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1巻
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しおりを挟むプロローグ
毎日同じ道を通って、親に決められた高校へ通学し、似たような生活を繰り返す。
数年前の輝いていた自分……否、自分たちと比べると、今の生活が、酷く色褪せて見える。まるで灰色の、無味乾燥とした空虚な世界に居るようだった。
全ては半身といってもいい親友の日向白奈が、自分を置いて先立ってしまったことが原因だろう。
そんなことを考えてため息を吐きつつ、御影黒斗は夕暮れの家路を歩いていた。
その時突然、桜並木の風景が歪み、黒斗の周囲が真っ白になる。本当に見渡す限りの白だ。
(ここはどこだ……? さっきまで普通に道を歩いていたはずなのだけれど……)
不思議に思いつつ、黒斗は周囲を見回した。
やがて、本当に辺りには何もないことが分かり、やむを得ず、渋々と白い空間の中を歩き出した。
どのくらい歩いた時だったか。黒斗の視界の先に、ぼんやりと人影のようなものが見えてきた。
そこに居たのは、白髪の老人であった。
白い髪を背中まで伸ばし、至るところにしわのある顔。厳格そうでありながらも、優し気なお爺ちゃん、といった印象の人物だ。髪の色と同じ、日本の着物のような白い服を身に着けている。
その老人は、黒斗が直ぐ近くまでやって来ると、疑念に満ちた表情で話しかけてきた。
「お主は……何者じゃ? 何故このようなところに居るのじゃ?」
「僕は御影黒斗。高校からの帰宅途中にこの白い空間に迷い込んでしまって……。周囲を調べているうちに、気づいたらここへ辿り着いていました」
相手が何者か分からないため、黒斗は丁寧を心がけて、正直に事の成り行きを話した。
老人は彼がここに来るまでにあったことを一通り聞くと、驚いたように目を見開いた。
「あなたは、ここが何処なのかご存じなのですか?」
老人にそう尋ねた黒斗の声は、ほんの少しうわずっている。
「ここは世界の狭間とでも呼ぶべき空間じゃ。人が迷い込むことなど滅多にないのだがの」
老人の答えは曖昧だったが、黒斗にはおおよそのイメージが掴めた。
「世界の狭間……。では、あなたは一体?」
「儂は……その世界の狭間の管理者、のようなものかの?」
(管理者、か。道理で、いろいろ詳しいことを知っていそうなわけだね……)
すぐさま黒斗は、これからどうすべきかと考えを巡らし、老人に問いかける。
「そうでしたか。それで、僕は元の場所に戻れるのですか?」
黒斗はいきなり核心に迫る質問をした。
老人は、自分を真摯に見つめる少年の瞳から逃れて宙に視線を泳がせ、申し訳なさそうに首を横に振った。
「すまんの。お主が居た世界への路は、お主が迷い込んでからすぐに閉じてしまったみたいじゃ……」
元居た世界への路が閉じてしまった。
つまりは……。
「じゃから、もう帰ることはできんのじゃ……」
(帰れない、か……。どうしてこんなことになってしまったのか……)
黒斗は、その黒い瞳を揺らした。
(まあでも、白奈を失った時に比べればこんなこと……。それに今の生活にも未練なんてないしね)
かつて親友を失った時の衝撃はこんなものじゃなかった。
(戻れないなら戻れないで仕方ないとして、次に考えるべきは……)
と、直ちに思考の方向性を切り替え、新たな疑問をぶつけてみる。
「そうですか、それは残念です。では、これから先、僕はどうなるのでしょうか?」
「おお……随分と冷静じゃな……? して、これから先のことじゃが、命尽きるまでここで過ごすしかないの。大変すまんことじゃが」
老人は淡々と、死の宣告に等しい、夢も希望もない残酷な言葉を告げた。
しかし黒斗は、その答えを聞いても全く取り乱す様子がない。
その予想外の落ち着きぶりに、老人は内心で動揺していた。このような異常な状況にさらされているにもかかわらず、それを抵抗なく受け入れてしまえる少年の生い立ちに思いを馳せ、老人は悲痛な表情を浮かべた。
年頃の少年が、何もない場所で死ぬ。
老人は少年の境遇を不憫に感じ、何かできることはないかと、難しい顔をして腕を組んだ。
「……いや、少しばかり待つがいい」
老人はふと何かを思い出した顔で呟く。
その数秒後――。
ゴゴゴゴゴゴッ!
