目つきをしていたように思える。
──前途多難だな。
皇帝からの依頼だけでなく、家族関係の問題まで。
デザートのプディングを頬張りながら、シオンは眉をひそめた。
〇
その後、食事会はつつがなく終わりを迎えた。リチャードやクロードといくつか言葉を交わしてから、シオンは食堂を後にした。ハワードはデザートを食べ終わるや否や、すぐに自分の宮殿へと帰ってしまったので直接話すことは叶わなかった。話せたところで、何を話していいのか判らないのだが。
「あ、あの!」
食堂を出たところで、シオンは先に食堂を出たはずのアイシャに声をかけられた。後ろのほうで従者が苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
「何でしょう、アイシャ様」
少し屈んで視線を合わせた。
アイシャはもじもじと両手を合わせ、明るいブラウンの瞳をシオンに向ける。
「あの、えっと……今度お茶をご一緒できればと思って」
「お茶ですか?」
「はい。私、お茶が好きで、いろんな茶葉を取り寄せてもらっているんです。それで、オラシオン様とお茶会をしたいなと……」
はじめは活き活きとお茶が好きだと声を弾ませるが、だんだんと尻すぼみになった。もじもじと両手を合わせている。
「素敵なお誘いありがとうございます。私でよろしければ、是非ご一緒させてください」
アイシャのことを尊重しつつ、シオンは快諾する。こんな可愛らしいお誘いを断る道理がない。アイシャは満面の笑みを浮かべる。
「あと、それから……」
合わせた両手をぎゅっと握りしめながら、意を決したようにアイシャは言う。
「シオンお姉さまとお呼びしてもいいですか?」
「え……」
一瞬、シオンは何を言われたのか判らなかった。
シオンお姉さま。なんていい響きだ。
花街に出入りしていたころは年上の妓女たちのことを姉様と呼んでいたが、自分がそう呼ばれるとまるで別の意味を持つ特別な敬称のように思えた。
「ええ、構いませんよ」
胸の高鳴りを感じながらシオンは答える。
「では、私のこともアイシャと。かしこまらずに呼んでください」
姉妹なんですから、とアイシャは再び笑みを見せた。
シオンは妹に笑顔を返しながら、可愛いな、と他の語彙を忘れてしまったかのように心の中で呟いていた。
「それでは、後日お茶会の日程をご連絡しますね」
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