雪原脳花

帽子屋

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間奏曲

lamentazione(4)

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 それから2日とあけずに教会に顔を出したが、グレンにとっては驚きの連続だった。訪れるとハンドラーは無条件に暖かく迎えてくれ、この男だけでなく、教会に来ている人間たちがみなグレンに親切だった。
 一緒に食事をするよう誘われ、教会の中や庭をうろうろしていれば見ず知らずの人間から挨拶され、立ち話をしている輪の中に自然と招かれた。
 誰も自分がこの場所にいるのはブロンディの命令を受け“よっぽどの理由”を探るための潜入だと疑うようすはなく、そもそもなぜここに来たのかさえ尋ねられなかった。なにより話しかけられてもうまくうけこたえできず、しどろもどろになる自分をバカにする人間がいないことや、デニスやリッキーのように蔑んだ目を向け、虫けらをいたずらに踏み潰すように殴ったり蹴ったりしてくる人間がいないことに驚き、そして不思議だった。
 なぜここにいる連中はみな柔らかく微笑んでいるような顔をしているんだろう。
 ここで出会う人間たちは自分とおなじように、仕事もなく金もなく、居場所だってない。生きる意味なんてものがあるのかすらわからない“一般”や“社会”から見捨てられ、幸せとは程遠いからこそこんな崩れかけの廃墟へ集まってくるくせに、なにかにすがって助けてもらいたくてくるくせに、どうして自分に笑いかけるんだろう。
 グレンが知っているのはキャロルの屈託のない笑顔だけだった。
 2週間ほどグレンは気取られないように気を付けながら廃教会の中や外を見て周り、うまく話すことができないまでも、人が集まって話していれば輪に加わり耳を傾けたが、ブロンディが言うような金やクスリの話が出ることもなければ、そういった荷物や人間が行き来するようすもなかった。そんなさぐりのネタよりもよっぽどグレンが気になったのは、「奇跡がきた。俺のところにも天使様が来たんだ。恐ろしく美しい声が、そうだ音楽が聴こえてきた」と不意に誰かが周りに真顔で打ち明けては、それを聞いた皆がうらやむどころかいつもの笑顔をますます明るくしては祝福するという場面だった。それも一度や二度のことではない。この教会に来ていれば奇跡は男にも女にも老人にも子供にも、いつかは皆に訪れるものだと誰かがいった。美しい音色とともに闇がはらわれ新しい世界に導かれるのだと。
 こいつらやっぱりおかしい。宗教って頭がおかしくなるんだ。バカな連中だ。奇跡なんてあるわけない。
 グレンはたまたま横切った庭で何度目かの奇跡のカミングアウトに出くわすと心の中で悪態をつき足早に離れた。
 嘘だ。あるわけない。奇跡なんて。どんなに願ってもなにも手に入らない。
 苛立ちを隠すこともせず近場に積んであった荷物を倒し、派手な音がしたが誰もグレンを咎めはしなかった。
 グレンはところどころ割れたステンドグラスのある講堂まで来ると、並べられた長椅子の一つに座って深く息を吐いた。ひんやりとした空気が怒りか憤りかその全てか、もてあます感情を静めていく。
「なに言ってんだあいつら。奇跡なんてあるわけねぇのに。ボスが言ってた」
 ひとりごとを呟きながら、ブロンディへ報告に行ったときを思い出す。
『あの教会には金とかクスリとかそういうの見当たらないです。そんな話もなくって。あ、でも奇跡は起こるみたいです』
『グレン、奇跡なんてのは起きやしない。奇跡がもし起こったなら、それは金で買ったんだ。金で買えなきゃ盗んだにちがいない。おまえ、あそこの連中にからかわれてるんだ』
 ブロンディはそう笑った。
「そうだ。ボスは、ブロンディは正しい。俺がなにを願ってもなにも手に入らない。ぜんぶ、サ、サクシュされるだけだ。あいつらだって同じだ。なのにあんなに笑って、バカなやつらだ」
リッキーが自分をバカにするときのように口を歪めて笑おうとしたが、うまくいかず乾いた笑いだけが小さく響いた。
「どっかから盗んだんだ。そうじゃなきゃ幸せな顔がしたくて嘘ついてんだ」
 下を向きひび割れた床に吐き捨てる。いつ盗んだかも忘れたボロボロのスニーカーが目に入った。
「奇跡なんて、奇跡なんて起こるはずない」
「奇跡は起きますよ」
 突然声がして、ぎょっと体を跳ね上げ辺りを見回すと長椅子が並ぶ通路に一人の男が立っていた。
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