大地を揺るがす巨大な音が鳴り響き、突如として門が形作られた。
黒斗が驚いていると、老人は一息ついて頬を緩めた。
「ふう……。今、瞬間的にここと繋がった、とある世界への路を、門の形にして固定した」
「とある世界への路? 門にして固定?」
一体何を言っているのか。黒斗は耳を疑った。老人が発した言葉の意味が理解できない。
その表現に黒斗が首を捻っていると、老人が続けて言った。
「このゲートの先にあるのは、お主が元に居たところとは違う世界じゃが、そこへなら行くことができるぞ?」
(元に居た世界とは違う世界……、つまりは異世界、か)
黒斗はこれまで得てきた知識や経験を総動員させて、素早く思考を巡らせた。
何もない場所で一生を送るのも苦痛だが、地獄のように厳しい世界には行きたくない。
「そこがどのような世界なのか、お教えいただくことは可能ですか?」
「構わんぞ? そうじゃな……お主が居た世界で知られる、剣と魔法のファンタジー世界といったところじゃ」
老人は、黒斗に分かる表現になるよう気を使いながら、彼の居た世界で多数の物語の舞台となった場所を例に挙げながら語った。
黒斗はその手の小説やゲームに日常的に慣れ親しんでいたので、老人の説明をすぐさま理解した。
(剣と魔法のファンタジー世界……。僕が生き抜くのは厳しいかな?)
とはいえ、ファンタジー世界にも色々ある。場合によっては生活が可能かもしれない。黒斗は、自分が蓄積した二次元の体験を振り返り、異世界へ旅立つべきかどうか冷静に自問自答した。
黒斗の様子を興味深そうに観察していた老人は、大事なことを思い出したように説明を付け加える。
「おお、そういえば、その世界にはステータスやレベルといったものが存在しているぞ?」
「レベルやステータス? となると、それらを上げるのに必要な経験値を得るための魔物なども……やっぱり、居るってことですよね?」
「うむ、おるの。その世界の者たちは、魔物を倒すことでレベルを上げて己を高めておる」
黒斗の質問に、老人は頷く。
(レベルを上げることで、肉体が強化され、スキルアップや新しい技を覚えていけるにしても……いや、それでも戦闘の才能なんてゼロに等しい僕が、そんな弱肉強食の世界で生き残れるものだろうか……?)
