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女騎士アルトリアは、男たちに混じって剣を振るい、国境の治安を維持する日々を送っている。泥にまみれて帰宅しても、待っているのは休息ではなく、侯爵邸の膨大な帳簿とにらめっこする事務作業だ。
夫は、ふくよかで愛らしい娼婦を公然と囲っている。今夜もまた、奥の部屋からは情事の熱っぽい吐息が漏れていた。
騎士の家に生まれ、政略のために侯爵家に嫁いだ自分にとって、それは「当たり前」の光景だった。夫婦の間に愛はなく、あるのは家を繁栄させるための契約のみ。夫が自分の身体に欲情できず、よそに女を囲うのも、仕方のないことだと思っていた。
自分には女性らしい魅力は一つもない。背が高く、きつい顔立ち。戦いで鍛えられた骨ばった身体。可愛げがない。
それは、事あるごとに夫から突きつけられてきた言葉だった。
「アルトリア、酒を持って来い」
寝室から呼ばれ、アルトリアはワインを選んで運ぶ。
乱れた寝具には、裸の夫と娼婦が睦み合っていた。
ここでは自分は妻ですらなく、ただの使用人に過ぎなかった。
そんな日常の中、衝撃的な報せが届いた。
長年、小競り合いを繰り返してきた隣国との和解が成立したのだ。
自国のリリー姫と、隣国のルイス王子が婚姻を結ぶことによる和平。
盛大な結婚式に、アルトリアは姫を守る騎士として宴に参加した。そこで対峙したのは、隣国の王子の守護騎士――ジークフリート。国境付近で幾度となく剣を交えた宿敵であり、「食えない男」だ。
両国を代表する二人の騎士が中央で握手を交わし、式は無事に幕を閉じた。表向きは。
ルイスとリリーは直ちに寝室へ向かい、初夜の儀に入る。
二人が間違いなく「事を成した」ことを確認する証人として、アルトリアとジークフリートの立ち会いが命じられていた。
「アルトリア、どうしましょう。私、恥ずかしいわ……。お願い、アルトリアも一緒に服を脱いで。そうしてくれないと嫌よ」
リリー姫が怯えたように、アルトリアの衣類にしがみついて離れない。
ルイス王子の視線もアルトリアへ向けられた。その瞳は冷ややかに「早く脱いで姫を安心させろ」と促している。
アルトリアは屈辱を飲み込み、自らの服を脱いだ。王族の視線は気にならなかったが、なぜかジークフリートの視線だけが肌を刺すように熱く、柄にもなく緊張が走る。
(何も考えるな。これも任務だ……)
自分に言い聞かせた。
アルトリアが裸体を晒したことで、リリーもようやく安心したように着衣を脱ぎ捨てた。小柄だが豊かな胸を揺らす姫は、恥じらいながらベッドで待つルイスを見つめる。ルイスもまた、辛抱たまらんといった様子でリリーを押し倒した。
「あ、恥ずかしいわルイス様! アルトリア、怖いの、そばにいて! 私の手を握っていて!」
「……承知いたしました」
伸ばされた手を、アルトリアは優しく握る。その異様な光景のなか、ルイスがふと顔を上げた。
「おい、ジークフリート! 何を大きくさせているんだ、貴様」
ルイスの視線の先――ジークフリートの股間は、隠しようもなく昂ぶっていた。
「申し訳ありません殿下……。アルトリア殿があまりに、綺麗だったので……」
顔を赤くして視線を逸らすジークフリート。
アルトリアは冷めた心地でそれを見ていた。彼は言い訳をしているのだ。主君の妻(姫)を見て興奮したなどと認めれば、不敬罪で死刑になりかねない。だから、消去法で「可愛げのない女騎士」である自分を言い訳に使ったのだろう。
「嘘をつけ。ならば、その女を抱いてみせろ。ベッドは広いんだ」
ルイスがとんでもないことを言い出した。
「アルトリアと一緒なら、私も安心だわ!」
リリーまでもが、掴んでいたアルトリアの手をぐいと引く。
アルトリアは困惑し、ジークフリートを見た。彼もまた、複雑な表情でアルトリアを見つめ返してくる。
「申し訳ありません。私には夫がおります。この国で女性の不貞は大罪……」
「アルトリアは処女なんだから、いいじゃない。私が認めてあげるわ。そんな夫、早く離婚しちゃいなさいよ」
「リリー様、困ります……ッ」
無責任な姫の言葉に、アルトリアは絶句した。処女なら不貞にならないなどという理屈があるだろうか。
すると、ジークフリートが驚愕に目を見開いた。
「……処女、なのですか?」
この男まで何を言い出すのか。この歳まで未通じなのが、そんなに珍しいか。無神経な問いにアルトリアの頬が屈辱で熱くなる。
「良かったな、ジークフリート。さっさとアルトリアを連れてベッドに来い」
何が「良かった」のか、さっぱり理解できない。
だが、ジークフリートは迷いを捨てたように服を脱ぎ捨てると、アルトリアを軽々と抱き上げ、広いベッドへと横たえた。
「……良いですか?」
至近距離で、低く震える声が鼓膜を揺らす。
(良いわけないだろう!! ここにはまともな奴が一人もいないのか!?)
