高嶺のスミレはオケアノスのたなごころ

若島まつ

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20 熱と引力 - la chaleur et la gravité -

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 はっ。――と、イオネは大きく息を吐いた。
 口付けがこんなに苦しいものだったなんて、知ったつもりで分かっていなかった。多分、この前の夜に経験したものは所謂初心者向けだったのだ。少なくとも、アルヴィーゼ・コルネールにとっては。
 酸素を求めて唇の間に隙間ができると、アルヴィーゼがそれを追いかけるようにもう一度塞いでくる。生き物のように舌が口の中を探り、イオネの身体を造り変える器官を求めているようだ。
 ぐ、と舌を口の奥に押し込まれ、イオネは呻いた。苦しいはずなのに、腹の奥が熱く疼く。まるで、あの夜の感覚を思い出したように。
「ん、ふ…」
 抵抗を試みても、アルヴィーゼの舌が絡まって許さない。唾液が唇からこぼれ、顎を伝って、喉に流れた。
「俺を見ろ」
 アルヴィーゼの夜霧のような声を伴って、指が耳を這う。身体の上にいるアルヴィーゼを見上げると、緑色の強い視線が網のように全身に絡みついた。心臓が痛いほどに打っている。
 こぼれた唾液を絡め取るようにアルヴィーゼの舌が顎へ、喉へと伸びてきて、イオネの肌をゾクゾクと震わせ、胸元をくすぐる黒髪が別の快感を肌の上に生んだ。
 アルヴィーゼの手のひらがドレスの上から胸を覆うと、その先端が反応して硬くなった。直接触られていなくても分かる。
 からだが勝手に、この男を求め始めている。
「ぅあ、いや」
 イオネはアルヴィーゼの手首を掴んで阻止しようとしたが、アルヴィーゼは片手でやすやすとイオネの両方の手首を拘束し、頭上に押しつけた。
「いやかどうかは身体に訊く」
「あっ…!」
 アルヴィーゼは身を捩ったイオネの脚の間に膝をつき、首筋に吸い付きながら片手でドレスの背中の留め具を外して襟を開き、そのまま布を引き下ろして白い肌を暴いた。
 こぼれるように露わになった豊かな乳房の先端が、熟す直前の果実のように淡く色付いている。アルヴィーゼがそこに吸い寄せられるように口づけし、舌を這わせると、イオネが小さく悲鳴を押し殺して、膝を閉じようともぞもぞさせた。
 スカートの裾からアルヴィーゼの手が這い、膝を這い上がって腿を伝い、容赦なく下着を剥いで中に触れた。この瞬間に、小さな衝撃と耐えがたい羞恥がイオネを襲った。
「あぁっ…」
 胸を食むアルヴィーゼが吐息で笑うと、先端にピリピリと痺れが走る。
「なかったことにできるのか」
 アルヴィーゼの指が秘所に触れ、浅い部分を探っている。
「直接触れもしないうちから、こんなに熱くしているくせに」
 指が動くたびに湿った音が自分の内側から響く。同時に胸の先端を舌で弄ばれると、どうしようもないほどに身体が疼いて勝手に腰が揺れた。両手を強い力で拘束され、何かにしがみつくこともできない。
 ――恥ずかしい。こんなふうに反応してしまう身体も、受け入れている自分も正気ではない。
 イオネは無意識のうちに下唇を噛み締めていた。身体の奥深くから、奔流がやってくる。
「目を逸らすな、教授」
 こんな手荒にされているのに、イオネは命じられるままアルヴィーゼの目を見た。まるで何かおかしな引力が働いているようだった。
 秘所は滴るほどに濡れてアルヴィーゼの指を奥へ咥え込み、上部の突起が刺激を与えられるまま感度を増して、膨らんでゆく。
「あ、ああっ――!」
