70 / 79
69話
しおりを挟む
結局、あの日以降、有理を見かける事はなかった。
千代は心配し、辺を探し回ったりもしたが、何処にも居ない。
「山で迷子になったのかも知れません。どうしましょう」
五日経っても音沙汰の無い有理に、千代は今にも泣き出しそうであった。
そうこうしている内に、とうとう初雪が降った。
初雪から根雪となり、朝起きたら一面の銀世界だ。
千代は、もう有理はきっと遭難して何処かで凍死してしまっているに違いないと、泣きわめき出してしまった。
「大丈夫だ千代。有理はきっと大丈夫だ」
そう根拠の無い事を言って安心させる他ない。
伊吹も有理を心配し、馬を走らせて探さたり、犬を連れ出したりもしたのだが、全く見つからないのだ。
それこそ匂いすら残っていないようで、犬は全く反応しなかった。
「どうしました?」
千代の泣き声に気づいた春岳が顔を出す。
見ると、千代は伊吹の太腿に縋り付いて泣いていて、伊吹がヨシヨシと頭を撫でていた。
俺の伊吹だって千代もそろそろ解っているだろうにと、ムッとなる春岳だが、大人気ないので顔には出さなさった。
「有理が見つからず……」
「ああ、あれは元いた場所に帰ったのでしょう」
「元いた場所? と、言うと花田城ですか?」
有理は花田城からの贈り物だ。
「いや、おそらくは丸武城だ」
「な、丸武城!?」
敵方の城では無いか。
「あれは所謂、下忍でした。此処に残れと暗に伝えてはいたのですが、駄目でしたね」
はぁーと、溜息を吐く春岳。
「下忍? 有理は忍者だったのですか?」
千代も顔を上げて春岳を見る。驚いて目を見開いていた。
「丸武城から花田城に差し向けられた密偵でしょう。花田城から此方に贈られる事になり、ついでに此方の武力も偵察したのでしょうね」
「そんな……」
「戻ってもまともな生活をさせえもらえる訳でも無いのに……」
千代はショックを受けた様子で固まってしまう。
春岳も何処か寂しそうな表情だ。
「まともな生活をさせてもらえないとは……」
伊吹は心配になり、更に質問する。
「有理は下忍と言ったでしょう。忍者には各所で扱いは変わります。私の居た里はそのような非道な扱いは有りませんでしたが、下忍は人として数えられません。畜生以下の扱いを受ける場合が有ります。それが有理ですね。敵の城に一人で送り込まれるんですよ。特に今回などは私が居ると解っていてこの城も偵察しろと送り込まれたんです。私なら直ぐに気づいて処罰する可能性が高い。殺される可能性が多いに有る。そんな場所に送り込まれて閨の相手をしなければならない。いつ死んでもおかしくない。いつ死んでも良い扱いなんです」
下忍について説明する春岳に、伊吹と千代は顔を真っ青にした。
「だから、私もそれとなく匿ってやろうと伝えてはいたんですよ。伊吹も有理を気に入っていたし、千代も仲良くしていたでしょう。千代には友達の様な者が居なかったので、有理が来てくれて私も良かったと思っていたんです。それに人を人して扱わない下忍の様な制度は私は嫌いです。だから助けてあげたいとは思ったのですよ。でも下忍には強い暗示がかけられていましてね。それを解くことは難しいんです。下手に直接伝えると自害の暗示が発動しかねなくて……」
そう説明を続けた春岳も、苦々しい表情をした。
「自害の暗示……」
伊吹はヒュと、息を呑む。
「下忍には沢山の暗示がかけられている場合が多い。特に、敵に気づかれた場合は即座に自決する暗示等は必ずかけられていると思って間違いないです」
春岳は顔を曇らせる。
「そんな、有理は助けられないのですか!? 有理、有理ーー」
うわああぁぁと、千代は声を上げて泣き出してしまった。
そんな話を聞かされたら、伊吹だって泣き出してしまいそうだ。
「どうしようも無いんだ。俺だって助けたかった」
グッと手を握る春岳は悔しそうな面持ちであった。
二人がこう言う反応をするだろうと思っていたから、春岳は言えずに居たのだ。
二人にはあまりにも残酷な話だろう。
春岳とて、見過ごす気持ちは無かった。
手立ては打ってある。
千代は心配し、辺を探し回ったりもしたが、何処にも居ない。
「山で迷子になったのかも知れません。どうしましょう」
五日経っても音沙汰の無い有理に、千代は今にも泣き出しそうであった。
そうこうしている内に、とうとう初雪が降った。
初雪から根雪となり、朝起きたら一面の銀世界だ。
千代は、もう有理はきっと遭難して何処かで凍死してしまっているに違いないと、泣きわめき出してしまった。
「大丈夫だ千代。有理はきっと大丈夫だ」
そう根拠の無い事を言って安心させる他ない。
伊吹も有理を心配し、馬を走らせて探さたり、犬を連れ出したりもしたのだが、全く見つからないのだ。
それこそ匂いすら残っていないようで、犬は全く反応しなかった。
「どうしました?」
千代の泣き声に気づいた春岳が顔を出す。
見ると、千代は伊吹の太腿に縋り付いて泣いていて、伊吹がヨシヨシと頭を撫でていた。
俺の伊吹だって千代もそろそろ解っているだろうにと、ムッとなる春岳だが、大人気ないので顔には出さなさった。
「有理が見つからず……」
「ああ、あれは元いた場所に帰ったのでしょう」
「元いた場所? と、言うと花田城ですか?」
有理は花田城からの贈り物だ。
「いや、おそらくは丸武城だ」
「な、丸武城!?」
敵方の城では無いか。
「あれは所謂、下忍でした。此処に残れと暗に伝えてはいたのですが、駄目でしたね」
はぁーと、溜息を吐く春岳。
「下忍? 有理は忍者だったのですか?」
千代も顔を上げて春岳を見る。驚いて目を見開いていた。
「丸武城から花田城に差し向けられた密偵でしょう。花田城から此方に贈られる事になり、ついでに此方の武力も偵察したのでしょうね」
「そんな……」
「戻ってもまともな生活をさせえもらえる訳でも無いのに……」
