ダークヒーロー志願ー蠍の紋章ー

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第3章 覚醒 ― スコーピオン感覚

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日本に帰国したのは、四日後。
体調は悪くなかった。
いや、むしろ軽かった。
肺の奥まで空気が透き通るようで、時差ボケもない。
だが――何かが、決定的に違った。

匂い。音。
街のざわめきの“粒子”が異様に細かく感じられる。
自販機のモーター音、アスファルトを削るタイヤの摩擦。
それらすべてが耳の奥で分解され、
まるで世界そのものが解析されているようだった。



翌日から高専の授業に戻った。
人間工学の実習室。
無機質な白い机、静電気を帯びたプラスチックの匂い。
俺はいつも通り、3DCADを立ち上げ、モデルを修正していた。

昼休みにコンビニ弁当を食べ、午後のノートを開く。
――何も変わっていない。
そう思った瞬間だった。

視界が、ブレた。
空気の層が二重に見え、世界がフレームの外へ傾いた。
次の瞬間、心臓が暴れ、喉の奥で熱が弾ける。

――息が、できない。

視界の端が紫に染まり、
蛍光灯のノイズが幾何学模様に変換される。
音が色に、光が衝撃に変わる。
床が遠のき、胸の奥で“何か”が目を覚ました。



目が覚めると、白い天井。
消毒液の匂い。
ナースコールの電子音が遠くで鳴っていた。

腕には点滴、喉は焼けるように乾いている。
医師がカルテを見ながら呟いた。

「不思議だな……心拍数が二十七。
 これでは、生きているのが不思議なくらいだ。」

その声が、奇妙に遠く響いた。

意識が戻るほどに、異変は明確になった。
看護師の頬――
ファンデーションの下に隠された痣が、
透過光のように浮かんで見えた。

四色色覚。
人間の可視域を超えて、光の深層まで分解している。

隣の病室の寝返りの軋み。
面会人の呼吸。
年齢や体格までも、振動の“質”として伝わってくる。

圧倒的な情報量。
だが、やがてそれらは一点に集束し、統合されていった。

視覚、聴覚、嗅覚、触覚――
すべての信号が脳内で重なり、
上空から俯瞰するような立体映像として再構成される。

まるで第三の目が開いたようだった。

スパイダーマンの“スパイダーセンス”。
あるいは、デアデビルの“レーダーセンス”。
ふと、そんな言葉が浮かんだ。

だが違う。これは、もっと根源的な“知覚”だ。

思い当たる事はただ一つ、武漢で食べたアレだ。
蠍には耳がない。
だが脚や甲殻の下に「感覚毛トリコボトリア」という微細な毛があり、
空気や地面の振動を三次元的に読み取る。

つまり、蠍にとって世界とは――
「音」ではなく「波」。
「聴く」ではなく「感じる」。

俺は悟った。
――これは《スコーピオン感覚》。

耳で聴くのではなく、
空気の圧、電磁の揺れ、感情の波形として世界を受け取る。

音、光、熱、振動。
あらゆる波が一本の神経のように結ばれていく。

その瞬間、世界は“沈黙の交響曲”に変わった。

厨二だと笑いたければ、笑えばいい。
だが確かに、それは“ある”。

すべてが触覚化され、
世界の輪郭が――俺の内側に映し出されていた。



両親の立ち会いを経て個室に移された夜。
病室のテレビではニュースキャスターが慌ただしく喋っていた。

「――動画サイトに衝撃映像。
 尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件。
 政府非公開だった映像がネットに流出――」

紫の光が、画面を照らした。

あの海。
ぶつかり合う鉄の音。
荒れる波、怒号、閃光。

俺の心臓が再び、脈を打つ。
画面の中の衝突と、俺の中の“何か”が同調した。

「……世界が、動き出した。」

そう呟いた瞬間、胸の奥から熱い息が漏れた。

それはただの呼吸ではなかった。
目に見えぬ紫の霧が空気を震わせ、
病室の蛍光灯を霞ませた。

点滴のチューブに止まっていた蚊が、
ピクリと動きを止め、二度と動かなかった。

「……毒息ヴェノム・ブレス。」

その言葉が、自然と頭に浮かんだ。

そして理解した。
この呼吸の異変こそ――
俺が“人間”を超えた証明だと。
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