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49 うつろう季節 - la troisième saison -
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コルネール邸での夜宴が終わってからというもの、慌ただしく時間が過ぎた。
妹たちは宴の翌日にどういうわけか揃って二日酔いの状態でユルクスを出発し、それぞれの家族のもとへ帰って行った。馬車に乗り込む前、クロリスはイオネにこんなことを言い残していた。
「きっとすぐに母さまから便りがあるわよ」
何か笑い話でもするような調子だったが、イオネにとっては面白くもなんともない。母デルフィーヌは当然、結婚について言及するだろう。
何しろこれまで学問にしか興味を示さず、親類からもたらされる縁談を庭の雑草を抜いて捨てるように切り捨て続けてきた妙齢の娘に、突然恋人と呼ぶべき男が現れたのだ。しかも相手が公爵となれば、クレテの名を誇る母親がこの好機を見過ごすはずがない。
それだけでなく、もしかしたら長らく疎遠だった伯母のラヴィニアと結託することも有り得る。ラヴィニアはイオネがシルヴァンとの縁談を正式に断る旨の書面を書き送ったとき、遣り手のこの女性にしては奇妙なほどすんなりと破談を受け入れた。無論、理由はイオネの恋の相手がルドヴァン公爵アルヴィーゼ・コルネールであるということだ。
しかし、今のイオネにとっては、途方もないことだ。
男性と深い仲になることさえ、少し前まで想像もできないことだった。アルヴィーゼと恋仲になったからと言って、自分がルドヴァン公爵の妻になることなどは、正直言って想像の範疇を超えている。
ところが、幸運にも――と言うべきかどうか、クロリスの予言は当たらなかった。クロリスがパタロアへ帰ったと同時に詳細すぎるイオネの近況が母デルフィーヌの耳に入ったはずだが、それから半月が経過しても便りはない。
ちょっと不気味な感じはするが、イオネは元来、興味の外にある物事に関して頓着しない質だ。
(まあ、いいか)
と、イオネは最後に見たクロリスのニタニタ顔を頭から追い出して、女学生たちから集めた短い論文の束を手に取った。
今は不明瞭な事柄に現を抜かしている暇はない。
季節は間もなく冬を迎えようとしている。冬になると商船の往来が減り、物流が滞り、働く人々の手も止まる。そして、彼らの心を慰め、或いは浮つかせる祝祭の季節が始まるのだ。
十二月から一月にかけてのユルクスでは、荒れやすい冬の海を鎮めるための海の女神の祭や、冬には特に貴重な存在になる太陽を崇めるための太陽神の祝祭に加え、その年の豊作を感謝する祭、年末の宴や新年の宴と、とにかく祭事が多い。
そして、そういう空気にふわふわと現を抜かす学生たちの手綱を握るのが、教授たるイオネの役割である。
この夏から受け持っている学生たちはもとより優秀だが、三か月足らずの間にマルス語表現の幅が大いに広がり、拙いながらも豊かな文章表現が身についてきた。読解力や語彙力についても、成果は上がっている。
「……バシルはこの水準を遙かに超えているから、入学させるとしたらやっぱり次の夏ね…」
イオネは青いインクで論文の文章の脇に書き込みを入れながら、別のことを呟いた。口から声が出ていることにも気付かない。
「…ブロスキ教授に預けるのがいいかしら。フェリクス教授は若手を大事にしてくださるけど、専門分野が数学だし…」
真鍮のペン置きでペンを休ませ、首を左右に回して論文の次のページをめくった瞬間、手の内から紙の束が消えた。
「そんなことは本人に決めさせろ」
顔を上げると、奪い取った論文を戦利品のように掲げて持つアルヴィーゼがいる。
「声に出ていた?」
「誰かと喋っているんじゃないかと思うほどにな」
アルヴィーゼがニヤリと笑った。
「大事な助手の将来のことだから、真剣に悩んでいるのよ」
「それなら尚更、お前だけで考えず助手殿に選ぶ機会をやれ」
一理ある。イオネはふむ、と腕を組んだ。
「それもそうね。さあ、可愛い学生たちの論文を返してちょうだい」
