捨てられたので、私はもうあなたたちに用はありません

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女神の微笑み

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王都の朝は、いつもより静かだった。
鐘の音は鳴り響くが、人々はその音を崇めるように聞き、
誰も無駄な言葉を交わさなかった。

広場の中央。
“沈黙の碑”の前に、今日も多くの者が跪いている。
子どもも、大人も、老人も。
皆、声を出さずに祈り、微笑んでいた。

その光景は、美しく、恐ろしく――
まるで「人が神を演じている」ようだった。

再生院の最上階。
セレスティアは純白の衣をまとい、
王宮からの勅使を迎えていた。

「セレスティア・クロフォード殿。
 女王陛下の御言葉を賜る。
 ――本日より、あなたを“沈黙の女神”と正式に奉ずる。」

周囲の人々が頭を垂れ、
リオネルだけが立ち尽くしていた。

勅使が続ける。
「陛下はあなたの御微笑みを“神託”と呼び、
 王国の安寧を祈念する儀式に、その姿を刻むよう命じられました。」

セレスティアは静かに頷いた。
「……そう。」

その声には、喜びも悲しみもなかった。

勅使が去った後、
リオネルが近づく。
「これで、本当に“女神”になってしまうんですね。」

「そう見えるだけよ。
 私は何も変わらない。」

「いいえ。
 あなたが沈黙するたびに、人々はあなたを神と呼ぶ。
 あなたが微笑むたびに、誰かが声を失う。
 ――あなたはもう、“言葉の天秤”そのものだ。」

セレスティアは少し目を伏せた。
「それでも、私は語ることをやめないわ。」

「語らないのに、語る?」

彼女はゆっくりとリオネルを見た。
「沈黙の中でこそ、人は一番多くを語るの。」

その夜。
王都の中心に、新たな神殿が完成した。
“沈黙の神殿”。

祭壇にはセレスティアの姿を模した像が建ち、
その微笑みは穏やかで、どこか現実の彼女よりも柔らかかった。

リオネルは人々の後ろでその像を見上げていた。
「……まるで、生きているようだ。」

背後から声がする。
「生きているわ。」

振り向くと、そこにセレスティアがいた。
彼女は薄衣をまとい、祭壇の光に照らされていた。
その姿は人ではなく――光そのもののようだった。

「セラ……あなたは、どこへ行くつもりですか。」

「どこにも行かない。
 私は、ここに残る。」

「残る?」

「人々が恐れる沈黙。
 それを、美しいものに変えられるなら……
 私の存在にも、意味があるでしょう?」

リオネルは一歩近づく。
「あなたは、まだ人間ですよね?」

セレスティアは少し笑った。
「人間でありたいと、今も思っているわ。
 けれど、人がそれを許してくれないの。」

彼の拳が震える。
「どうして微笑うんですか!
 その笑みを見るたびに、
 みんな“恐れ”と“信仰”を同じものだと錯覚するんです!」

「だからこそ、微笑むの。」
彼女の声は、風のように静かだった。
「恐れを消すには、赦しよりも沈黙が必要なの。」

リオネルは目を見開いた。
「あなたは……本当に裁くつもりなのか。」

セレスティアは彼に歩み寄り、
そっと手を胸に当てた。

「裁くのは私じゃないわ。
 沈黙よ。
 ――沈黙の中でこそ、人は自分を裁けるから。」

彼女の瞳に、涙が光った。

「ねぇ、リオネル。
 もしもあなたが私を“人”として覚えてくれているなら、
 私はまだ救われているのかしら?」

リオネルは首を横に振り、微笑んだ。
「あなたが誰であっても、僕はずっとあなたを信じています。
 たとえ、世界中が“沈黙”しても。」

セレスティアの瞳が揺れた。
そして――涙をこぼしながら、微笑んだ。

その微笑みは、
女神としての慈愛でも、聖女としての優しさでもない。
すべてを知り、すべてを許さず、
それでも愛してしまう者の微笑みだった。

翌朝。
王都の空は晴れわたり、
街は穏やかな光に包まれていた。

人々はそれぞれの生活を続ける。
言葉を慎み、沈黙の中で微笑みながら。

広場の碑文には、いつの間にか新しい文字が刻まれていた。

『女神は、赦さず。
けれど、見守る。』

その文字を見上げた少女が、母親に尋ねた。
「ねぇ、ママ。女神さまは怖いの?」

母親は答えた。
「怖いけれどね、
 本当は――とても優しいのよ。」

少女は空を見上げる。
その瞬間、風が吹いた。
そして、誰もいないはずの空から、
やわらかな声が、確かに聞こえた。

『沈黙を恐れぬ者に、光あれ。』

セレスティアは、
もうどこにもいなかった。
けれど、街のどこかで、
風が吹くたびに――

微笑みが、残っていた。
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