ぼくの中の探偵

パプリカ

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きみには食事においてとくに好き嫌いはない。母親の料理には不満はなく、出されたものは素直に食べる。

一方の父親は違う。味にはかなりうるさい。
いまでは商社で働く普通のサラリーマンだが、かつては料理人を目指していたという。
腕利きの店主の下で修行するほど入れ込んでいたが、料理の最中に大火傷をおってしまい、それがきっかけで料理人の夢は諦めたと聞いている。

きみがもっと幼い頃は子供の栄養がどうとか口うるさく指摘し、夫婦仲は険悪になった時期もあった。

いまでも父親は食事への妥協はしないが、以前よりは態度は柔らかくなり、母親も軽く受け流すことを覚えたようだ。

今日の夕食では父親は食事について何も小言は口にはしていなかった。黙々と箸を動かしている。もともと口数は多いほうではなく、おしゃべりな母親とは対称的だった。

「どうしたの、海斗。今日は元気がなさそうだけど」
「そう?」
「なんだかボーッとしている感じ。学校でなにかあった?」

きみの頭に、芹沢優愛との会話が浮かぶ。自宅へと誘われたくだりだ。しかし、それを口にすることはしない。きみも両親には彼女がいることを打ち明けてはいないからだ。

「ちょっと風邪気味なのかも」
「大丈夫?明日は学校休もうか?」
「そこまでじゃないよ。食事もできてるし」
「体には気をつけてよ。最近は物騒だから、いろいろと心配になるのよ」

母親の言う物騒というのは、この辺りで起きている動物虐待事件のことだった。

野良猫などが殺される事件が一年ほど前から続いていた。周辺住民の不安は募るばかりだが、いまのところ犯人は捕まっていない。
被害を受けているのは動物ばかりなので、警察の腰も重いようだった。

「動物から人へと対象が変わるのはよくあることだ。本来であればもっと警察が警戒を強めるべきだろうな」

父親がこうして食事中に料理の味以外のことで口を挟んでくるのも、珍しくはなくなった。きみが小学生の頃はもっと寡黙で、何かにいつもイラついているような印象すらあった。

「警察になんか期待できないわ。悠馬のときだって」
「やめないか、その話は」

父親が茶碗を乱暴に置いて母親の言葉を打ち切る。きみはとくに驚きはしない。母親が弟の名前を口にした時点でそのような反応は予測ができていた。

「でも、あなた」
「もう二年になるんだぞ。いつまで過去を引きずるつもりだ」
「そんな簡単に割り切ることなんて、できないでしよ。だって子供がいなくなったのよ」

きみの弟、橘悠馬が失踪したのはいまから二年前のことだ。休日に家を出たきり、行方不明となってしまった。大々的な捜索が行われたが、結局見つかることもなく、いまに至っている。

きみは弟と仲がよかった。弟は甘えん坊で、きみのことをとても慕っていた。
宿題でわからないところがあればすぐに聞きにきたし、ひとりでするようなゲームでもきみと一緒に遊ぼうとした。 

きみは弟を可愛がっていた。だから弟の姿が消えたことはショックで、なんとしてもその行方を突き止めたい衝動にかられた。

しかし、ひとりではとてもじゃないが、弟を探すことなんてできない。きみは子供で、警察でも探偵でもない。

そこでミステリー好きなきみは、自分のなかに新たな存在ー探偵を作り出したのだ。そう、わたしはきみのなかに生きる大人の探偵だった。

「わたしは信じているわ。あの子はいまも生きているって」
「もしそうなら、とっくに警察に助けを求めているはずだろう。本人が望んで家出をしたわけでもないだろうし」
「ずいぶん冷たいのね。親ならどんな状況でも希望は捨てないものでしょ。覚えてるわよね、あなたの手術とほぼ同時にあの子は生まれたのよ」

それはきみも母親の口から聞いたことがある。きみの父親はかつて大病を患い、生死の境を一時は彷徨うほどだったという。
どうにか手術は成功したが、そこに母親が立ち合うことはなかった。ちょうど出産のタイミングと重なったからだ。

「あれは何かの運命だとわたしは思ったわ。あの子が生まれたからこそ、あなたの命も助かったのよ」
「それはこじつけというものだろう」

正直なところ、きみは父親があまり好きではなかった。
何においても仕事を優先する父親と遊んだような思い出がないからだ。弟への執着心が薄いところを見ても、父親としての自覚は薄いのかもしれない。
弟がいなくなったときもきみの父親は取り乱すことはなかった。

「わたしは決して諦めないわ。いつかあの子が帰ってくるって信じてるんだから」
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