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間奏曲
lamentazione(6)
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「あんた……どうして……」
「気が付いたとき私はここにいました。近くにはハンドラーがいた。でも、なにも覚えていなかった。自分が殺されかけたのに、その相手の顔すら、醜く歪んだ笑顔がおぼろげに記憶の片隅に見えるだけで、なにが起きたのかほとんども覚えていなかった。私は悔しくて悔しくて、なぜ自分はこんな出来損ないで生まれてこなくてはならなかったのかと、私がいったいなにをしたのかと涙がこみあげてきましたが、泣き声をあげることもできず、ただただつぶされた喉でうめきました」
「つぶされた……」
グレンは無意識に自分の喉に手をあてた。
「でも、あんたいましゃべってる」
「ええ、そうですね。ハンドラーが言うように私に奇跡がおとずれたんです。私はこの教会の世話になりどうにか体を動かせるようになった。しかし声はヒキガエルのように醜い音が出るばかり。そんな私にハンドラーはいつも奇跡は必ず来ると言っていた」
「奇跡……」
そんなものあるはずないと笑うブロンディの声の影で、自分にも奇跡は来るのだろうか、この男が話すように奇跡が起きれば自分もまともに、普通の人間のように文字がすらすらと読めて長い内容も理解し、それを記憶に残して話すことができるようになるのかと小さく呟く自分の声が聞こえる。自身の中で相反する意識をコントロールできずにグレンは混乱していく。落ち着かない気分が小刻みに身体を揺らした。無意識にかかとが床を叩く。「大丈夫ですよ。落ち着いて」男はそうグレンに言うと揺れる膝の上に手を置いた。
「あの日、ちょうどいまあなたが座っているところに私も座ってあのステンドグラスを見ていました」
男に促されるように、グレンは顔をあげた。割れたところを簡易に修理してあるだけのつぎはぎの色ガラスは、それでも光を通して美しく見えた。ちりばめられた光の色彩の中に、剣を携えた巻き毛の男が見える。その肩からは大きな翼が広げられていた。
羽……そっか、天使か。天使ってでかくなるんだな、それに剣なんて持って戦うんだ。
天使といえば羽のはえた赤ん坊の姿をして、おもちゃのラッパ片手にくるくる飛び回るものだとグレンは思っていた。クリスマスになるとキャロルがそこかしこのショーウィンドーに顔を押し付けて可愛い!と騒いでいたのを思い出す。
「そして聴こえてきたんですよ、私にも。奇跡の音が」
ぼんやりとガラス絵の天使を見上げているグレンに男は静かに、しかしはっきりと伝えた。
「音……」
「ええ。まるで天上の音楽が響いてきたかのように。その音を聴いてから私の全てが変わり始めました。脳の中にあらゆる感覚器がとらえた情報が雨のように降り注ぎ、そしてそれは奥底に眠っていた記憶の種を芽吹かせ、根付くことさえ可能にした。私は過去の今までの記憶を知ることができ、そして新たな情報を記憶することが出来るようになった」
男はこんどこそはっきりとグレンの目を見つめた。
「今まで自分の人生に何が起こってきたのか、ここにいる理由もなにもかもね。それだけじゃない、音は、声となって私に語りかけてくる。私は奇跡によって記憶と庇護者とそして生きる力を手に入れた」
間近にある男の瞳に自分の顔が映って見える。眼球のカーブにそって歪んだ顔の周りで一瞬、ステンドグラスを通したかのような光が淡く浮かんだ気がした。
「気が付いたとき私はここにいました。近くにはハンドラーがいた。でも、なにも覚えていなかった。自分が殺されかけたのに、その相手の顔すら、醜く歪んだ笑顔がおぼろげに記憶の片隅に見えるだけで、なにが起きたのかほとんども覚えていなかった。私は悔しくて悔しくて、なぜ自分はこんな出来損ないで生まれてこなくてはならなかったのかと、私がいったいなにをしたのかと涙がこみあげてきましたが、泣き声をあげることもできず、ただただつぶされた喉でうめきました」
「つぶされた……」
グレンは無意識に自分の喉に手をあてた。
「でも、あんたいましゃべってる」
「ええ、そうですね。ハンドラーが言うように私に奇跡がおとずれたんです。私はこの教会の世話になりどうにか体を動かせるようになった。しかし声はヒキガエルのように醜い音が出るばかり。そんな私にハンドラーはいつも奇跡は必ず来ると言っていた」
「奇跡……」
そんなものあるはずないと笑うブロンディの声の影で、自分にも奇跡は来るのだろうか、この男が話すように奇跡が起きれば自分もまともに、普通の人間のように文字がすらすらと読めて長い内容も理解し、それを記憶に残して話すことができるようになるのかと小さく呟く自分の声が聞こえる。自身の中で相反する意識をコントロールできずにグレンは混乱していく。落ち着かない気分が小刻みに身体を揺らした。無意識にかかとが床を叩く。「大丈夫ですよ。落ち着いて」男はそうグレンに言うと揺れる膝の上に手を置いた。
「あの日、ちょうどいまあなたが座っているところに私も座ってあのステンドグラスを見ていました」
男に促されるように、グレンは顔をあげた。割れたところを簡易に修理してあるだけのつぎはぎの色ガラスは、それでも光を通して美しく見えた。ちりばめられた光の色彩の中に、剣を携えた巻き毛の男が見える。その肩からは大きな翼が広げられていた。
羽……そっか、天使か。天使ってでかくなるんだな、それに剣なんて持って戦うんだ。
天使といえば羽のはえた赤ん坊の姿をして、おもちゃのラッパ片手にくるくる飛び回るものだとグレンは思っていた。クリスマスになるとキャロルがそこかしこのショーウィンドーに顔を押し付けて可愛い!と騒いでいたのを思い出す。
「そして聴こえてきたんですよ、私にも。奇跡の音が」
ぼんやりとガラス絵の天使を見上げているグレンに男は静かに、しかしはっきりと伝えた。
「音……」
「ええ。まるで天上の音楽が響いてきたかのように。その音を聴いてから私の全てが変わり始めました。脳の中にあらゆる感覚器がとらえた情報が雨のように降り注ぎ、そしてそれは奥底に眠っていた記憶の種を芽吹かせ、根付くことさえ可能にした。私は過去の今までの記憶を知ることができ、そして新たな情報を記憶することが出来るようになった」
男はこんどこそはっきりとグレンの目を見つめた。
「今まで自分の人生に何が起こってきたのか、ここにいる理由もなにもかもね。それだけじゃない、音は、声となって私に語りかけてくる。私は奇跡によって記憶と庇護者とそして生きる力を手に入れた」
間近にある男の瞳に自分の顔が映って見える。眼球のカーブにそって歪んだ顔の周りで一瞬、ステンドグラスを通したかのような光が淡く浮かんだ気がした。
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