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 夏奈が選んでくれた服を購入し、試着室で着替えてそのまま店を出る。
 確かに着心地も悪く無いし、プライベートならこういう服でも良いかも知れない。
 手間もお金も大してかからないのは経済的で良いな。

「素敵な服を買っていただいて有難う御座いました。そこで軽食でもどうですか?」

 夏奈が誘ったのは有名チェーン店のカフェだ。
 
「もうディナーの時間ですし、共にするなら夕食にしましょう」 

 幸人は時計を確かめる。
 もう21時を過ぎていた。

「あ、時間は大丈夫なんですか? ご両親が心配されているのでは!?」

 楽しくて時間を忘れてしまった。
 まだ若いお嬢さんを連れ回していい時間ではなかった。

「ええ、姉が心配しているかも…… 実は私、迷子で」
「迷子?」

 夏奈から予想外の言葉が出てきて幸人は驚く。
 どういう事だ!?

「田舎から出てきたんですが、都会はどうもよく解りませんね」
「なぜ、もっと早く言ってくださらなかったんですか!」

 こんな時間まで連れ回してしまって、お姉さんは血眼になって探している事だろう。
 警察に相談しているかも知れない。

「ごめんなさい。お兄さんが素敵な方だったので、つい……」

 シュンとして謝る夏奈。
 っ…… 可愛い。
 僕は美人局にあっているのかも知れない。
 そんな風に思うが、不思議と怖くは無かった。
 
「何処へ行きたいんですか? それよりお姉さんに連絡はしましたか?」
  
 とにかく、今はお姉さんを安心させないといけない。
 それと、送れる場所なら連れて行く。
 本当に彼女が美人局なら罠かも知れないが……
 そんな事を心配している余裕は幸人には無かった。
 本当に彼女が心配である。

「あ、はい。商店街で遊んでから行くって言ったら解ったって言ってました。でも、また電話が来てますね」

 ちょうどプルルルプルルルと、電話が鳴っている。

「早く出てください!」
「はい……」

 つい強い口調で言ってしまう幸人だ。
 
「もしもし、お姉ちゃん?」
『ちょっといつまで遊んでいる気なの? 電話にも出ないで。来るならそろそろ来なさいね。晩ごはんだって作っているし、待っているんだから』
「はーい。でも、私、ここからどうやってお姉ちゃん所に行けば良いのか解らないんだけど」
『何処に居たの?』
「あのね、有名チェーン店の洋服屋さんとカフェが有るとこ」
『そんなの何処にでも有るのよ!』

 幸人からは夏奈の声しか聞こえず、相手が何を言っているか解らないが、多分すごく困っているだろう。
 彼女の行きつけの洋服屋さんもチェーン店だったのか。
 彼女の田舎にも有る店なんだな。
 
「僕が話すよ」

 どうも話にならなそうので、夏奈からスマホを貸してもらう幸人。

「もしもし、お電話代わりました。僕が妹さんを連れ回してしまいまして申し訳ありません。場所を教えて頂ければ僕がお連れしますので」
『……どちら様ですか?』

 相手は警戒している様子だ。 
 それはそうだろうと思う。
 でも、名前を名乗っても怪しいものは怪しいだろう。

「仲嶋幸人と申します。妹さんには命を助けて頂きまして……」

 余計に怪しい奴みたいな事を言ってしまった。
 幸人はもうどうしたら良いのか解らない。
 本当に怪しい者ではないんだ。

『え? 仲嶋さん? コンサルティング会社の社長の?』
「あ、はい、そうです」

 知らぬ間に僕も有名人になったかな。
 何度か雑誌の取材を受けたことが有るから、知ってる人は知っているはずだ。
 
『すごい偶然ですね。私、田辺真菜です。妹がお世話なりまして、と、言うか昨日は大変な事件に巻き込んでしまって…… 体調は大丈夫なんですか!?』
「え? 真菜さん? あの、天使の様に可愛らしい僕の救世主の様な!?」

 声が似ている気がしたが、スマホであるし、そんなまさかと思ってスルーしてしまった。

『救世主は仲嶋さんじゃないですか、私のかわりに友里恵に殴られてしまって…… と、言うか、姉妹でご迷惑をおかけするなんて、本当に…… ちょっと翔さん!』

 真菜の後ろから「誰に電話してるんだ!? かわれよ!」と、声が聞える。
 どうやら翔が電話を怪しんだらしい。

「では、妹さんは無事にそちらに送り届けますので失礼します」

 幸人は面倒な事になる前に早口に言うと、通話を切った。

 夏奈にスマホを返す。
 本当に真菜さんの妹さんだったとは。
 雰囲気が違いすぎて……

「もしかして、お姉ちゃんと知り合いなんですか?」
「ええ、すごい偶然ですね」

 キョトンとして幸人を見つめる夏奈。
 全然似てないのに、天使みたいに見えるのは似てるかもしれない。
 
「ここから歩いて行けますよ。そこで珈琲でもテイクアウトして行きましょうか」

 幸人は例の有名チェーン店のカフェに夏奈を誘った。
 頷いてついてくる夏奈。  
 やっぱり可愛い所も似ているかもな。


 初めて入るチェーン店のカフェに、頼み方が解らず、困惑する幸人。
 夏奈がかわりに注文をしてくれた。 
 自分から誘っておいて、もっとスマートに格好良くしたかったのに、恥ずかしい幸人だ。
 そして、本当に飲み物だろうかと思わせるパフェみたいなのが出てきて驚いた。

「甘いの苦手でしたか?」
「いや、実はけっこう好きなんだ。恥ずかしくてなかなか食べられないんですけど……」

 昔、定食屋さんのパフェによく憧れたものだ。
 定食屋さんに入る事は出来なかったけど。
 パフェでは無いが、見た目が似ていて、気に入った。
 そして美味しい。

「また飲みたい」
「まだ飲み切ってないのに」

 気が早い事を言う幸人に笑ってしまう夏奈だった。
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