雪原脳花

帽子屋

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間奏曲

lamentazione(3)

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 大通りを何台もの救急車が病院へ向けて走り去っていき、街ではなにごとかと一時騒然とした。サイレンに呼応するように人々は自分が手にするモバイルを取り出すと、モバイルに搭載されたAIは持ち主が尋ねる情報を次々と表示させた。救急車をみやった足をとめた歩行者、カフェでおしゃべりを楽しんでいた客たちも現場近くにいるらしい人間がSNSで拡散する情報の中心が再開発地区だということがわかると、自分たちには関わりのない話、関わりたくもないとモバイルの画面を閉じ、なにごともなかったように止めていた動きを再開した。
 見限られた場所での騒ぎとは言え、物見遊山な野次馬はいるもので、ようやくリポーターに昇格したばかりのアンを乗せたバンは彼らをかきわけて現場に入らなければならなかった。
 1時間ほど前、ディレクターがニュースソースを携えて先輩リポーターのところへやってきたが、警察や救急が出動しているにも関わらず、この地区ではたいしたネタにはならないと、ディレクターがタブレットから宙に表示させた資料を一瞥した先輩リポーターは鼻で笑い、たまたまそこに居合わせた自分に「君で十分だ」と顎で指名し「そうだろ、ディレクター」と勝手に結論づけた。
 天から降ってきたたった1セントだったとしてもこのチャンスをものにしてやる、いつか見てなさいと、アンが先輩リポーター心中宣戦布告しつつにっこり笑って「ありがとうございます。がんばります」とこたえると、なにを勘違いしたのか「もちろん、これがうまくいったらそれは僕のお陰だからね。夜の誘いのときも頑張ってくれよ」と耳打ちしてきた。股間を蹴り上げてやりたいのを極めて努力してこらえ、足早に部屋を出た。ちらりと振り返ると、もうこちらには興味もないのかディレクターとニヤついて話しているその下卑た顔に中指を突き上げ、廊下にいた苦笑いを浮かべるカメラのマレーとともに局を出発した。
 アンは渡されたタブレットの事前資料のほかに、移動中に自分のモバイルで可能な限りの情報をかき集めていたが、どうやらこの地域で布教を行っていた新興宗教と地元ギャングの争いが原因らしい。それにしても……とアンは思う。地元ギャングと言っても、再開地区を根城にしているのはギャングの中でも末端組織、新興宗教も廃教会と呼ばれる場所でひっそりとその辺りの住人に対して活動を行っていた程度のもので、爆破や銃撃戦といった警察や救急が出動するような大事になるとは思えない。アンは天から降ってきたのは1セントではなく最高潮に値上がりした1ビットかもしれないと期待に胸を躍らせた。
 少し前に自分がサポートを務める深夜トーク番組 “OMG! urban legends!!”(びっくり都市伝説)であつかったゾンビやアンデッドの回が高視聴率だったと、最近はやりのGATERS関連のテロ事件との関連性をにおわせるネタとして、つい先日、朝の時間帯のゴシップニュースの間に数分間はさみこまれ、運良く自分の顔も映っていたばかりだ。
 ツキが来てるのよ。逃すわけにはいかない。
 アンは気合を入れて、壊れて自動では開かなくなったバンのドアを力を込めてスライドさせ外に出ると、スライドレールからの錆びた異音もねじふせる勢いで力いっぱい閉めた。


 突然の出来事にグレンは全く状況を把握できていなかった。ただただ冷たいコンクリートに倒れて身動きできない自分の不運を音にならない声で呪った。
 畜生!なんだってこんなことに!
 グレンは爆発に巻き込まれ爆風に煽られたせいか、体のあちこちは殴られるよりはるかに痛み、鼓動とともに波打つ激しい痛みが頭を打ちつけ耳鳴りが全ての音を奪っていた。掠れた声をもらしながら廃教会の崩れた天井を見上げ、なんでこんなことになったのかと記憶を辿る。
 ブロンディに言われた通りに廃教会に出入りを始めた。宗教とは無縁のグレンはいったいなんの宗教かもしらなかったが、初めて訪れたとき顔の怪我を見たハンドラーと呼ばれる男は何も聞かずにグレンを招き入れ教会にいた人間たちに怪我の手当てと食事を世話するように伝えた。
 出された温かいスープをすすりながらキャロルにも食べさせてやりたいと思うグレンの前に、ハンドラーが座った。どこにでもあるような黒いズボンに黒いタートルネックを着た痩せたメガネの男だった。
「どうして殴られたんですか」
 しばらくグレンが食事するようすを見ていたが唐突に尋ねるのでグレンはスプーンを
止めた。なんで殴られたのか。バッテリーの充電が出来ていなかったからか?自分がバカだからか?弱いからか?理由はいくらでもありそうな気がしたが、前に座る男の静かな顔を下からのぞきこむように見ると、いま思いついた理由はどれも違う気がした。
「オレ、不要な人間だから。生まれたきたのがなんかの間違いなんすよ。この世界の虫(バグ)みたいなもんだから踏み潰される」
「……不要な人間などいない。どんな人間でも必ず役立てることがある、もちろん君にも」
 ハンドラーはグレンの目をのぞきこむようにそう言った。メガネの奥で左目の瞳孔が不自然に収縮し、思わずグレンはぎょっとしてしまった。
「ああ。驚かせてすまない。私の目は第二の目なんだ。もともとの自分の目はつぶされてしまってね。だが奇跡が起きてこうして新しい目を手に入れて、左目はまだ完璧ではないんだが。ここに来れば奇跡は君にも起こる。君は何がほしい?」
 オレがほしいもの?グレンは再びぎょっとした。自分に何かを与えようとする人間に会うのは初めてだった。何がほしいかを尋ねられたのも初めてで、どうこたえてよいか本当にわからなかった。
「オレのほしいもの」
「そう。君がほしいものだ」
 グレンは今まで感じたことのない驚きと喜びとそういった感情で頭をかき回され、パニックで真っ白になったまま「あの、このスープのお代わりと、出来たら妹にも食わせてやりたいんで家に持って帰る分もらえませんか?」と答えた。
 ハンドラーは両目の瞳孔を大きく開いたあと、目を細めて笑いながら「もちろんいいとも。今度ここへ来るときは妹も連れておいで」とグレンの肩に手を置き立ち上がった。
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