黒斗は考え方を別のベクトルにシフトした。力以外の自分の武器を活かせば生き抜けるかどうか。
下唇のあたりに人差し指を当てて、思考を集中させる。
(僕の取り柄といえば、人よりほんの少しだけ頭の回転が速いことと、微妙に影が薄いことくらいかな? これで生き抜けるかというと……ちょっと難しいよね)
後者は取り柄ですらないな、などと自嘲しつつ、横道に逸れた思考を本筋へ戻す。
重要なのは、そういった自分の性格や能力をどう活かすべきかだ。
「僕のステータスを、この場で見られますか? それと、しばらくの間、ここに居ても?」
「本当に驚くほど冷静な少年じゃ……。ステータスの閲覧はここで可能じゃよ。それと、ここにはいつまででも留まってくれて構わんぞ。ゆっくりしていくといい」
それは、この状況の黒斗にとっては非常にありがたい返事だった。
(やっぱり閲覧可能か。世界と繋がったのならできてもおかしくないからね)
続けて老人は黒斗に、ステータスを見る方法について指導していく。
「まず、ステータスを表示したい時は『ステータスオープン』と言えばよい。簡単じゃろう?」
「そうですね。あ、それと、ステータスに表示される項目の意味についても、具体的に教えていただきたいのですが……」
「それなら心配は要らんよ。内容を理解するための基礎知識は、ステータスを開けば自然と手に入るからの」
黒斗は、言われた通りに「ステータスオープン」と口にしてみる。
すると、黒斗の目の前に透明なステータスの画面が現れる。黒斗は自分の知識欲が疼くのを感じつつ、ステータス画面に並ぶ文字列を目で辿り始めた。
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『クロト・ミカゲ』
レベル:1/種族:人間/年齢:17/状態:正常
▼基礎能力値
HP:170/MP:0/筋力:17/防御力:17
魔力:0/速力:24/幸運:0
▼ユニークスキル
《隠密者》――【気配遮断】(熟練度2/5)
――【魔力遮断】(熟練度0/5)
――【存在遮断】(熟練度2/5)
▼通常スキル
「覇気8」「言語理解4」「索敵3」
「探索4」「解析3」「思考加速4」「格闘術1」
「剣術2」「直感1」
▼スキルポイント 残り1
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まず、名前、種族、年齢に特筆すべき点はない。
二つ先のステータスのブロックから始まる基礎能力値については、レベル1に相当する通常値だと解釈した。
三つ目の塊はユニークスキルの欄だ。
ユニークスキル《隠密者》から伸びる三本の縦線は、《隠密者》というスキルが有する特殊な技能に紐付いたものだろう。その三つの技能というのが、【気配遮断】【魔力遮断】【存在遮断】となる。
(この熟練度2/5というのは、五段階中の下から二段階目に技能の習熟レベルが到達している、という認識でよさそうだね)
クロトはユニークスキルにあるスキルツリーの見方をすぐに理解し、それぞれの詳細な効果を確認した。
その結果、【気配遮断】は己の気配を隠すことができる能力であり、【魔力遮断】は自分の魔力が相手に悟られないようにする効果があると分かった。この二つは割と文字通りの意味だ。
ただ、残りの一つ【存在遮断】については、文字からは分かり辛いので、クロトは首を捻った。
(存在遮断……「存在」を「遮断」する? ……自分の存在を薄め、相手の認識にも干渉して敵に察知されるのを防いでくれる、ということか。これって何気に凄いことだよね……?)
その効果を【存在遮断】という文字列と簡易な説明を見ただけでおよそ把握し、効果の大きさに驚愕した。
次にクロトが着目したのは、四番目に記されている通常スキルの欄だ。
最初の「覇気8」というスキルだけが、横に並ぶほかのスキルより数値が高く一際目立っている。
そこでその「覇気8」の部分をタップすると、ユニークスキルと同じように簡単な説明が表示された。
(『覇気』スキルは、自分の存在を周囲に知らしめ、威圧するスキル、と。……うん?)
