断罪された悪役令嬢は、二度目の人生で処刑人に愛される

ワールド

文字の大きさ
10 / 10

第10話 再び“悪女”と呼ばれて

しおりを挟む


 夜明けとともに、王都の空が鉛色に染まった。
 鐘が三度鳴り、広場には群衆が押し寄せている。
 ――王都査問会。
 毒杯事件の真相を明らかにする名目で、私が“被告”として呼び出された。

 白い霧が足元を這い、石畳の冷たさが靴底を貫く。
 前世の処刑場も、こんな朝だった。
 息をするたび、過去の記憶が血の味とともに甦る。

 「殿下」
 アレクシスが、私の隣で静かに声を掛けた。
 鎧の隙間から、冷たい空気が漏れている。
 「……怖いですか?」
 「ええ。けれど、逃げないわ」
 「それで十分です」

 彼は私の前に立ち、剣の柄を軽く叩いた。
 「本日は抜かぬ剣。だが、真実を切る覚悟だけはお持ちください」
 その言葉に、私の胸の奥がわずかに震えた。


 査問会は王都広場に設けられた特設壇上で行われた。
 玉座に似た椅子に座るのは皇帝の代理、議会長リシュフォード。
 その両脇には枢機卿派の残党、そして民を代表すると称する評議員たち。

 だが、彼らの視線は最初から決まっていた。
 ――“悪女”を見る目。

 「帝国皇女セレス・アドラー。汝は皇子殿下の命を狙い、毒を盛った嫌疑がある」
 冷たい声が響く。
 「何か弁明はあるか」

 私は一歩前に出て、微笑んだ。
 「ありません」

 ざわめきが起こる。
 “罪を認めた”と群衆は勝手に解釈し、あちこちで囁きが飛び交った。

 ――“やはり前世の悪女だ”
 ――“女神の敵が、また現れた”

 私はその全てを、ただ静かに受け止めた。

 「沈黙を選ぶか」
 「ええ。言葉は誰かの都合に歪められるもの。
  けれど沈黙は、誰のものにもならない」

 リシュフォードの眉が動く。
 「ふむ、強情なものだ」
 「いいえ。ただ、言葉よりも、あなた方の“顔”が雄弁ですから」

 観衆の一部がどよめき、誰かが笑った。
 沈黙は時に、最も鋭い刃になる。


 続いて呼ばれたのは、あの侍女カロリーヌ。
 昨日と同じ震え声で、しかし今日は台本を読み上げるように滑らかだった。

 「わたくしは見ました。殿下が、ご自分の杯に粉を――」

 アレクシスがその言葉を遮るように、書簡を掲げた。
 「その証言、前夜に誰が用意したのか。
  こちらに記録があります。宗教院解体後、ヴァルナー派の司祭が複数名、彼女の家を訪れていた」

 ざわめきが再び走る。
 「な、なぜそれを……!」とカロリーヌは青ざめ、膝をついた。
 「証言は偽り。彼女は、脅されていたのです」

 リシュフォードが低く唸る。
 「証拠はあるのか?」
 アレクシスが懐から小瓶を取り出す。
 「これが殿下の杯から採取された毒。
  そしてこちらが、侍女の部屋から押収された同種の液体。
  製法の出所は……旧宗教院の“祈りの工房”。」

 会場が静まり返る。
 “祈り”という名の毒。
 神を語り、毒を作った者たち。

 私は静かに口を開いた。
 「結局、神も悪女も、同じように“便利な看板”なのね」
 「看板?」リシュフォードが眉をひそめる。
 「信じたい人が、都合よく使う看板。
  私はただ、その板に名前を書かれただけ」


 証拠が並び、場が揺れる中で、ミカエル皇子が立ち上がった。
 「待て」
 彼は冷ややかな笑みを浮かべて私を見る。
 「では、誰が毒を盛ったのだ。
  まさか、宗教院の亡霊か?」

 彼の問いに誰も答えない。
 “亡霊”――それは方便だ。
 彼自身が、その“亡霊”と繋がっていると知りながら。

 私は何も言わなかった。
 ただ、静かに視線を返した。

 「答えぬのか」
 「答えたところで、あなたは信じないでしょう?」
 「なぜそう思う」
 「信じるより、“信じない方が楽”だから。
  権力を握る者は、常に“疑い”を糧にするものよ」

 ミカエルの表情がわずかに歪んだ。
 彼の周囲で廷臣たちがざわめき、視線を交わす。

 沈黙。
 言葉の刃よりも鋭い沈黙が、広場を支配した。


 審議は一時中断された。
 広場の群衆は、すでに答えなど求めていなかった。
 彼らが求めているのは、ただ“悪女”という名の娯楽。

 「殿下、あの視線を見ないでください」
 アレクシスが私の前に立ち、声を潜める。
 「……大丈夫。見慣れたものよ」
 「それでも、俺は許せない」

 彼の声に滲む怒りが、私の胸を締めつける。
 「許せないのは、あの頃の自分も同じだった」
 「あの頃?」
 「前世の私。……笑っていたのよ、処刑台の上で」

 アレクシスの手がわずかに震える。
 「その理由を、今でも知りたい」
 「簡単よ。
  “悪女”と呼ばれても、私の中に確かに愛した人がいた。
  だから、笑った」

 彼は目を伏せた。
 「……セレス。俺は今度こそ、あなたを――」

 その時、鐘が鳴った。
 裁判再開の合図。


 再び壇上に立つと、空は灰色に沈み、風が重くなっていた。
 リシュフォードが開廷を告げ、聖句を唱える。

 「神の名のもとに――」
 その言葉を、私は遮った。
 「神の名はいりません」

 会場が凍りつく。
 「私は女神イリュシアの加護を受けた者。
  けれど、もう彼女の声は聞こえない。
  だから今ここで裁かれるのは、神ではなく、人間の“選択”であるべきです」

