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第一楽章
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大興奮の双子を部屋に連れて行ったジムが戻って来た頃には、ロンとホリーは明日の朝が早い、いや毎日早い、早すぎ、日本人は働きすぎ、このイベントひとづかい荒い、なんだかんだのと言って早々に各自の寝床へと引き上げていった。
「何か飲むか?」
「ああ。水でいい」
戻って来たジムにブライアンはペットボトルのミネラルウォーターを渡し、自分はコーラを開けて椅子に座った。
「で、ターゲットはどうだったって? 二人が見た感想は」
「若いそうだ」
ジムは冷たい水をあおった。
「若い?」
「俺たちが見せられた本部の合成データ像よりずっと若く見えたそうだ」
「整形も考えられるが……亡霊じゃなく生きてる人間、人違い、いや亡霊違いの可能性もあるか」
「わからん。そもそも俺たちにはターゲットの情報はほとんど渡されていないからな」
「それもそうだ。まったく。この情報を寄越さないってのはなんとかならんもんかね」
ぼやいてみたものの、どうすることも出来ないことは百も承知だったのでブライアンは話を続けた。
「当たりだったとして、どこでやる? 会場は人で溢れているし、ホリーも言ってたように死角は案外少ないぞ」
「人だけじゃなく、搬入出される機材も物も溢れてるだろう」
ジムは煙草に火をつけると煙で肺を満たした。凪いだジムの顔を見ながらブライアンは何を言わんとしているのかを悟った。
「……まぁ確かに。だが大人しく箱詰めされるタマか?」
「嫌でもしてもらうさ。大人しく生きてさえいればいい」
笑うでもなくましてや凄むわけでもなく。ただ淡々とジムは煙を吐くのと同じく静かに言葉を発しただけだったが、ブライアンは時折感じる、この男だけは絶対に敵に回したくないと言う背筋の冷たさをこの一瞬に思い出していた。
ジムが出て行った部屋では、布団を頭までかぶったフレッドが暗闇に目を開くと自分と同じように寝たふりをしたエリックにそっと囁いた。
「ねぇエリック。あの音、なんだったんだろう。僕、初めだよ。人間から音が聴こえたの」
「わからない。僕だって初めてだもの」
同じように目を開いたエリックは、天井を向きながらフレッドの言う音を思い返していた。
「あの音さ、あれってイリヤが作る音に似てなかった?」
「僕もそう思ったよ」
エリックは、横を向いてフレッドを呼んだ。
「フレッド」
「ん?」
「あの音のことは誰にも内緒だ。俺様が僕たちの宝箱にあの音をしまったから誰にも気付かれない。僕たちだけの秘密の音だよ」
「うん。大丈夫。誰にも言わないよ。俺様が守っている宝箱だもの。でもどうして俺様は宝箱に入れようって言ったのかな」
「わからない。でも、あの俺様が一瞬驚いたような気がした」
「わかる。俺様も驚いたりするんだね」
フレッドが面白そうにエリックを見ると、互いの瞳が薄く発光し始めているのが見えた。
『俺は驚いたりはせん』
「あ。寝てたんじゃないの?」
『お前たちも寝てたんじゃないのか?』
「残念でした。僕たちはキツネの嫁入りしてたの。上手に出来たからジムはすぐに行っちゃった」
「それを言うならタヌキ寝入りでしょ」
「エリック。こまかい」
「こまかいとかいうレベルじゃないでしょ」
『待て待て。兄弟論議はそれこそ俺が寝てから好きなだけやれ』
「俺様はどう思う? あの音」
『わからん』
「俺様でもわからないこと、あるんだ」
『悪かったな』
「あの音、僕たちだけにしか聴こえてなかったよね」
「頭にダイレクトに響いてきたと思う。俺様はどう思う?」
『……少なくとも空気の振動じゃあない。そして、発していたあの男自身も気付いてないだろう』
「あの音のこと気になるんだね、俺様」
「だから宝箱にしまったの?」
『まあな。こんな面白いネタ、人間どもに簡単に渡してたまるか。この俺がわからないと言うネタだぞ』
「気になるというか、気に入らないんだ。わからないってことが」
『エリック。生意気だぞ』
昼間の笑いにしてやったりと、エリックはくすくすと笑った。つられてフレッドも笑う。
「だからもう一度近寄るためのバックパスツアーなんでしょ?」
「すごいね、俺様! さすがだね!」
『当たり前だ。しくじるなよ、お前たち』
「福引まで当てちゃうなんて、俺様、ほんとに神様みたい」
『フレッド。何度も言ってるだろう。カミサマはやめろ』
「ね。考えてくれた? あの子のこと。俺様ならなんとかできるよね?」
俺様の言い分すらどこ吹く風で、フレッドは今日出会ったセラの話を始めた。
『成功する確率は低いが、方法がないことはない』
「やった! 俺様すごい!」
フレッドが嬉々として話をするのを聞きながら、エリックは考えていた。
確かに聴こえた。あのパイロテクニクス技師、今回のターゲット、タケシ・ヤングから。音が、旋律が確かに聴こえた。それも大好きなギタリストが奏でているのかと思うような音で。
あの音はいったいなんだったんだろう。
僕もフレッドも驚いた。そして絶対に認めないけど俺様も。そして俺様はそのデータを僕ら以外の誰にもわからないように、俺様と僕らが共有する隠しファイルにしまった。他の誰にも見えない、あの時彼が言った僕たちが僕たちであるための大切な宝箱に。
『そうか。お前たちには声が聴こえているのか。だがそれは誰にも見つからないようにしなくてはいけないよ。その手を離したくなければ。そうだ。宝箱を作って、声に護らせるといい』