「今夜の仕事はもう終いにすると言うなら返してやる」
「あと一枚だけでお終いにするわ」
「もう晩餐の支度が整っている。侍女が待っているぞ」
「それを早く言ってよ」
イオネはアルヴィーゼの手から論文を取り返し、机に揃えて席を立った。この時、差し伸べられた手を迷いなく取ってアルヴィーゼを密かな愉悦に浸らせたが、イオネには自覚がない。
「ソニアを寄越してくれたらいいのに。わざわざ公爵が自ら足を運ぶことはないでしょう」
「明日から暫く領地に行くと言ってあっただろう。少しでもお前と過ごしたい気持ちを咎めるつもりではないだろうな」
「う」
顔が熱くなった。こういう甘ったるいやりとりには慣れる気がしない。耳まで赤くなるのがバレないように、イオネは髪をプルプルと振って耳を隠した。
廊下を歩き始めると、アルヴィーゼが視線だけを動かしてイオネを見た。秀麗な目が優しく細まって、イオネをひどく落ち着かない気持ちにさせる。こうして見ると、平素の不遜な態度が現実と思えないほど穏やかで紳士的だ。
(この人が二つの王国の君主の血を受け継いでいるというのも、納得ね)
それを思うたびに、母から便りが来たらどう返そうかと悩ましくなる。そして、考えに耽る前に思考に蓋をするのだ。
「領地からはいつ戻るの?」
と、食後のデザートを待っている間に訊ねてみた。アルヴィーゼが眉の下を暗くした理由は、イオネには分からない。
「長くて半月だ。領地の冬支度を済ませ次第戻る」
自分の領地のことだというのに、気乗りしない言い方だ。
「そう。雪が降る前に戻れるといいわね」
イオネは軽快に応えて、デザートを運んできたソニアに礼を告げた。スミレの砂糖漬けが中央に乗せられた白いムースをスプーンで掬い、口に運んで顔を上げると、アルヴィーゼがデザートに手を付けずこちらをじっと見つめている。
「なに?」
「本当ならお前も連れて行きたい」
もう一度救ったムースがぽとりとガラスの皿に落ちた。
「う…あの、そうなのね」
イオネは頬を赤くしてあたふたと取り乱した。こういう時に「無理よ」などとにベなく言うことがなくなったあたりは、イオネの大きな変化だろう。
「冬休み前の試験とバシルの入学準備で忙しいの。それに、家族以外の都合で休暇を取ることは、職務規定上できないわ」
アルヴィーゼはいつものように不遜に笑んだ。
無論、知らぬはずがない。イオネがどういう環境に置かれ、どういう条件で大学の教授として働いているかは、既にその契約書類の写しまで、やや不当な手段で入手している。
(まどろっこしい)
アルヴィーゼは内心で苛立ってもいた。
ここが王国だったら公爵の権力でどうとでもできるものを、いかに身分が高く金を持っていようと、共和国――特にその学界においては、ルドヴァン公爵も実業家のひとりに過ぎない。
しかし、権力を振りかざしてイオネの休暇を勝ち取ったところで、イオネの頭を仕事が占めているのでは意味がない。
食後の紅茶が半分減った頃、アルヴィーゼはおもむろに席を立ち、狼が獲物に近付くような足取りでイオネの後ろへ回り込んだ。
ゆるく波打つ胡桃色の髪が燭台の灯りを受け、蜜色に輝いている。
アルヴィーゼはイオネの髪を後ろへそっとまとめ、露わになった耳に口付けをした。正面から顔を見なくても、スミレ色の瞳が熱っぽく潤んでいることは、アルヴィーゼには肌で感じるように分かる。
「月のものは終わったな」
「な、何で知ってるの」
「知らないとでも?」
アルヴィーゼの唇が淫靡な弧を描いてイオネをぞくりとさせた。
(ああ――)
アルヴィーゼは水を掴むような思いでイオネの身体を腕の中に抱いた。
(離したくない)
できることなら懐に入れて肌身離さず持っておきたい程だ。
終日目の届くところに置いておきたいし、その唇が他の男の名を呼ぶことでさえ厭わしい。しかし、堂々と国を跨いで肌身離さず連れ立つには、名分が足りない。それを得るには、必要な手順が多すぎる。
アルヴィーゼはその苛立ちを、イオネの身体に衝撃を与えることで晴らそうとした。
「あ…!」
イオネが身体を捩りながら呼吸を乱すほど入念に脚の間を舌で解し、指先で秘所の奥の官能をひらき、甘い悲鳴を上げさせた。