 イオネは腰をぶるりと震わせてアルヴィーゼが導くまま昇り詰めた。

 呼吸を整える間も与えず、アルヴィーゼはズボンの前を寛げ、熱くなった身体の一部でイオネの中心に触れた。
 スミレ色の目が、蕩けている。アルヴィーゼがしなやかな脚を臀部から抱えるように持ち上げて、イオネの視界の正面で脹脛ふくらはぎに口付けをすると、イオネが悔しそうに目を細めてその瞳を潤ませた。
 ぞく、とアルヴィーゼの背を興奮が奔った。
 この女は、まだ快楽に抗う気なのだ。
 愛らしい膝へ、腿へと唇で辿ってゆくにつれ、イオネの息遣いが甘く熱を帯びてゆく。
 アルヴィーゼはイオネの内側にゆっくりと中指を入れてよく反応する上の壁を探り、手の甲へ蜜が滴るほどに濡れてイオネの身体が緊張を始めた頃、絶頂がイオネを襲う前に指を抜いた。
 戸惑うように揺れたイオネの目が、アルヴィーゼの嗜虐心をひどく煽った。こんなに素直な身体をしておきながら、よく今まで誰にも汚されずに生きて来られたものだ。
「あ――…ッ」
 アルヴィーゼは膝を抱えたまま、ひと息にイオネの中に押し入った。まだ痛いほどにきついが、内部は既に快楽に蕩けて熟れ、硬くなったアルヴィーゼの一部を受け入れながら蜜を溢れさせている。
「は…、痛いか」
 声が上擦る。激しい快感のせいだ。無意識のうちにイオネが内部を締めつけ、アルヴィーゼの欲望をますます深くする。
 イオネは懊悩するように首を振り、涙を浮かべて恨みがましくアルヴィーゼの顔を見上げた。
「…っん、おっきくて、苦しいの」
「ふ」
 アルヴィーゼが柔らかく目を細めてイオネの頬に触れた瞬間、イオネの鳩尾が壊れてしまうのではないかと思うほどに捻れた。捻れは血流に乗って心臓へ到達し、体内にあるアルヴィーゼの肉体をいやというほど熱く感じさせた。
「教授」
 びくりと身体が跳ねる。まるで呪いにかかったように、アルヴィーゼから目が逸らせない。
 目の前の男が何か苦しいものに耐えるように秀麗な顔を歪めている姿が、どういうわけかイオネの胸を熱くした。
「ん、あっ」
 アルヴィーゼが腰を引いてもう一度奥へ入ってくる。
 身体のいちばん深いところに男の身体の先端が届くと、そこから全身に火花が散り、耐え難いほどの衝撃を受けた。
 自分でもわかる。一度焦らされたせいで、いやになるほどこの男がもたらす快感に反応している。
「俺の目を見ていけ。誰がお前の中にいる」
「やっ…」
 膝を抱えるように高く上げられ、ガツガツと奥を叩き付けるように激しい律動が繰り返されると、イオネはいつの間にか解放されていた手をアルヴィーゼの広い肩に回してシャツにしがみつき、縋るように声を上げていた。
「あっ、あッ…!公爵――」
 やめて。と、言えなかった。肉体がその先の絶頂を望み、激しく襲ってくる猛威にとうとう意識を解放してしまった。
 内部がひくひくとアルヴィーゼの肉体をきつく締め上げ、とろとろとした快感の余韻が意識を包む。イオネは息を荒くして、身体の上で荒い呼吸を繰り返すアルヴィーゼを見上げた。
 美しい緑色の目が黒い睫毛の影を映し、熱を孕んでこちらを見つめている。
 食らいつかれるような口付けが降ってくると、イオネはその激しさと苦しさに喘いで舌が侵入してくるのを許した。肌の上から、脈動が伝わってくる。
 次の瞬間にイオネが息を呑んだのは、まだ中に収まったままのアルヴィーゼの身体の一部がひくりと硬さを増して再び動き始めたからだ。
「ちょっと、待って。もうできない…」
「まさか、あれで終わると思ったのか」
 アルヴィーゼの声が意地悪く弾んでいる。イオネの懇願を聞き入れる気など全くないのだ。
「あ…!」
 イオネは内部を突かれて悲鳴を上げた。
「ああ、ほら。また溢れてきた」
 アルヴィーゼの低い声が耳を舐め、大きな手のひらが乳房が覆って先端の実を撫で、もう片方の手がイオネの官能を呼び覚ますように繋がった場所を愛撫した。
 身体の奥が熱い。開かれて間もないはずなのに痛みはなく、ただふたつの器官が擦れ合うたびに大きく膨らんでゆく快楽が、全ての感覚を支配した。
「は、ああ…だめ」
 突然アルヴィーゼが体内から抜け出て、イオネに喪失感をもたらした。ひくりと内部が物欲しそうに動いたのを、アルヴィーゼは見逃さなかった。
 アルヴィーゼはイオネの身体の至る場所に啄むような口付けをして、イオネの身体を俯せに返し、驚いて起き上がろうとしたイオネの手首を掴んで寝台へ押し付け、もう片方の手で腰を掴んだ。
「こ、公爵…」
 イオネが弱々しく言い、顔を後ろへ向けた。咎めたいようだが、逆効果だ。スミレ色の瞳が濡れて蕩けたまま、熱に浮かされたような声で呼ばれたのでは、とても解放などしてやれない。
 アルヴィーゼはイオネの丸い臀部をするりと撫でて鼠蹊部から腿へ手のひらを滑らせ、脚を開かせて、膝をつかせた。
 脚の間に指を滑らせると、びくびくと脚が震え、中は腿に垂れるほど濡れて、熱くなっている。
「あ。もう、だめ…」
 イオネが抵抗を試みて後ろへ伸ばした腕を、アルヴィーゼは無慈悲にも掴んで止め、そのまま後ろからイオネの身体を貫いた。
「ああっ――!!」
 イオネの内部がぎゅうぎゅうと締まって蠢いている。
「いってしまったな、教授」
 アルヴィーゼは酷薄に笑った。イオネがひくひくと内部を収縮させながら、責めるような目を向けてくる。
「こんなに悦がっては――」
 腰を引いてもう一度奥へ進むと、イオネの中から蜜の溢れる音がした。イオネは耳まで赤く染めて、与えられる快楽を拒もうとしている。
(無駄だ、イオネ)
 アルヴィーゼは胡桃色の長い髪が乱れたその隙間から白い背を覗かせる様子を愉悦に満ちた気分で眺め、背後からイオネの腰に腕を絡めて、熱く濡れて膨らんだ秘所の実を撫でた。
「――もう何も知らない身体には戻れないな」
 どっ、とイオネの心臓が跳ねた。凶暴なほどの快楽が全身を襲い、底の見えない渦に堕ちていくようだ。
 後ろから自分も知らない身体の奥を何度も抉られ、もう何度目かもしれない絶頂を味わわされて、喉が痛くなるほどの悲鳴をあげたとき、アルヴィーゼが堪りかねたようにイオネの身体を離した。
 イオネが何をされているのか理解する前に、身体が仰向けに投げ出された。体勢を整える暇もなく、膝を大きく広げられて、噛み付くように唇を重ねられた。舌が触れ合い、イオネの身体の内側が熱を増した。
 アルヴィーゼの硬い身体が重なり、奥へもう一度、激しい熱が入ってくる。
「んんー!」
 これ以上はおかしくなる。いや、もう手遅れかもしれない。
 アルヴィーゼの目が、全身を灼くような強さでイオネを射貫き、イオネの中に燻る快楽を解き放つように腹の奥を穿つ。
「も、だめ…、あっ――」
 イオネが全身を震わせて今までで最も大きな波に呑まれた瞬間、その肢体を拘束するようにきつく抱きしめながら、アルヴィーゼが獣のように呻いてその中に欲望を解き放った。
 イオネは脱力したアルヴィーゼが身体を預けてきた時に初めて、はだけたシャツの下からその肉体にしがみついて男の肌に爪を立てていたことに気づいた。
(どうして)
 アルヴィーゼが溶けそうなほど熱い呼吸を繰り返し、体内で脈動している。
 次に驚くほど優しい口付けが降ってきた時、イオネはこの行為の意味について考えることをやめた。
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