【完結】忍びである城主は乳兄弟にゾッコン

68話

「今井様も殿も、今の何時だと思っておいでなのです」

　城に戻ると案の定、千代に怒られてしまった。
　仕方ない。だってもう今日じゃなくて明日になりそうな時間である。

「もう、今日はさっさと寝て下さい。全く、有理も帰って来ないし……」

　どうやら有理も居らず、千代はちょっと寂しかった様だ。

「お腹が空いたんだが、殿も空きましたよね？」
　
　結構な重労働をしてきてお腹が鳴ってしまう伊吹。

「空いた」

　春岳も頷く。

「お腹が空いた？　こんな時間に食べてお腹痛くなりますよ！　さっさと寝てしまって下さい」

　プンプンな千代だ。

「寝れん。せてめ味噌汁を飲む」
「もう、私は寝ますかね。ご自分達で作って下さい」
「はい、解りました」

　千代は全くもうと怒りながら部屋に行ってしまう。
　お眠で怒りっぽくなるなんて、ちょっと可愛い。
　明日はいっぱい構ってやることにしよう。
　なんて、伊吹は考えるのだった。


　簡単に味噌汁だけ作った伊吹は、春岳と腹抑えに飲む。
　茸や野菜を沢山入れて、具だくさんにした。


　
　その日は疲れたので、何もせず、春岳は伊吹を抱きしめてただ眠た。



『約束したのに……』
『忘れちゃったんだね』

　夢の中で誰か泣いている。

　約束？
　俺は何を忘れているんだ？

　忘れているなら教えてくれ。
　君は何で泣いているの？


「殿……　殿……　春岳様」

　優しく肩を揺すられ、目を覚ました。

「約束したのに……」
「何を約束されたんですか？」
「結婚してくれるって言ったのに……」
「誰がですか？」
「解らない。忘れちゃったんだ」
「……夢を見られたのですね」
「夢？」

　春岳は起こしてくれた伊吹を見つめる。
　伊吹は優しく涙を拭ってくれた。
　泣いていたのは俺だったのか。

「伊吹、ここ、どうしたんだ？」

　ふと、伊吹の額の傷が気になった。
　こめかみで隠れる部分だ。

　そっと触れる。

「ああ、これですか？　自分は覚えていないんですが、どうも柿の木から落ちたらしいですね。昔から柿が好きだったみたいです。本当に食い意地が張ってますよね」

　フフっと苦笑して見せる伊吹。

　何故かその伊吹の傷が愛おしい様な、憎たらしい様な。　

　よく解らない感情を覚えた。