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7話

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 春岳の湯浴みに女人を付けようとした伊吹だったが、凄く拒絶されてしまった。
 では色小姓をと思ったのだが、それも激しく拒絶される。

「湯浴みぐらい一人でさせてください!」

 と、一人で湯殿に入られてしまった。
 お湯で溺れたりしないかと、伊吹はハラハラである。

「殿、心配でございます。お世話の者を付けさせて下さいませ! 殿ーー」

 そう声を上げて戸を叩く。

「なら伊吹が付き添いなさい」

 そう言って戸を開ける春岳。

「私ですか?」

 生憎と湯殿の作法について知らない伊吹。
 快くお湯に浸かって頂けるか自信が持てなかった。

「伊吹、私の世話は貴方がしてくれると聞きましたが?」
「え、ええ、ですが適材適所がございます。大の男が二人で湯殿に入って楽しいでしょうか?」

 とっても見苦しいだろうし、殿も楽しくは無いだろう。
 やはり女人か色小姓と入るのが良いと思う伊吹だ。

「伊吹以外は認めません。私を一人で入らせたくないのなら貴方が入って来なさい」
「は、はい……」

 春岳の頑なさに、伊吹は服を脱ぐと薄い肌着だけを纏って湯殿に入れて貰うのだった。


「殿、お湯をかけますね?」
「はい」

 伊吹はドギマギしつつ、桶でお湯をすくって春岳の体にゆっくりとかける。

「熱くはないですか?」
「大丈夫だ」

 良かったと、ホッとする。
 それにしても少し砕けた話し方になってくれた。
 やはり裸の付き会いは距離も縮めてくれるのだろうか。
 だが、春岳の肌は絹の様に白くて綺麗だし、体つきも、まるで絵に描いた様な綺麗さである。
 目のやり場に困る。
 相手は同じ男だと言うのに変な話だが、伊吹はドキドキしてきてしまった。

「殿、どうぞお湯に浸かってください」
「ふむ、伊吹は入らないのですか?」
「私は、ここで見ています」

 春岳は、お湯に浸かって伊吹の方を見詰める。
 少しお湯がかかって薄い肌着が体に張り付いていた。
 なかなかセクシーな事になっているな。

「あの、殿……」  

 おずおずと声を出す伊吹。

「何ですか?」

 見ていた事に気づかれただろうか。
 春岳は、視線を外して聞き返す。

「殿も生活が一変して大変かと存じます。ですが、どうかお一人での行動は控えて頂きたいのです。お命を狙われる可能性もございますし、殿に何か有りましたら側付きである私は切腹しなければなりません。どうか私を助けると思って言う事を聞いてくださいませ」

 伊吹はそう言うと、春岳に深々と頭を下げるのだった。
 
「そうですね。貴方に切腹などさせません。なるべく言う通りにしたいと思います」

 頷く春岳。
 解って貰えたかと、伊吹がホッとしたのもつかの間。

「ですが、私にも私なりの考えが有ります。譲れない所は譲れません」

 そう反論された。

「伊吹が切腹しなければならない状況になる事だけは絶対避けます。私の肌には傷一つ付けられないようにしますよ」

 春岳はそう言葉を続けると、綺麗に笑って見せるのだ。
 何だか上手く丸め込もうとされている様である。

「私の目の届く所に居て下さい。どうしても何処かへ行きた時はお供をしますので。どうかどうか」
「……善処はします」

 必死に頭を下げた伊吹であったが、どうも上手く説得できた気がしない。
 見た目は穏やかな雰囲気をまとっているが、春岳は我が強い人だと解った。
 城の主としては良い気質だろうが、伊吹は心配でたまったものではない。


「さて、そろそろ上がります」
「はい」

 お湯を出る春岳に伊吹は体を優しく拭いてやり、新しい着物着せる。
 だが、困った事に自分は湯浴みする予定等無かったので伊吹の着替えは無かった。
 こんな濡れた服の上から着たくはない。

「ん? 伊吹の着替えがありませんか?」

 春岳も気付く。

「ええ、このまま取りに行きます」

 伊吹は濡れた肌着を脱ぎ、ギュッと絞ると、またそれを纏う。
 これで床を濡らす事なく私室まで行けるだろう。

「そんな色っぽい格好で城内を歩き回るつもりですか」

 声色に怒りが混じり、ムッとした表情の春岳に腕を掴まれ驚いてしまう伊吹。
 思いの外力が強い。

「申し訳ありません。見苦しいでしょうか?」

 普段から褌一丁で素振りの稽古などしているので周りは見慣れていると思うのだが、春岳は嫌だっただろうか。
 そうなると他の者にも褌一丁になる事を禁じなければいけないが……

「いえ、見苦しいとかではなくて……」

 何故自分もムキになって引き止めてしまったのか良く解らない春岳。
 男であるし、伊吹とて別にフルチンで出たりしないだろう。
 ちゃんと大事な所は布で隠しているし、濡れ透けであるが、肌着も纏っている。
 心もとない言えばそうであるが、着替えが無いのだから仕方ない。

「おーい、誰か私の着替え持ってきてくれー」

 伊吹は外に声をかけると、たまたま通りかかった家臣の一人が「はい! 直ぐに持って参ります!」と、取りに行ってくれた。
 こうして伊吹は無事に服を着替える事が出来るのだった。
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