可愛げがないと疎まれた侯爵夫人は、隣国の王子に略奪され、溺愛される

甘塩ます☆

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 散歩を終えると、エドワードは急な公務が入ったと告げ、メアリアを部屋まで送り届けてから出かけてしまった。
 独り残されたメアリアは、母国の父や兄を案じつつも、今の自分にできることを考えた。自分を救い、慈しんでくれるエドワードのために、手料理を振る舞いたい。彼女はさっそく侍女を呼び寄せた。

「まあ! 奥様、旦那様のために手料理を!? 素晴らしいですわ!」

 侍女たちが一斉に拍手喝采を送る。

「待って、まだ私たちは結婚していないわ。奥様でも旦那様でもないのだけれど……」

 あまりの気の早さにメアリアは頬を染めるが、侍女たちはニヤニヤと笑って顔を見合わせた。

「良いではありませんか。もうあんなに情熱的な夜を過ごされたのですから」

(……愛撫もたくさんしてくれたし、血も捧げたけれど。でも、彼はまだ『最後まで』はしてくれていないわ。初夜はまだなのよ!)

 心の内で叫びながらも、口に出すのは恥ずかしすぎて、メアリアは「台所を貸して」と逃げるように料理場へ向かった。



 エドワードが戻るのはティータイム頃だろうと予測して、メアリアは思い出のクッキーを山ほど焼き上げた。しかし、公務が長引いているのか、夕刻になっても彼が帰ってくる気配はない。

「仕方ないわ。皆で食べましょう! たくさん作ったし、ご挨拶代わりに屋敷の皆さんに配りたいの」

 少し寂しかったが、メアリアは前を向いた。エドワードは自分を妃にすると言ってくれた。それなら、この屋敷の人々と仲良くなり、この国のことをもっと勉強して、彼の役に立ちたいと思ったのだ。

「素晴らしいお考えです、奥様!」

 侍女たちに伴われ、メアリアは屋敷の仕事人たち一人ひとりにクッキーを配り歩いた。

「奥様のクッキー、絶品ですね!」
「いやあ、なんだか力がみなぎってきますよ」
「毎日でも食べたいくらいです!」

 皆が口々に喜び、笑顔になる。その光景にメアリアは深い感動を覚えた。
 かつて母国の城にいた頃、父や兄と一緒に、庭師や使用人たちへクッキーを配った楽しい記憶。彼らの笑顔が誇らしかったあの日々。
 けれど、侯爵家に嫁いでからは「余計な真似をするな」と罵られ、丹精込めた料理も一口すら食べてもらえなかった。
 過去の悲しみと、今与えられている温かさの差に、メアリアの目からポロポロと涙が溢れ出した。


「おい……俺のリアを泣かせた奴は誰だ!!」

 突如、凍り付くような殺気とともに低い声が響いた。
 戻ってきたばかりのエドワードが、メアリアの肩を抱き寄せ、周囲を鋭く睨みつける。その凄まじい威圧感に、近くにいた侍女たちは腰を抜かして座り込んでしまった。

「エドワード様、お帰りなさい。お出迎えもできず……」
「リア、誰に泣かされた? 何をされたんだ。……全員、首を撥ねてやろうか」

 エドワードはメアリアを壊れ物を扱うように抱き寄せ、心配そうに顔を覗き込んでくる。

「いえ、違うのです。皆さんが優しくしてくださるのが嬉しくて……私、ここに来られて本当に良かったです」

「……驚かせないでくれ。心臓が止まるかと思った」

 彼女の涙が「嬉し泣き」だと知り、エドワードはようやく殺気を霧散させた。そして、心底安堵したように胸を撫で下ろす。

「クッキーを作ったのです。殿下も、どうぞ」

 メアリアが差し出したクッキーを、エドワードは躊躇なくかじった。

「ああ……懐かしい。やはりお前の作るものが、世界で一番美味いよ」

「夕食も、私が作っても良いでしょうか?」

「料理を作るのが好きなのか?」

「はい。そして、食べていただけるのが、何より嬉しいのです」

「……分かった。だが、次からは俺のためだけに作れ。他の男……いや、他の誰にも食べさせるな」

 独占欲を隠さない重い言葉。けれど今のメアリアには、その執着が何よりも心地よく、安心できるものだった。

「分かりました」

 フフっと微笑むメアリアを、エドワードはひょいと横抱きにする。そのまま、夕食の準備どころか、二階の寝室へと続く階段を上がり始めた。

「エドワード様、まだ日は高いですわ!」

 驚いて顔を隠すメアリアの耳元で、エドワードは熱を帯びた声で囁く。

「他の者にクッキーと笑顔を振りまいた罪だ。たっぷりと『罰』を与えねばならないからな」

「エドワード様……」

 メアリアは逃げる代わりに、彼の手を強く握り、その胸に顔を埋めた。
 それは、彼が与える「罰」を、心の底から受け入れるという合図だった。
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