身体が熟れてくると、アルヴィーゼはイオネの唇を貪った。身体の内側が熱く熟して指を締め付け、訴えるような眼差しでイオネがこちらをひたと見つめてくる。
イオネの白い腕に背を包まれた時、アルヴィーゼはイオネの柔らかい肉体を腕に抱いて、その中に入った。
息を奪われるほどの快楽と恍惚が襲ってくる。イオネの内部がまるでアルヴィーゼのために誂えたのではないかと思うほどに、びったりと吸いついてくる。
うわごとのように名を呼ぶ声が、くらくらと意識を支配した。
イオネが男の熱を受け入れ、悦楽の果てに意識を放り出した後、アルヴィーゼはイオネの秘所を手巾で拭い、毛布をイオネの肩までかけてやった。汗ばんだ身体が夜気に冷やされる。
寝台から下りてシャツを被った直後、ふと、小指に何かが触れた。
後ろを振り返ると、毛布の膨らみの下から白い腕が伸びて、細い指が触れているのか触れていないのかわからないほどに弱々しくアルヴィーゼの小指を掴んでいる。
もそもそと毛布の山が蠢き、柔らかな長い髪が毛布の隙間から枕へと流れ出て、毛布の下からとろりと眠たそうな眼が覗いた。
「まだいて」
微風の中の葉擦れのような、ささやかな声だ。
「水を取りに行くだけだ」
アルヴィーゼが低い声で言い、イオネの指が絡んだまま手の甲で頬に触れると、安心したのか、イオネはそろりと指を離した。
「もう行ってしまうのかと思った」
アルヴィーゼは小さな驚きでもって、その姿を見た。
(なるほどイオネは心を許すとこうなるのか)
いや、単に睡魔がそうさせているのかもしれない。が、どちらでもいい。せっかくシャツを着たところなのに、このように煽られては忍耐など無用だ。
アルヴィーゼはマントルピースの上の水差しから口の中に水を流し込み、とろとろと眠りに落ち始めたイオネの肩を仰向けに返して、口に含んだ水をその甘やかな唇に注ぎ込んだ。
抵抗しても慈悲を見せるつもりなどなかった。が、イオネは気だるそうに唸りながら、再び覆い被さってくるアルヴィーゼの胸に甘えるような仕草を見せた。
「発つ前にちゃんと起こして…」
このまま満足な会話もできずに意識を失う予感があるのだろう。イオネなりにしばしの別れを惜しんでいるのだ。
イオネは三度果てた後で、アルヴィーゼの肉体を身体の中に受け入れたまま、眠りに落ちた。
妹たちは宴の翌日にどういうわけか揃って二日酔いの状態でユルクスを出発し、それぞれの家族のもとへ帰って行った。馬車に乗り込む前、クロリスはイオネにこんなことを言い残していた。
「きっとすぐに母さまから便りがあるわよ」
何か笑い話でもするような調子だったが、イオネにとっては面白くもなんともない。母デルフィーヌは当然、結婚について言及するだろう。
何しろこれまで学問にしか興味を示さず、親類からもたらされる縁談を庭の雑草を抜いて捨てるように切り捨て続けてきた妙齢の娘に、突然恋人と呼ぶべき男が現れたのだ。しかも相手が公爵となれば、クレテの名を誇る母親がこの好機を見過ごすはずがない。
それだけでなく、もしかしたら長らく疎遠だった伯母のラヴィニアと結託することも有り得る。ラヴィニアはイオネがシルヴァンとの縁談を正式に断る旨の書面を書き送ったとき、遣り手のこの女性にしては奇妙なほどすんなりと破談を受け入れた。無論、理由はイオネの恋の相手がルドヴァン公爵アルヴィーゼ・コルネールであるということだ。
しかし、今のイオネにとっては、途方もないことだ。
男性と深い仲になることさえ、少し前まで想像もできないことだった。アルヴィーゼと恋仲になったからと言って、自分がルドヴァン公爵の妻になることなどは、正直言って想像の範疇を超えている。
ところが、幸運にも――と言うべきかどうか、クロリスの予言は当たらなかった。クロリスがパタロアへ帰ったと同時に詳細すぎるイオネの近況が母デルフィーヌの耳に入ったはずだが、それから半月が経過しても便りはない。
ちょっと不気味な感じはするが、イオネは元来、興味の外にある物事に関して頓着しない質だ。
(まあ、いいか)
と、イオネは最後に見たクロリスのニタニタ顔を頭から追い出して、女学生たちから集めた短い論文の束を手に取った。
今は不明瞭な事柄に現を抜かしている暇はない。