千代はショックを受けた様子で固まってしまう。
春岳も何処か寂しそうな表情だ。
「まともな生活をさせてもらえないとは……」
伊吹は心配になり、更に質問する。
「有理は下忍と言ったでしょう。忍者には各所で扱いは変わります。私の居た里はそのような非道な扱いは有りませんでしたが、下忍は人として数えられません。畜生以下の扱いを受ける場合が有ります。それが有理ですね。敵の城に一人で送り込まれるんですよ。特に今回などは私が居ると解っていてこの城も偵察しろと送り込まれたんです。私なら直ぐに気づいて処罰する可能性が高い。殺される可能性が多いに有る。そんな場所に送り込まれて閨の相手をしなければならない。いつ死んでもおかしくない。いつ死んでも良い扱いなんです」
下忍について説明する春岳に、伊吹と千代は顔を真っ青にした。
「だから、私もそれとなく匿ってやろうと伝えてはいたんですよ。伊吹も有理を気に入っていたし、千代も仲良くしていたでしょう。千代には友達の様な者が居なかったので、有理が来てくれて私も良かったと思っていたんです。それに人を人して扱わない下忍の様な制度は私は嫌いです。だから助けてあげたいとは思ったのですよ。でも下忍には強い暗示がかけられていましてね。それを解くことは難しいんです。下手に直接伝えると自害の暗示が発動しかねなくて……」
そう説明を続けた春岳も、苦々しい表情をした。
「自害の暗示……」
伊吹はヒュと、息を呑む。
「下忍には沢山の暗示がかけられている場合が多い。特に、敵に気づかれた場合は即座に自決する暗示等は必ずかけられていると思って間違いないです」
春岳は顔を曇らせる。
「そんな、有理は助けられないのですか!? 有理、有理ーー」
うわああぁぁと、千代は声を上げて泣き出してしまった。
そんな話を聞かされたら、伊吹だって泣き出してしまいそうだ。
「どうしようも無いんだ。俺だって助けたかった」
グッと手を握る春岳は悔しそうな面持ちであった。
二人がこう言う反応をするだろうと思っていたから、春岳は言えずに居たのだ。
二人にはあまりにも残酷な話だろう。
春岳とて、見過ごす気持ちは無かった。
手立ては打ってある。
0
あなたにおすすめの小説
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
異世界に勇者として召喚された俺、ラスボスの魔王に敗北したら城に囚われ執着と独占欲まみれの甘い生活が始まりました
水凪しおん
BL
ごく普通の日本人だった俺、ハルキは、事故であっけなく死んだ――と思ったら、剣と魔法の異世界で『勇者』として目覚めた。
世界の命運を背負い、魔王討伐へと向かった俺を待っていたのは、圧倒的な力を持つ美しき魔王ゼノン。
「見つけた、俺の運命」
敗北した俺に彼が告げたのは、死の宣告ではなく、甘い所有宣言だった。
冷徹なはずの魔王は、俺を城に囚え、身も心も蕩けるほどに溺愛し始める。
食事も、着替えも、眠る時でさえ彼の腕の中。
その執着と独占欲に戸惑いながらも、時折見せる彼の孤独な瞳に、俺の心は抗いがたく惹かれていく。
敵同士から始まる、歪で甘い主従関係。
世界を敵に回しても手に入れたい、唯一の愛の物語。
溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら兄たちに溺愛されました~
液体猫(299)
BL
暫くの間、毎日PM23:10分に予約投稿。
【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸にクリスがひたすら愛され、大好きな兄と暮らす】
アルバディア王国の第五皇子クリスは冤罪によって処刑されてしまう。
次に目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。
巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。
かわいい末っ子が過保護な兄たちに可愛がられ、溺愛されていく。
やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな気持ちで新たな人生を謳歌する、コミカル&シリアスなハッピーエンド確定物語。
主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ
⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌
⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。
【完結済】スパダリになりたいので、幼馴染に弟子入りしました!
キノア9g
BL
モテたくて完璧な幼馴染に弟子入りしたら、なぜか俺が溺愛されてる!?
あらすじ
「俺は将来、可愛い奥さんをもらって温かい家庭を築くんだ!」
前世、ブラック企業で過労死した社畜の俺(リアン)。
今世こそは定時退社と幸せな結婚を手に入れるため、理想の男「スパダリ」になることを決意する。
お手本は、幼馴染で公爵家嫡男のシリル。
顔よし、家柄よし、能力よしの完璧超人な彼に「弟子入り」し、その技術を盗もうとするけれど……?
「リアン、君の淹れたお茶以外は飲みたくないな」
「君は無防備すぎる。私の側を離れてはいけないよ」
スパダリ修行のつもりが、いつの間にか身の回りのお世話係(兼・精神安定剤)として依存されていた!?
しかも、俺が婚活をしようとすると、なぜか全力で阻止されて――。
【無自覚ポジティブな元社畜】×【隠れ激重執着な氷の貴公子】
「君の就職先は私(公爵家)に決まっているだろう?」
全8話
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる