クリスタル・サーディア 終わりなき物語の始まりの時

蛙杖平八

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CHAPTER 25

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星岬技術研究所本部棟22階 研究所所長室(兼星岬開自室)


邦哉(ルニア)の叫びは星岬に、彼のハートには届かなかった。

「ちっ」

舌打ちのような音をたてると、星岬は不鮮明な画像を映し出しているモニター画面を見ながら呟いた

「聞こえないなぁ。残念なことだが、時空通信は今回やっと覗けるようになり音声も辛うじて拾える程度の技術を持ったに過ぎず、まだまだ確立していないのだよ、邦哉。
ま、キミが何を言っているのかは概ね見当がつくがね。」

星岬が独りで悦に入っていると、アーデが状況を伝えてきた

「Warning. システムエラー、発生。目標を追尾出来ません。」

「なに?」

「時空通信が維持できません。回線、シャットダウン中・・・」

「何だと? アーデ、応答しろ!」
何度呼んでも応答しないアーデ。
ずっと呼び続けて応答を待つより、出向いた方が速い。
星岬はターニャを呼んだ。

「ターニャ! ターニャ! おい、どうした!?」

だが、ターニャもまた応答なしの状態で星岬には何が何やら・・・。


「ええい、一体なんだというのだ!?」

自分でやった方が速い、と身体に接続された配線を外して外を目指す。
非常口の扉を開けて屋上階にしつらえたデッキに立つと風に吹かれて白衣がなびく。
普通であれば夜半に22階建てビルの屋上階からの眺望に興味など湧かないだろう。
地表をサーチして障害物を特定する。動くものと停止しているものに振り分け、熱を帯びて動くモノをマークして軌道を予測する。
マークを避けて南研究棟への最短ルートを設定。
トレース開始。
地上およそ70m、星岬はデッキの縁でトンッと軽く飛ぶとそのまま自由落下した。


星岬技術研究所 本部棟20階 展望レストラン「ダンデライオン」深夜営業中

準夜勤を終えて何となく集まった裸白衣崇拝者の3人(七三眼鏡男子、六四分け男子、奇麗な青色フレームの眼鏡をかけた女性所員)は、軽く1杯ひっかけたところで3人して窓の外に、落ちていく白衣姿の人影を見てしまってギャーッ!?となった。だが、きっと飲みが足りないのだろうと3人してグイグイ吞んだ結果、「ダンデライオン」の夜間営業売上記録更新に貢献して会計時に再びギャーッ!!!となったのは余談である。



星岬技術研究所本部棟パーキングエリア -> 南研究棟



両脚のダンパーを最大限に活かして着地する。
アスファルト舗装に歪みとクラックが生じる。
着地の衝撃を全身で受け流した為のシステムチェックの字列が視界の中を流れていく。
白衣の乱れを直すと、星岬は歩を進めた。
目的の部屋には直ぐに付いた。
開発主任室、邦哉の部屋だ。
「星岬だ! 入るぞ!!」
声を掛けると中からの返事を待たず入室する。

寝ているはずの邦哉がいない。
これは最初からマズイ展開だ。
さすがに異常を感じる。
邦哉のPCの前で、眼を閉じて座ったまま動く気配がないサーディアに近づく。
星岬はサーディアと向き合うと左手を彼女の肩に置き、顔を覗いて、右手で彼女の閉じた瞼を片方開く。
そしてサーディアの綺麗な瞳を覗き込むと、眼から通信用レーザーを発してアクセスを試みたが、反応は無かった。
次いで星岬はサーディアにそのままになっていたケーブルを自分にさし直して通信を試みるが、サーディアから反応はなかった。
星岬は事態の深刻さを今更ながら理解した。
ここには既に“彼ら”は居ない。
“これ”も既にサーディアにあらず。
星岬は応答なしのアーデ(AHD:Artificial Human Device(人工人間装置))がどうなったのか、確認するとアーデは内部データを初期化され機能を停止していた。
これはどうかと邦哉の愛用のPCを起動すると、マザーボードが起動してOSを求めてきた。
使える状態ではないのだ。

「ぬうううううううう! くにやああああああああ!」

星岬の叫びが南研究棟に響いた。




再び邦哉の夢? フランクスタイン邸


星岬に対しての叫びの後、私は私の送ってきた世界に一番近い世界へ時空移動を果たした様だった。

屋敷に戻った私は玄関に二人を横たえると、ここでの暮らしを胸に刻み込むため一部屋づつ見て回った。
私に人間性を教え、私を人間として扱い、私を人間だと認めてくれた場所。
私の原点。
ここは思い出が強過ぎる。

いよいよ見ていない部屋が二部屋になると、先ずはサディの部屋から見る事にした。
サディは私をここへ誘ったヒトだった。
私は他者との協同生活は、ここでの暮らししか知らないので、想像の域を出ないが、そこは、まるで生活感の無い部屋だった。
クローゼットを開けてみたが、いつも着ていた服が3着と、フォーマル用と思われる黒いドレスが1着あるのみだった。
窓辺に花が飾ってあり、その花瓶に何かが立て掛けてあるのに気が付いた。
親指程度の小さな人形が3体。
ドクトルとサディ、そして、黒猫だ。
サディの手製だろうか?
貰っていこう。
私は3体の人形を手にすると、上着のポケットに入れた。
部屋の入り口に立つと踵を返して亡き部屋の主に深々とお辞儀をした。

サディの部屋を後にすると、ドクトルの部屋に向かった。

途中、私は玄関でギクリとなった。
見間違えたかと思い、頭を左右に振ったが、どうやら見間違いではないらしい。
驚いた理由とは、簡単だ。
死体が立ち上がってこっちを見ていたからだ。
それも、あろう事かその死体というのは、サディだ。
もう、最悪だ!
許せるものではない!
何度私を、否、死者を冒涜すると云うのか!?
私は虚空に向かって叫ぶ態勢に入っていた。
すると、サディが私の口に、立てた人差し指を軽く押し当てて「しー」と合図をした。
この指は熱を感じさせるものだった。

「サディ・・・?」

「あたしはサディではありません、邦哉」
邦哉は正直なところ、これ以上無いくらいにパニックになっていた。
だが同時に、これ以上の助っ人は他に無い、という安心感を感じていた。

「・・・まさか、サーディア、なのか?」

「お𠮟しかりは後で受けます。今は速やかにココを離れましょう」
サディの顔をしたサーディアが私に耳打ちした。

妙な説得力を感じて、邦哉(ルニア)はサーディアの言葉に従う事にした。
だが、その前にもう一仕事、やる事がある。

「私はドクトルの部屋を見ておきたい」
「邦哉の思うように」
サーディアはそう言うと足元を見て毛足の長い異国の織物に腰を下ろした。
邦哉は駆け足でドクトルの部屋に向かった。


入室すると、何か匂うのに気付いた。
そうだ、ドクトルは時々何か細いモノを銜えて煙を吐いていたが、アレの匂いか?
確か・・・シガーと言ったか?
底の浅い木箱に大事そうに並べられた細いモノ、貰おう。
机の上のシガーに手を伸ばしたときに私宛の手紙があるのに気が付いた。
ドクトルの直筆のそれは、私を娘婿に迎える旨を役場へ届け出るため綴られたものと、別にもう一通、アカデミーへの推薦状だった。

私の事を、こんなにも気に掛けてくれていたのだと、ドクトルに黙祷を捧げた。

私は2通の手紙を折れないように手近な木箱にしまうと、ドクトルの黒カバンに詰めた。
ドアを開けて部屋を見渡すように入り口に立つと、深々とお辞儀をした。
「大変お世話になりました! 受けた恩は命ある限り忘れません!」

まだまだ感傷に浸っていたいというのが本音ではあったが、思いを絶つかのようにドアを閉めると、部屋を後にした。


サーディアの所に戻ると、気付いた彼女が立ち上がって迎えてくれる。
彼女の背後にドクトルが横になっている。
良いヒトだった。
本当に、良いヒトだった。
どうしてこんなことに。
死ななきゃならないことを何かしたか?
命を取られるようなことを何かしたか?


何の脈絡もなく、むくりとドクトルが上半身を起こした!

サーディアと私はサッと飛び退きドクトルから距離を取った。

「姐御、旦那、そんなに警戒しないでおくんなさい。」
私とサーディアは、互いの顔を見つめながら、ある答えへ辿り着く


「・・・ターニャ!?」



ルニア(邦哉)は屋敷中に火を点けて回った。
外は陽が傾き薄暗くなり始めていた。
盛大に燃え上がるフランクスタイン邸を後に、3つの人影が森の深奥へと消えていった。


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