季節は間もなく冬を迎えようとしている。冬になると商船の往来が減り、物流が滞り、働く人々の手も止まる。そして、彼らの心を慰め、或いは浮つかせる祝祭の季節が始まるのだ。
十二月から一月にかけてのユルクスでは、荒れやすい冬の海を鎮めるための海の女神の祭や、冬には特に貴重な存在になる太陽を崇めるための太陽神の祝祭に加え、その年の豊作を感謝する祭、年末の宴や新年の宴と、とにかく祭事が多い。
そして、そういう空気にふわふわと現を抜かす学生たちの手綱を握るのが、教授たるイオネの役割である。
この夏から受け持っている学生たちはもとより優秀だが、三か月足らずの間にマルス語表現の幅が大いに広がり、拙いながらも豊かな文章表現が身についてきた。読解力や語彙力についても、成果は上がっている。
「……バシルはこの水準を遙かに超えているから、入学させるとしたらやっぱり次の夏ね…」
イオネは青いインクで論文の文章の脇に書き込みを入れながら、別のことを呟いた。口から声が出ていることにも気付かない。
「…ブロスキ教授に預けるのがいいかしら。フェリクス教授は若手を大事にしてくださるけど、専門分野が数学だし…」
真鍮のペン置きでペンを休ませ、首を左右に回して論文の次のページをめくった瞬間、手の内から紙の束が消えた。
「そんなことは本人に決めさせろ」
顔を上げると、奪い取った論文を戦利品のように掲げて持つアルヴィーゼがいる。
「声に出ていた?」
「誰かと喋っているんじゃないかと思うほどにな」
アルヴィーゼがニヤリと笑った。
「大事な助手の将来のことだから、真剣に悩んでいるのよ」
「それなら尚更、お前だけで考えず助手殿に選ぶ機会をやれ」
一理ある。イオネはふむ、と腕を組んだ。
「それもそうね。さあ、可愛い学生たちの論文を返してちょうだい」
「今夜の仕事はもう終いにすると言うなら返してやる」
「あと一枚だけでお終いにするわ」
「もう晩餐の支度が整っている。侍女が待っているぞ」
「それを早く言ってよ」
イオネはアルヴィーゼの手から論文を取り返し、机に揃えて席を立った。この時、差し伸べられた手を迷いなく取ってアルヴィーゼを密かな愉悦に浸らせたが、イオネには自覚がない。
「ソニアを寄越してくれたらいいのに。わざわざ公爵が自ら足を運ぶことはないでしょう」
「明日から暫く領地に行くと言ってあっただろう。少しでもお前と過ごしたい気持ちを咎めるつもりではないだろうな」
「う」
顔が熱くなった。こういう甘ったるいやりとりには慣れる気がしない。耳まで赤くなるのがバレないように、イオネは髪をプルプルと振って耳を隠した。
廊下を歩き始めると、アルヴィーゼが視線だけを動かしてイオネを見た。秀麗な目が優しく細まって、イオネをひどく落ち着かない気持ちにさせる。こうして見ると、平素の不遜な態度が現実と思えないほど穏やかで紳士的だ。
(この人が二つの王国の君主の血を受け継いでいるというのも、納得ね)
それを思うたびに、母から便りが来たらどう返そうかと悩ましくなる。そして、考えに耽る前に思考に蓋をするのだ。
「領地からはいつ戻るの?」
と、食後のデザートを待っている間に訊ねてみた。アルヴィーゼが眉の下を暗くした理由は、イオネには分からない。
「長くて半月だ。領地の冬支度を済ませ次第戻る」
自分の領地のことだというのに、気乗りしない言い方だ。
「そう。雪が降る前に戻れるといいわね」
イオネは軽快に応えて、デザートを運んできたソニアに礼を告げた。スミレの砂糖漬けが中央に乗せられた白いムースをスプーンで掬い、口に運んで顔を上げると、アルヴィーゼがデザートに手を付けずこちらをじっと見つめている。
「なに?」
「本当ならお前も連れて行きたい」
もう一度救ったムースがぽとりとガラスの皿に落ちた。
「う…あの、そうなのね」
イオネは頬を赤くしてあたふたと取り乱した。こういう時に「無理よ」などとにベなく言うことがなくなったあたりは、イオネの大きな変化だろう。
「冬休み前の試験とバシルの入学準備で忙しいの。それに、家族以外の都合で休暇を取ることは、職務規定上できないわ」
アルヴィーゼはいつものように不遜に笑んだ。
無論、知らぬはずがない。イオネがどういう環境に置かれ、どういう条件で大学の教授として働いているかは、既にその契約書類の写しまで、やや不当な手段で入手している。
(まどろっこしい)
アルヴィーゼは内心で苛立ってもいた。
ここが王国だったら公爵の権力でどうとでもできるものを、いかに身分が高く金を持っていようと、共和国――特にその学界においては、ルドヴァン公爵も実業家のひとりに過ぎない。
しかし、権力を振りかざしてイオネの休暇を勝ち取ったところで、イオネの頭を仕事が占めているのでは意味がない。
食後の紅茶が半分減った頃、アルヴィーゼはおもむろに席を立ち、狼が獲物に近付くような足取りでイオネの後ろへ回り込んだ。
ゆるく波打つ胡桃色の髪が燭台の灯りを受け、蜜色に輝いている。
アルヴィーゼはイオネの髪を後ろへそっとまとめ、露わになった耳に口付けをした。正面から顔を見なくても、スミレ色の瞳が熱っぽく潤んでいることは、アルヴィーゼには肌で感じるように分かる。
「月のものは終わったな」
「な、何で知ってるの」
「知らないとでも?」
アルヴィーゼの唇が淫靡な弧を描いてイオネをぞくりとさせた。
(ああ――)
アルヴィーゼは水を掴むような思いでイオネの身体を腕の中に抱いた。
(離したくない)
できることなら懐に入れて肌身離さず持っておきたい程だ。
終日目の届くところに置いておきたいし、その唇が他の男の名を呼ぶことでさえ厭わしい。しかし、堂々と国を跨いで肌身離さず連れ立つには、名分が足りない。それを得るには、必要な手順が多すぎる。
アルヴィーゼはその苛立ちを、イオネの身体に衝撃を与えることで晴らそうとした。
「あ…!」
イオネが身体を捩りながら呼吸を乱すほど入念に脚の間を舌で解し、指先で秘所の奥の官能をひらき、甘い悲鳴を上げさせた。
身体が熟れてくると、アルヴィーゼはイオネの唇を貪った。身体の内側が熱く熟して指を締め付け、訴えるような眼差しでイオネがこちらをひたと見つめてくる。
イオネの白い腕に背を包まれた時、アルヴィーゼはイオネの柔らかい肉体を腕に抱いて、その中に入った。
息を奪われるほどの快楽と恍惚が襲ってくる。イオネの内部がまるでアルヴィーゼのために誂えたのではないかと思うほどに、びったりと吸いついてくる。
うわごとのように名を呼ぶ声が、くらくらと意識を支配した。
イオネが男の熱を受け入れ、悦楽の果てに意識を放り出した後、アルヴィーゼはイオネの秘所を手巾で拭い、毛布をイオネの肩までかけてやった。汗ばんだ身体が夜気に冷やされる。
寝台から下りてシャツを被った直後、ふと、小指に何かが触れた。
後ろを振り返ると、毛布の膨らみの下から白い腕が伸びて、細い指が触れているのか触れていないのかわからないほどに弱々しくアルヴィーゼの小指を掴んでいる。
もそもそと毛布の山が蠢き、柔らかな長い髪が毛布の隙間から枕へと流れ出て、毛布の下からとろりと眠たそうな眼が覗いた。
「まだいて」
微風の中の葉擦れのような、ささやかな声だ。
「水を取りに行くだけだ」
アルヴィーゼが低い声で言い、イオネの指が絡んだまま手の甲で頬に触れると、安心したのか、イオネはそろりと指を離した。
「もう行ってしまうのかと思った」
アルヴィーゼは小さな驚きでもって、その姿を見た。
(なるほどイオネは心を許すとこうなるのか)
いや、単に睡魔がそうさせているのかもしれない。が、どちらでもいい。せっかくシャツを着たところなのに、このように煽られては忍耐など無用だ。
アルヴィーゼはマントルピースの上の水差しから口の中に水を流し込み、とろとろと眠りに落ち始めたイオネの肩を仰向けに返して、口に含んだ水をその甘やかな唇に注ぎ込んだ。
抵抗しても慈悲を見せるつもりなどなかった。が、イオネは気だるそうに唸りながら、再び覆い被さってくるアルヴィーゼの胸に甘えるような仕草を見せた。
「発つ前にちゃんと起こして…」
このまま満足な会話もできずに意識を失う予感があるのだろう。イオネなりにしばしの別れを惜しんでいるのだ。
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