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4、では、はじめましょう

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 結局、スローン侯爵が王宮に粘り強く交渉し、

 “侯爵家が手配した人員で”
 “適切に”

 リリベットにお妃教育――つまりは夜伽指導――を行う旨を承諾させることで、件は一応の解決を見た。

 夜伽指導官の代理を務めるのは魔導人形マギ・オートマタのエリオス。
 相手は人形なのだから、間違いも失敗も起こりようがないという論理である。

 王家の伝統を重んじる識者の中にはこの提案を渋る者もいたが、何より婚約者である王太子自身がリリベットを案じたらしい。

 儀式とはいえ、無垢な女性が不特定多数の前で辱めを受けるのはあまりに忍びない。
 ゆえに承諾する――と。


 そうして、数週間後の新月の晩にスローン邸にて、密やかには行われることとなった。


 その夜、スローン侯爵は思うところがあるのか「今夜は付き合いの夜会があるから帰らないよ」と宵のうちから出かけてしまった。
 リリベットはいつも通り丁寧に侍女に全身を洗われて、いつもよりほんの少しだけ薄い生地の夜着を身につける。
 少しでも血色よく美しく見せたくて、素肌に薄紅の粉を叩いた。

(これは夜伽指導なのに、まるで初夜の花嫁みたいに着飾って――馬鹿みたいだわ)

 内心で自嘲しつつ、やはり期待と不安は隠せない。部屋の中を座ったり立ったり歩き回ったりして、そわそわとその時を待った。

 そしてエリオスは――

 いつも通りの黒い燕尾の執事服で、きっかりいつも通りの時刻に就寝前の茶を淹れる茶器を持ってリリベットの寝室に現れた。

「今晩はリラックス効果のあるカモミールティーをお持ちしました」

 いつも通り洗練された所作で手際よく茶を淹れて、白磁のカップを差し出す。
 緊張にカチコチになっていたリリベットは拍子抜けしてしまって、少しの安堵と落胆とともに丸テーブルの椅子に背を預けた。

(エリオスにとっては、夜伽指導なんてなんの感慨もないことなのでしょうね……。そもそも今晩だということを忘れていたりはしないかしら?)

 胸を占めていた不安や焦燥も、カモミールの香りを嗅げば自然と和らぐ。
 すっかり落ち着いたリリベットがふと前を見ると――エリオスが向かいの椅子に座り、長い脚を組んで同じカモミールティーに悠々と口を付けていた。

「ちょっ、ちょっとエリオス! あなた、お茶を飲んで大丈夫なの!?」

 これまで一度たりとも、執事であるエリオスが主人リリベットと同じ卓に座ったことはない。ましてや食事を必要としないはずの彼が飲食物に手を付けているところなど、見たことがなかった。
 突然熱いお茶なんて飲んで壊れやしないかとあわてるリリベットをよそに、エリオスは優雅な所作でティーカップを傾けている。

「ああ、ご心配なく。魔導人形マギ・オートマタは自力で唾液や体液を分泌できないので、必要な時はあらかじめ内部に水分を蓄えておかないとならないのです」

「お嬢様だって、奉仕されるなら潤いのある方がいいでしょう?」エリオスは微笑を浮かべ、赤い舌をべ、と見せてくる。彼は夜伽指導の約束を忘れてなどいなかったのだ。
 そのでこれから為されることを想像してしまい、リリベットは顔から火を吹きそうになった。

「ねえ、本当に“する”の……?」
「王宮の夜伽指導官に張型を突っ込まれるのが嫌だとおっしゃったのはお嬢様ではないですか」
「それはそうだけど……。で、でもエリオスは人形だもの。そういうこと、できるの……?」

「はじめてはエリオスがいい」と言いはしたが、リリベットだって魔導人形マギ・オートマタと人間が別物であることくらいはわかっている。前回の王城での座学で、性行為がどんな行為であるかも具体的に学んでいた。

 つっかえつっかえのリリベットの問いに、エリオスはいつもの笑顔のままきょとんと小首を傾げる。

「ご存知ありませんでしたか? 私は元々愛玩用人形セクサドールとして作られたのですよ」
「えっ!?」
「ですから房事は言わば専門です」
「ええっ!!?」

 【愛玩用人形セクサドール】とは、擬似性交のための機能を備えた、性具としての役割を持つ魔導人形マギ・オートマタである。
 つまり、幼いリリベットが魔法工房で数ある魔導人形マギ・オートマタの中から指名買いしたこのエリオスは、元は主人の肉体を慰めるために作られた人形だったのだ。

(あの時お父様が購入を渋っていたのは、そういうことだったの……!?)

 知らぬこととは言え、当時の自分の言動を思い出してもだえ転げそうになる。
 リリベットがひとり内心で熱くなったり寒くなったりしているうちに、カップの中身を飲み干したエリオスが静かに席を立った。燕尾服のジャケットを脱ぎ、綺麗に畳んで椅子にかける。

「まあ、この屋敷に引き取られてからはの機能は使うことなく終わるものだと思っていましたが……。ようやく本来の用途でお役に立てるのですから、腕が鳴りますね」

 執事の証である絹手袋を口にくわえ、するりと抜き取る。
 そのまま文字通り“腕を鳴らす”――動作確認でぐりんと360度手首を回転させてみせたのでリリベットの口から「ひぇ」と悲鳴が漏れた。

「おっ、お手柔らかに、ね……?」
「おまかせを。男女のねやでの作法を、夜伽指導官よりお教えしてみせましょう。――ただし」

 折り目正しいしぐさで、エリオスはリリベットの前にひざまずいた。固く膝の上で合わせられていた彼女の手を取り、指の先にキスをひとつ落とす。

「私が伽をするのは、これ一度きりです。これより後は王太子妃として立派にお務めを果たされるよう努力なさると、お約束していただけますね?」

 これは愛ある契りではない。エリオスはただ、主のわがままに付き合ってくれているだけ。


(それでも、わたしはエリオスと――)


 決して結実しない想いを胸に秘め、リリベットは「わかっているわ」と小さくうなずいた。


「では、はじめましょう。――まずはスキンシップから」
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