彼は三日月のような笑みの前に人差し指を立てて見せると、そう言ってどこかへ消えてしまった。
「何か飲むか?」
「ああ。水でいい」
戻って来たジムにブライアンはペットボトルのミネラルウォーターを渡し、自分はコーラを開けて椅子に座った。
「で、ターゲットはどうだったって? 二人が見た感想は」
「若いそうだ」
ジムは冷たい水をあおった。
「若い?」
「俺たちが見せられた本部の合成データ像よりずっと若く見えたそうだ」
「整形も考えられるが……亡霊じゃなく生きてる人間、人違い、いや亡霊違いの可能性もあるか」
「わからん。そもそも俺たちにはターゲットの情報はほとんど渡されていないからな」
「それもそうだ。まったく。この情報を寄越さないってのはなんとかならんもんかね」
ぼやいてみたものの、どうすることも出来ないことは百も承知だったのでブライアンは話を続けた。
「当たりだったとして、どこでやる? 会場は人で溢れているし、ホリーも言ってたように死角は案外少ないぞ」
「人だけじゃなく、搬入出される機材も物も溢れてるだろう」
ジムは煙草に火をつけると煙で肺を満たした。凪いだジムの顔を見ながらブライアンは何を言わんとしているのかを悟った。
「……まぁ確かに。だが大人しく箱詰めされるタマか?」
「嫌でもしてもらうさ。大人しく生きてさえいればいい」
笑うでもなくましてや凄むわけでもなく。ただ淡々とジムは煙を吐くのと同じく静かに言葉を発しただけだったが、ブライアンは時折感じる、この男だけは絶対に敵に回したくないと言う背筋の冷たさをこの一瞬に思い出していた。
ジムが出て行った部屋では、布団を頭までかぶったフレッドが暗闇に目を開くと自分と同じように寝たふりをしたエリックにそっと囁いた。
「ねぇエリック。あの音、なんだったんだろう。僕、初めだよ。人間から音が聴こえたの」
「わからない。僕だって初めてだもの」
同じように目を開いたエリックは、天井を向きながらフレッドの言う音を思い返していた。
「あの音さ、あれってイリヤが作る音に似てなかった?」
「僕もそう思ったよ」
エリックは、横を向いてフレッドを呼んだ。
「フレッド」
「ん?」
「あの音のことは誰にも内緒だ。俺様が僕たちの宝箱にあの音をしまったから誰にも気付かれない。僕たちだけの秘密の音だよ」
「うん。大丈夫。誰にも言わないよ。俺様が守っている宝箱だもの。でもどうして俺様は宝箱に入れようって言ったのかな」
「わからない。でも、あの俺様が一瞬驚いたような気がした」
「わかる。俺様も驚いたりするんだね」
フレッドが面白そうにエリックを見ると、互いの瞳が薄く発光し始めているのが見えた。
『俺は驚いたりはせん』
「あ。寝てたんじゃないの?」
『お前たちも寝てたんじゃないのか?』
「残念でした。僕たちはキツネの嫁入りしてたの。上手に出来たからジムはすぐに行っちゃった」
「それを言うならタヌキ寝入りでしょ」
「エリック。こまかい」
「こまかいとかいうレベルじゃないでしょ」
『待て待て。兄弟論議はそれこそ俺が寝てから好きなだけやれ』
「俺様はどう思う? あの音」
『わからん』
「俺様でもわからないこと、あるんだ」
『悪かったな』
「あの音、僕たちだけにしか聴こえてなかったよね」
「頭にダイレクトに響いてきたと思う。俺様はどう思う?」
『……少なくとも空気の振動じゃあない。そして、発していたあの男自身も気付いてないだろう』
「あの音のこと気になるんだね、俺様」
「だから宝箱にしまったの?」
『まあな。こんな面白いネタ、人間どもに簡単に渡してたまるか。この俺がわからないと言うネタだぞ』
「気になるというか、気に入らないんだ。わからないってことが」
『エリック。生意気だぞ』
昼間の笑いにしてやったりと、エリックはくすくすと笑った。つられてフレッドも笑う。
「だからもう一度近寄るためのバックパスツアーなんでしょ?」
「すごいね、俺様! さすがだね!」
『当たり前だ。しくじるなよ、お前たち』
「福引まで当てちゃうなんて、俺様、ほんとに神様みたい」
『フレッド。何度も言ってるだろう。カミサマはやめろ』
「ね。考えてくれた? あの子のこと。俺様ならなんとかできるよね?」
俺様の言い分すらどこ吹く風で、フレッドは今日出会ったセラの話を始めた。
『成功する確率は低いが、方法がないことはない』
「やった! 俺様すごい!」
フレッドが嬉々として話をするのを聞きながら、エリックは考えていた。
確かに聴こえた。あのパイロテクニクス技師、今回のターゲット、タケシ・ヤングから。音が、旋律が確かに聴こえた。それも大好きなギタリストが奏でているのかと思うような音で。
あの音はいったいなんだったんだろう。
僕もフレッドも驚いた。そして絶対に認めないけど俺様も。そして俺様はそのデータを僕ら以外の誰にもわからないように、俺様と僕らが共有する隠しファイルにしまった。他の誰にも見えない、あの時彼が言った僕たちが僕たちであるための大切な宝箱に。
『そうか。お前たちには声が聴こえているのか。だがそれは誰にも見つからないようにしなくてはいけないよ。その手を離したくなければ。そうだ。宝箱を作って、声に護らせるといい』
彼は三日月のような笑みの前に人差し指を立てて見せると、そう言ってどこかへ消えてしまった。
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