捨てられたので、私はもうあなたたちに用はありません

ワールド

文字の大きさ
10 / 42

黒衣への罰

しおりを挟む
修道院は、灰の匂いに包まれていた。
壁に焼け焦げた跡。崩れた祭壇。
床には乾ききらぬ血の跡が、黒く沈んでいる。

「……マリア。」
私は膝をつき、彼女の手を取った。
包帯の下からは、かすかに血が滲んでいる。
彼女の瞳は半ば閉じていたが、私に気づくと微かに笑った。

「セラ……神様は……沈黙していたわ。」

「そうね。」
私は彼女の手を握りしめた。
「でも、私たちは黙らない。」

言葉の代わりに、彼女の目尻から涙が落ちた。
それが最後の意識だった。
彼女はそのまま眠るように気を失った。

部屋の隅で、院長が祈りの言葉を唱えていた。
その声が震えている。
「司祭が……“黒衣の呪いを祓う”と……人々を煽り、群衆が押し寄せてきたのです。
 我らの止める声など、誰も聞こうとしませんでした。」

私は唇を噛んだ。
群衆。聖職者。
善の仮面を被った“暴力”ほど醜いものはない。

外では、まだ煙がくすぶっていた。
瓦礫の間に、私が寄贈した孤児院の帳簿が落ちている。
拾い上げると、表紙に焦げた文字が浮かんでいた。

「寄付者:セラ・クロフォード」

――罰。
これは彼らの言う“神の罰”なのか。
ならば私は、別の神になるしかない。

「この国の信仰は腐っている。」
低い声が背後から響いた。
振り向くと、リオネルが立っていた。
冷たい銀の髪が、風に揺れている。

「王都からの知らせを聞いて、すぐに来た。
 ……想像より、酷いな。」

彼の手には、焼け残った祈祷書。
開いたページの上に、誰かの足跡がついていた。

「“黒衣の魔女を裁け”。」
リオネルがその文字を読み上げ、静かに笑った。
その笑みは、悲しみではなく――怒りの色を帯びていた。

「祈りを掲げながら、人を焼く。
 神の名を借りた暴力だ。
 ……私の国で、これを“正義”とは呼ばせない。」

その声には、氷のような静けさがあった。
彼が感情を見せたのは初めてだった。

「リオネル……」

「あなたがやると言うなら、私も動く。
 教会の背後には議会の資金が流れている。
 つまり――法も、金も、どちらも“敵”だ。」

私は立ち上がり、焼け跡を見渡した。
空には薄い煙が昇り、朝の光が差し込んでいる。
その光の中で、マリアの寝顔が穏やかに見えた。

「彼女は、私に“神は沈黙していた”と言ったわ。」

「じゃあ、次はあなたが話す番だ。」
リオネルの声が重く響く。

私は息を吸い込み、灰色の空に向かって呟いた。

「ええ。
 沈黙は、終わりにする。」

その瞬間、心の奥で何かが切り替わった。
悲しみでも、怒りでもない。
もっと冷たく、もっと澄んだ感情。

――罰を与えるのは、神ではない。
 今から、それを証明してみせる。

私はマリアの手をもう一度握りしめ、立ち上がった。
黒衣の裾が、焦げた床を払う。

リオネルが小さく息をついた。
「その目……もう誰も止められないな。」

「ええ。」
「これは、私の罰でもあるのだから。」

修道院を出るとき、鐘が鳴った。
あの日と同じ、低い音。
けれど今、その音がまるで宣戦布告のように響いた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

《完結》初夜をすっぽかされた令嬢は夫を死亡扱いする

さんけい
恋愛
クズ夫の非常識を帳簿で粛々と清算!真実の愛?笑わせるわね! 全14話。

傲慢な伯爵は追い出した妻に愛を乞う

ノルジャン
恋愛
「堕ろせ。子どもはまた出来る」夫ランドルフに不貞を疑われたジュリア。誤解を解こうとランドルフを追いかけたところ、階段から転げ落ちてしまった。流産したと勘違いしたランドルフは「よかったじゃないか」と言い放った。ショックを受けたジュリアは、ランドルフの子どもを身籠ったまま彼の元を去ることに。昔お世話になった学校の先生、ケビンの元を訪ね、彼の支えの下で無事に子どもが生まれた。だがそんな中、夫ランドルフが現れて――? エブリスタ、ムーンライトノベルズにて投稿したものを加筆改稿しております。

侯爵家の婚約者に手を出す意味、わかってます?