そこまで読んだところで、ふと違和感を覚えた。
(……【存在遮断】で存在を薄めているのに、それをわざわざ周囲に叩きつけてどうするのさ……)
存在を隠しておいて、それを誇示するような真似などしたら、全くの無駄ではないか。これではせっかくの効果が相殺されてしまう。
(というか、そんな効果がある「覇気8」をもってしても、微妙に影が薄くなるって……)
通常スキルの文字をタップして、事前に以下のスキル群が最大で「10」だと知っていたので、その八段階目でも相殺しきれない威力を持つユニークスキル《隠密者》。しかも、彼は任意発動型である《隠密者》の効果を意図して発動させていたわけではなかった。
つまり、抑えきれずに漏れ出したユニークスキル《隠密者》の秘めた力が、「覇気8」のパワーを凌駕しているということだ。
クロトはその事実に少しばかり呆れながらも、次のスキルへ目を移す。
「言語理解」――言語を理解することが可能になるスキル。
「索敵」――敵を探し、接近を察知するスキル。
「探索」――ゲームでいうところの小規模マップのようなスキル。
「解析」――自分以外の者のステータスを示し、把握するためのスキル。
「思考加速」――頭の回転スピードを高め、思考を加速させるスキル。
「格闘術」――武器を使わない戦闘を補助するスキル。
「剣術」――剣系統の武器で戦闘を行う時、それを補助するスキル。
「直感」――普通の状態では発見できないことに気づけるようになるスキル。
(「格闘術」や「剣術」は、体育の授業で柔道や剣道を習ったから覚えているとして……「索敵」「探索」「解析」「直感」か……役に立ちそうだね)
全てのスキルの確認を終えたクロトは、最後にスキルポイントの項目に目を移した。だが、どうしたわけかタップしても説明が表示されない。単純に取得可能なスキルの一覧が表示されるだけだ。
いずれにしても、今は新しいスキルを取得するつもりはなかったので、それ以上の操作は諦めた。
それから少しだけ今後の展望について思考を巡らせた後、クロトはやや改まって老人に告げた。
「上手くやれるかは分かりませんが、ここで無為に時間を過ごすよりは、お言葉に甘えて異世界へ行きたいと思います」
「そうかそうか。役に立てたのなら幸いじゃよ。ほっほっほっ」
老人は明るい声を出して朗らかに笑った。
「ありがとうございました。まあ、スキルの効果が、相殺されてしまっていることは残念ですけれどね」
「むむ? スキルの効果が相殺、じゃと? どれどれ……」
老人はクロトの指摘を受けて、自らの前に彼のステータスを表示させる。
「ああ、本当じゃなぁ。確かにこれは惜しいのう……。せっかくの才能が、それとは正反対の通常スキルの『覇気』によって半減させられているのじゃからな……かといって、一度獲得したスキルを消すことは原則不可能じゃし……」
「原則不可能、ということは、そうでない特殊なケースもあるのですか?」
「うむ、そうじゃよ。管理者側に責任があった場合は、例外として……おおっ、そうじゃっ!!」
「……どうかなさいましたか?」
突然老人が、ポンと手を叩いて叫んだので、クロトは訝しげに顔を顰めた。
「そう、管理者側に何らかの責任があれば、スキルのリセットも可能なのじゃ。お主がこの空間に迷い込んだのは間違いなく儂の責任なのじゃし、これならスキルをリセットしても問題はないんじゃよ」
「ですが、僕がこの世界へ来たことと、今持っているスキルとの間には、何の因果関係もありませんよ?」
「そんなことはどうとでもなる。要は、スキルをリセットする際に、管理者側に何らかの責任が生じていればいいのじゃ。そこに因果関係があるかどうかは問題ではないんじゃよ」
「……案外適当なのですね」
世界の狭間を管理するという割には、あまりにも大雑把なルールだと思った。クロトは、ため息を吐きながら、何とも言えない表情を浮かべる。
とはいえ、おかげで自分に利益があるのだから文句も言えない。
「さあ、そういうことだから、心おきなくスキルをリセットするといい。……ああ、それとリセットした場合、そのスキルを得るのに消費するはずだった分のスキルポイントは戻って来るからの」
にこやかにステータスの数値の操作を勧めてくる老人の言葉を受け、クロトは「覇気8」のスキルをポイントに還元した。
(……と、還元完了。……お、残りのスキルポイントの数値が1から37になったぞ)
その数字になった根拠について考えると、直ぐにある答えが導き出された。すなわち、こういうことだ。
「覇気1」を取得するのに必要なスキルポイントが1ポイント。
「覇気2」へ成長させるのに必要なのが2ポイント。
「覇気3」へ成長させるのに必要なのが3ポイント。
この考えで足していくと合計36ポイント。
そこに元々持っていたスキルポイント1を足せば、合計37になり、現状の数値と一致する。
クロトがどうやってこの答えに辿り着いたのかというと、先程見た「現在取得可能なスキル一覧」から得た情報を参考にしたのである。そこには幾つかのスキルが記されていたのだが、何かのスキルの一段階目を取得するには、いずれもスキルポイントを1点要求されていた。
とにもかくにも、ステータスの操作をし終えたクロトの異世界へ旅立つ準備は完了した。
「では、そろそろ行きたいと思います」
「そうか。では、行くがよい。門を通った先は森のはずじゃから、気をつけての」
「はい。いろいろとありがとうございました。……行ってきます」
クロトは老人と別れの挨拶を交わし、門の中へと入っていったのだった。
異世界に到着
門をくぐった先には、老人の言葉通り、見渡す限りの森が広がっていた。
四方八方に枝を伸ばした木々が鬱蒼と生い茂っており、数メートル先を視認するのも苦労するほどだ。木の葉が風に揺られ、ザワザワと音を立てている。
クロトが一歩足を踏み出すと、土と靴底の擦れる音が小さく響いた。
時間帯はまだ昼前らしい。空には太陽が昇りかけている。
ふと足元に目をやると、明らかに異様な形をした草花が咲いていた。そこで改めてここが異世界だと気づく。
クロトは一度深呼吸をした。その事実を噛み締め、周囲に素早く視線を走らせる。
(……付近に生命反応はなし。いきなり戦闘というのが一番怖かったけど、そうならなかったのは運が良かったね)
手持ちのスキル「索敵3」を使って安全確認を行い、クロトは一息吐いた。
だが警戒は緩めない。「索敵3」では察知できない敵が潜んでいる恐れも捨てきれないからだ。自らの手に余る問題に直面した時は、一瞬の油断が命取りになる。
クロトは緊張感を保ったまま、一番近くにあった樹木に寄り掛かり、「ステータスオープン」と唱えた。
すると、先程白い空間で見たばかりのステータス画面が、再びクロトの前に表示された。基礎能力値自体には特に際立った変化は見られないが、「覇気8」のスキルが綺麗さっぱりなくなっている。ひとまずは魔物に襲われる危険もなさそうなので、クロトはそのままステータスを眺めながら、今後の行動方針について考えることにした。
(まずやるべきことは、水と食料の確保。ついで、寝床は……こういう木の上でいいかな)
クロトは背にした大木を振り仰いで、問題はなさそうだと頷く。
目の前にある木は人間より遥かに大きく、枝も人の胴体並に太い。しかも、登るには足を引っ掛けやすい枝が幾本も伸びている。都会暮らしとはいえ、子供の頃から活発な白奈としょっちゅう一緒に森や樹海に出向いて遊んでいたクロトには、これに登ることくらい息をするかのように容易いことだ。
その上、青々と茂った大木の葉は敵対生物から身を隠すのに都合がいい。地べたに座り込み、大木に背中を預けた体勢で眠るより、よほど安全だろう。
ひとまずは仮の宿だ。ほかにもっと居心地のいい場所を発見したら、そちらへ移ろうと決める。
異世界がどんな場所か分からず、危険な魔物が跋扈している恐れがある以上、まだ陽の明るいうちに寝床を確保しておくことは重要だ。
(森全体のことは分からないけれど、ここいらは割と安全みたいだし、可能なら雑魚キャラ相手に幾らかレベルを上げて戦闘慣れしてから町へ行きたいよね。……異世界なら、いきなり人間と敵対しないとも限らないから)
クロトは、昔読んだライトノベルのとある展開を思い出していた。そのエピソードは、排他的な人間たちが暮らす集落に、何も知らずに入り込んだ冒険者一行がいきなり襲われたり、捕まったりするという理不尽なものだった。そのため、クロトは人里へ行くことに慎重になっていた。
そんなわけで、クロトは早速レベル上げに適したモンスターを探しがてら水と食料を手に入れるため、森の中の探索を開始した。
クロトはまず、ユニークスキル《隠密者》の【気配遮断】と【存在遮断】を使用して魔物に見つからないよう隠密性を上げる。それから森に潜む敵を発見するため、「索敵3」によって神経を研澄ませた。
目的のものを探しつつ、しばらく森の中を歩いていると、少し開けた場所に出た。
(あれは……川だよね。それと、川の水に顔を浸している生物が一体)
クロトは通常スキル「探索4」により、十メートルほど離れた先に小川らしきものを認め、「索敵3」で敵対生物の反応をキャッチした。通常スキル「探索」は、周囲の地形把握に便利だった。肉眼では捉えきれない場所も、ある程度なら視覚的に認識できるのだ。
クロトは音を立てないように小川の近くへ足を運び、その生物の背後に忍び寄っていく。スキルの効果が発揮されているためか、そいつは川の水を夢中で飲んでおり全く気づかない。
目の前の生物は、全身を真っ白い体毛に覆われ、丸っこい体つきをしていた。
触り心地のよさそうな毛並みと、クリッとしたビー玉のような瞳、そしてピンと立った長い耳――。
そのモフモフ感抜群の外見からして、きっとウサギに近い生物なのだろう。
(……特徴を並べると、ほとんどウサギだね。……ただし、一メートル近い大きさと、顎から飛び出した鋭い二本の牙がなければ……だけど)
クロトはすぐに「解析3」を使用した。
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『ファングラビット』
レベル:6/種族:魔獣/年齢:不明/状態:正常
▼基礎能力値
HP:400/MP:0/筋力:35/防御力:30
魔力:0/速力:40/幸運:15
▼通常スキル
「跳躍2」「気配察知1」
====================
(基礎能力値は僕より高いけど、スキルはたいしたことないな。こちらに気づいている様子もなさそうだし、不意打ちで急所を切り裂けば……いけるかな?)
念入りに先制攻撃のシミュレーションをしながら、魔獣を倒す算段をつけるクロト。
クロトはこの場に来る前に拾っておいた先端の尖った木の棒を構えた。抜き足差し足で、徐々にファングラビットの背後に接近する。魔獣を見逃すつもりはない。
なにせ、ファングラビットを倒せば、早々に川の水と肉を入手できるのだ。返り討ちに遭うリスクと、討伐することで得られるリターンを天秤にかけたなら、自ずと行動は決まる。
クロトは、ユニークスキル《隠密者》の【気配遮断】と【存在遮断】に意識をより集中させる。息を殺し、攻撃可能な範囲まで迫ると、尖った木の棒を魔獣に向かって振り上げ――。
その隙だらけな首元へ、思い切り突き刺した。
「グゥゥゥゥゥッ!?」
ファングラビットは、突然自分の身に振りかかってきた災厄に驚きの悲鳴を上げ、辺り構わず暴れ回る。だがクロトは敵の反撃を予期していたため、攻撃の直後に木の棒を放し、後方へ大きく飛び退いていた。
魔獣の首元からは、その体毛とは対照的に真っ赤な鮮血がダラダラと溢れており、激痛のためか我を忘れて目を血走らせている。
その様子を少し離れた場所から窺うクロト。今の一撃は致命傷に近いダメージを与えたはずである。魔獣の残りのHPはどのくらいだろうか。
クロトは再び解析を行う。すると残りのHPは10しかなかった。
(……これなら、あと数回攻撃を加えるだけで倒せそうだな)
わざわざ接近して、反撃を受けるリスクを冒す必要もない。
クロトは距離を取ったまま、足下に落ちていた手頃な石を拾い、魔獣目掛けて全力で投擲した。
ファングラビットは敵対者に襲いかかろうと向き直ったが、既に重傷を負っているため動きも鈍い。
クロトは何度か的を外しながらも、拳大の石を数回命中させることに成功した。
そうして、ついにファングラビットは力尽きたのか動かなくなる。
――その瞬間、クロトの脳内に不思議なアナウンスが流れた。
応援ありがとうございます!
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