夫は、ふくよかで愛らしい娼婦を公然と囲っている。今夜もまた、奥の部屋からは情事の熱っぽい吐息が漏れていた。
騎士の家に生まれ、政略のために侯爵家に嫁いだ自分にとって、それは「当たり前」の光景だった。夫婦の間に愛はなく、あるのは家を繁栄させるための契約のみ。夫が自分の身体に欲情できず、よそに女を囲うのも、仕方のないことだと思っていた。
自分には女性らしい魅力は一つもない。背が高く、きつい顔立ち。戦いで鍛えられた骨ばった身体。可愛げがない。
それは、事あるごとに夫から突きつけられてきた言葉だった。
「アルトリア、酒を持って来い」
寝室から呼ばれ、アルトリアはワインを選んで運ぶ。
乱れた寝具には、裸の夫と娼婦が睦み合っていた。
ここでは自分は妻ですらなく、ただの使用人に過ぎなかった。
そんな日常の中、衝撃的な報せが届いた。
長年、小競り合いを繰り返してきた隣国との和解が成立したのだ。
自国のリリー姫と、隣国のルイス王子が婚姻を結ぶことによる和平。
盛大な結婚式に、アルトリアは姫を守る騎士として宴に参加した。そこで対峙したのは、隣国の王子の守護騎士――ジークフリート。国境付近で幾度となく剣を交えた宿敵であり、「食えない男」だ。
両国を代表する二人の騎士が中央で握手を交わし、式は無事に幕を閉じた。表向きは。
ルイスとリリーは直ちに寝室へ向かい、初夜の儀に入る。
二人が間違いなく「事を成した」ことを確認する証人として、アルトリアとジークフリートの立ち会いが命じられていた。
「アルトリア、どうしましょう。私、恥ずかしいわ……。お願い、アルトリアも一緒に服を脱いで。そうしてくれないと嫌よ」
リリー姫が怯えたように、アルトリアの衣類にしがみついて離れない。
ルイス王子の視線もアルトリアへ向けられた。その瞳は冷ややかに「早く脱いで姫を安心させろ」と促している。
アルトリアは屈辱を飲み込み、自らの服を脱いだ。王族の視線は気にならなかったが、なぜかジークフリートの視線だけが肌を刺すように熱く、柄にもなく緊張が走る。
(何も考えるな。これも任務だ……)
自分に言い聞かせた。
アルトリアが裸体を晒したことで、リリーもようやく安心したように着衣を脱ぎ捨てた。小柄だが豊かな胸を揺らす姫は、恥じらいながらベッドで待つルイスを見つめる。ルイスもまた、辛抱たまらんといった様子でリリーを押し倒した。
「あ、恥ずかしいわルイス様! アルトリア、怖いの、そばにいて! 私の手を握っていて!」
「……承知いたしました」
伸ばされた手を、アルトリアは優しく握る。その異様な光景のなか、ルイスがふと顔を上げた。
「おい、ジークフリート! 何を大きくさせているんだ、貴様」
ルイスの視線の先――ジークフリートの股間は、隠しようもなく昂ぶっていた。
「申し訳ありません殿下……。アルトリア殿があまりに、綺麗だったので……」
顔を赤くして視線を逸らすジークフリート。
アルトリアは冷めた心地でそれを見ていた。彼は言い訳をしているのだ。主君の妻(姫)を見て興奮したなどと認めれば、不敬罪で死刑になりかねない。だから、消去法で「可愛げのない女騎士」である自分を言い訳に使ったのだろう。
「嘘をつけ。ならば、その女を抱いてみせろ。ベッドは広いんだ」
ルイスがとんでもないことを言い出した。
「アルトリアと一緒なら、私も安心だわ!」
リリーまでもが、掴んでいたアルトリアの手をぐいと引く。
アルトリアは困惑し、ジークフリートを見た。彼もまた、複雑な表情でアルトリアを見つめ返してくる。
「申し訳ありません。私には夫がおります。この国で女性の不貞は大罪……」
「アルトリアは処女なんだから、いいじゃない。私が認めてあげるわ。そんな夫、早く離婚しちゃいなさいよ」
「リリー様、困ります……ッ」
無責任な姫の言葉に、アルトリアは絶句した。処女なら不貞にならないなどという理屈があるだろうか。
すると、ジークフリートが驚愕に目を見開いた。
「……処女、なのですか?」
この男まで何を言い出すのか。この歳まで未通じなのが、そんなに珍しいか。無神経な問いにアルトリアの頬が屈辱で熱くなる。
「良かったな、ジークフリート。さっさとアルトリアを連れてベッドに来い」
何が「良かった」のか、さっぱり理解できない。
だが、ジークフリートは迷いを捨てたように服を脱ぎ捨てると、アルトリアを軽々と抱き上げ、広いベッドへと横たえた。
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至近距離で、低く震える声が鼓膜を揺らす。
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