碧井 汐桜香
恋愛
侯爵令嬢ジョセリアは地味な外見をしている少女だ。いつも婚約者のアランとその取り巻きの少女たちに罵倒されている。 しかし、今日はアランの取り巻きは一人しかおらず、いつも無視を決め込んでいたジョセリアが口を開いた。

婚約破棄は了承済みですので、慰謝料だけ置いていってください

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢アナスタシア・オルステッドは、第三王子アレンの婚約者だった。 しかし、アレンは没落貴族の令嬢カリーナと密かに関係を持っていたことが発覚し、彼女を愛していると宣言。アナスタシアとの婚約破棄を告げるが── 「わかりました。でも、それには及びません。すでに婚約は破棄されております」 なんとアナスタシアは、事前に国王へ婚約破棄を申し出ており、すでに了承されていたのだ。 さらに、慰謝料もしっかりと請求済み。 「どうぞご自由に、カリーナ様とご婚約なさってください。でも、慰謝料のお支払いはお忘れなく」 驚愕するアレンを後にし、悠々と去るアナスタシア。 ところが数カ月後、生活に困窮したアレンが、再び彼女のもとへ婚約のやり直しを申し出る。 「呆れたお方ですね。そんな都合のいい話、お受けするわけがないでしょう?」 かつての婚約者の末路に興味もなく、アナスタシアは公爵家の跡取りとして堂々と日々を過ごす。 しかし、王国には彼女を取り巻く新たな陰謀の影が忍び寄っていた。 暗躍する謎の勢力、消える手紙、そして不審な襲撃──。 そんな中、王国軍の若きエリート将校ガブリエルと出会い、アナスタシアは自らの運命に立ち向かう決意を固める。 「私はもう、誰かに振り回されるつもりはありません。この王国の未来も、私自身の未来も、私の手で切り拓きます」 婚約破棄を経て、さらに強く、賢くなった公爵令嬢の痛快ざまぁストーリー! 自らの誇りを貫き、王国を揺るがす陰謀を暴く彼女の華麗なる活躍をお楽しみください。

【完結】愛してました、たぶん   

たろ
恋愛
「愛してる」 「わたしも貴方を愛しているわ」 ・・・・・ 「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」 「いつまで待っていればいいの?」 二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。 木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。  抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。 夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。 そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。 大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。 「愛してる」 「わたしも貴方を愛しているわ」 ・・・・・ 「もう少し我慢してくれ。シャノンとは別れるつもりだ」 「いつまで待っていればいいの?」 二人は、人影の少ない庭園のベンチで抱き合いながら、激しいキスをしていた。 木陰から隠れて覗いていたのは男の妻であるシャノン。  抱き合っていた女性アイリスは、シャノンの幼馴染で幼少期からお互いの家を行き来するぐらい仲の良い親友だった。 夫のラウルとシャノンは、政略結婚ではあったが、穏やかに新婚生活を過ごしていたつもりだった。 そんな二人が夜会の最中に、人気の少ない庭園で抱き合っていたのだ。 大切な二人を失って邸を出て行くことにしたシャノンはみんなに支えられてなんとか頑張って生きていく予定。

婚約を奪った義妹は王太子妃になりましたが、王子が廃嫡され“廃嫡王子の妻”になりました

鷹 綾
恋愛
「お姉様には、こちらの方がお似合いですわ」 そう言って私の婚約者を奪ったのは、可憐で愛らしい義妹でした。 王子に見初められ、王太子妃となり、誰もが彼女の勝利を疑わなかった――あの日までは。 私は“代わり”の婚約者を押し付けられ、笑いものにされ、社交界の端に追いやられました。 けれど、選ばれなかったことは、終わりではありませんでした。 華やかな王宮。 厳しい王妃許育。 揺らぐ王家の威信。 そして――王子の重大な過ち。 王太子の座は失われ、運命は静かに反転していく。 離縁を望んでも叶わない義妹。 肩書きを失ってなお歩き直す王子。 そして、奪われたはずの私が最後に選び取った人生。 ざまあは、怒鳴り声ではなく、選択の積み重ねで訪れる。 婚約を奪われた姉が、静かに価値を積み上げていく王宮逆転劇。

処理中です...