 私は深く息を吸い、言葉を続けた。
 「どうぞ、私を“悪女”と呼びなさい。
  でもその声が、あなたの中の何かを救うのなら――喜んで汚名を背負うわ」

 沈黙。
 次の瞬間、アレクシスの声が響いた。
 「殿下は悪女ではない!
  彼女は、自らの沈黙で帝国を守った!」

 観衆が一斉に息を呑んだ。
 リシュフォードが叩槌を打つ。
 「静粛に!」

 私はアレクシスを見た。
 彼の瞳に、あの“処刑の日”とは違う光が宿っている。
 痛みではなく、祈りにも似た決意の光。


 裁きの結論は持ち越された。
 だが、群衆の空気は確かに変わっていた。
 人々の中に、“疑いではない問い”が芽生えた。

 私は広場の階段を降り、アレクシスと並んで歩いた。
 「沈黙は、やはり刃より鋭いようだな」
 「ええ。けれど、時々痛むの」
 「それは、生きている証拠です」

 風が吹き、鈴の音が遠くで鳴った。
 私はその音に、かすかな微笑みを返した。
 「“悪女”と呼ばれてもいい。
  今度こそ、自分の選択で立っていたいから」

 アレクシスが頷く。
 「ならば、俺はその選択の証人になります」

 空の雲が少しだけ裂け、光が差した。
 白い花弁が風に舞い、石畳に落ちる。

 それは、悪女の涙ではなかった。
 ――再び立ち上がる女の祈りの形。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

◆平民出身令嬢、断罪で自由になります◆~ミッカン畑で待つ幼馴染のもとへ~

ささい
恋愛
「え、帰ってくんの?」 「え、帰れないの?」 前世の記憶が蘇ったニーナは気づいた。 ここは乙女ゲームの世界で、自分はピンク髪のヒロインなのだと。 男爵家に拾われ学園に通うことになったけれど、貴族社会は息苦しくて、 幼馴染のクローにも会えない。 乙女ゲームの世界を舞台に悪役令嬢が活躍して ヒロインをざまあする世界じゃない!? なら、いっそ追放されて自由になろう——。 追放上等!私が帰りたいのはミッカン畑です。

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。  私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。  そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。

本物の聖女なら本気出してみろと言われたので本気出したら国が滅びました(笑

リオール
恋愛
タイトルが完全なネタバレ(苦笑 勢いで書きました。 何でも許せるかた向け。 ギャグテイストで始まりシリアスに終わります。 恋愛の甘さは皆無です。 全7話。

逆ハーレムの構成員になった後最終的に選ばれなかった男と結婚したら、人生薔薇色になりました。

下菊みこと
恋愛
逆ハーレム構成員のその後に寄り添う女性のお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

聖女追放された私ですが、追放先で開いたパン屋が大繁盛し、気づけば辺境伯様と宰相様と竜王が常連です

さら
恋愛
 聖女として仕えていた少女セラは、陰謀により「力を失った」と断じられ、王都を追放される。行き着いた辺境の小さな村で、彼女は唯一の特技である「パン作り」を生かして小さな店を始める。祈りと癒しの力がわずかに宿ったパンは、人々の疲れを和らげ、心を温める不思議な力を持っていた。  やがて、村を治める厳格な辺境伯が常連となり、兵士たちの士気をも支える存在となる。続いて王都の切れ者宰相が訪れ、理屈を超える癒しの力に驚愕し、政治的な価値すら見出してしまう。そしてついには、黒曜石の鱗を持つ竜王がセラのパンを食べ、その力を認めて庇護を約束する。  追放されたはずの彼女の小さなパン屋は、辺境伯・宰相・竜王が並んで通う奇跡の店へと変わり、村は国中に名を知られるほどに繁栄していく。しかし同時に、王都の教会や貴族たちはその存在を脅威とみなし、刺客を放って村を襲撃する。だが辺境伯の剣と宰相の知略、竜王の咆哮によって、セラと村は守られるのだった。  人と竜を魅了したパン屋の娘――セラは、三人の大国の要人たちに次々と想いを寄せられながらも、ただ一つの答えを胸に抱く。 「私はただ、パンを焼き続けたい」  追放された聖女の新たな人生は、香ばしい香りとともに世界を変えていく。

あっ、追放されちゃった…。

satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。 母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。 ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。 そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。 精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。

冤罪で追放された令嬢〜周囲の人間達は追放した大国に激怒しました〜

影茸
恋愛
王国アレスターレが強国となった立役者とされる公爵令嬢マーセリア・ラスレリア。 けれどもマーセリアはその知名度を危険視され、国王に冤罪をかけられ王国から追放されることになってしまう。 そしてアレスターレを強国にするため、必死に動き回っていたマーセリアは休暇気分で抵抗せず王国を去る。 ーーー だが、マーセリアの追放を周囲の人間は許さなかった。 ※一人称ですが、視点はころころ変わる予定です。視点が変わる時には題名にその人物の名前を書かせていただきます。

処理中です...