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52 帰るべき海 - un foyer -
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イオネは真夜中に目を覚ました。いつも朝まで深く寝入っているのに、この夜は違っていた。少し前に同じ布団に潜り込んできた男のせいだ。
身体を強く包む腕にそっと触れ、小さく唸ってもぞもぞと身体の向きを変えると、ローズマリーの石鹸の香りに混じってアルヴィーゼの肌の匂いが鼻腔に満ちた。温かくて、胸がざわつく。それなのに、ここ数日張り詰めていたものが不思議と解れた。
「起こしたか」
「ぅん…おかえりなさい」
「ちょうどいい」
イオネは意識の底でアルヴィーゼの言葉を聞いた。自分を覆う腕が離れ、湿った髪が胸元をくすぐって腹へと降りてきたのを、寝衣越しに感じる。
(……‘ちょうどいい’?)
イオネがまぶたの奥で疑問に思ったときには、アルヴィーゼの手が寝衣の裾から中に入り、腿の内側の薄い皮膚に唇が触れていた。
「ン…ちょっと…」
「ダメか?」
アルヴィーゼが吐息で笑った。掠れた声の奥に、熱が滲んでいる。
「あ…だめ…」
イオネはようやくまぶたを開いて膝の間に入り込んでくるアルヴィーゼの頭を掴んだが、容易く下着を剥ぎ取られて開かされた脚の間に口付けをされると、途端に抵抗する力を奪われた。肌に熱が走って、腹の奥が熱くなり、甘い痺れが脳にまで届く。
「ここはそうは言っていない」
指が秘所に触れ、湿り気のある音が暗闇の中でやけに大きく聞こえた。アルヴィーゼが秘所の上部で膨らんだ実に吸い付き、同時に指が奥へと入ってくる。
「んぁ…あっ!」
奥を指で探られ、感じやすい場所を舌で弄ばれて、しばらく触れられていなかったイオネの肉体はいとも簡単に絶頂を迎えてしまった。自分でもこの単純さに嫌気が差すほど、身体が貪欲にアルヴィーゼを欲している。
アルヴィーゼはイオネのもので濡れた長い指を舐め、暗闇の中で淫らに笑った。
「何日もずっと堪えていた。わかるか」
イオネはばくばくと身体の中で飛び跳ねる心臓の音を聞きながら、雨雲のように覆い被さってくるアルヴィーゼの熱く硬い肉体に腕を回した。
腹のあたりに、鋼鉄のように硬くなったアルヴィーゼの一部が当たっている。
「う。あの、これって…」
「ああ。だから、今すぐ鎮めてくれ」
アルヴィーゼの一部が中心に擦れ、そこが互いのもので濡れて滑り、今まで眠っていたイオネをひどく淫蕩な気分にさせた。
「あ――」
アルヴィーゼがゆっくりと中に入ってくる。
「…ッ、ああ、イオネ。毎晩こうする妄想をしていた」
「お、おかしいんじゃないの」
「もう知っているだろう。俺がお前を前にするとどうなるか」
アルヴィーゼが暗闇の中で柔らかく笑み、イオネの頬を手のひらでそっと覆って深い口付けを落とした。
からだの奥に刻みつけられる律動が、暗闇の中に辛うじて保っていたイオネの正気を剥いでゆく。
「お前は?」
アルヴィーゼが乳房の先端を指で優しく撫で、耳朶を噛みながら言った。
「この寝台で眠りにつくとき、俺を思い出したか」
「んん…」
イオネが顎を引くと、アルヴィーゼが強く奥を突いた。イオネは堪らずアルヴィーゼの腕に爪を立てたが、アルヴィーゼは痛そうな反応など微塵も見せず、何故か嬉しそうに息を上げた。
「ここを、自分で慰めたか」
繋がった場所をアルヴィーゼの指がなぞり、突起をくすぐった。火花が頭の中で散り、腹の奥で受けるアルヴィーゼの衝撃が、更に強くなる。
「あっ…。し、してないわ」
「ならいい。俺以外がここに入るのは許せないからな。例えこの可愛い指でも」
アルヴィーゼがイオネの右手に自分の手を重ねて指を絡め、自分の唇へ運んで口付けをした。イオネの心臓は今にも破れてしまいそうな程に強く打ち、胃の中で小さな鹿が跳ね回っているように落ち着かない。
やはりこの男は正気ではない。それでも、この狂気が堪らなく愛おしいと感じてしまうのは、自分もとうに正気ではないからだ。
「へんね…」
イオネは身体の奥にアルヴィーゼの衝動を受け、息も絶え絶えになりながら声を発した。アルヴィーゼのエメラルドの瞳が柔らかく熱を帯びて、弧を描いている。
「何が」
「あなたみたいな人に、こんなに会いたかったなんて…」
「‘みたいな人’は余計だろう」
アルヴィーゼが少年のように笑うと、胸がひどく苦しくなった。指をきつく絡め取られて寝台へ押し付けられ、身体の最深部を絶えず襲う甘美な衝撃が逃げ場を失って、やがてイオネの中で爆ぜた。隙間なく重なったアルヴィーゼの身体から、脈動が伝わってくる。
(帰って来たんだわ。わたしのところへ)
イオネは髪を優しく撫でるアルヴィーゼの手の温度を愛おしみ、まぶたを閉じた。
この日、陽が高くなってもアルヴィーゼは眠っていた。
(珍しい)
イオネはのろのろと起き上がって裸のまま仰臥するアルヴィーゼの顔を覗き込み、黒いまつ毛が目元に影を作り、頬の上で陽光が踊る様子をまじまじと眺めた。この美しい男が昨晩どんなに淫らなことをしたのか、思い出すだけで恥ずかしくなる。
イオネはちょっとした報復のつもりで鼻をキュッとつまんでやった。相当疲れていたのか、まぶたが開く様子はない。毛布を肩まで掛けてやり、そっと寝台を抜け出しても、アルヴィーゼは目覚めなかった。
「一昼夜休まず馬を駆ってお帰りになったようです」
と、朝食の席でドミニクが教えてくれた。どこか楽しそうな声色だ。
「少しでも早くイオネさまのお顔を見たかったのでしょう」
イオネは昨晩アルヴィーゼの髪が濡れていたことを思い出した。きっと帰るや否や湯浴みをし、すぐに寝台へ潜り込んできたのだろう。
(愛されているのだろうか)
イオネは顔が赤くなったのを隠したくて、紅茶のカップに口をつけた。
アルヴィーゼはイオネへの感情を「好きとは違う」と言い、その感情の凄まじさを言葉にすることを避けたが、イオネにはもっと単純なことのように思えた。
或いは、イオネが知る言葉では表すことのできない事象なのかもしれない。屈折したアルヴィーゼの心の内が全て理解できる人間はいないだろう。
それでもイオネに対しては、驚くほどまっすぐに感情を表しているような気がする。心の内が分かると言うよりも、行動がその動機を正直に示しているのだ。
「もう少しゆっくり帰ってくれば、そんなに疲れなかったでしょうに」
素っ気なく言いながら、イオネは唇の端をむずむずさせた。表情を保てないほどに、胸がくすぐったかった。
イオネのこの気分を降下させたのは、大学での出来事だった。
「否決されたよ」
と、ブロスキ教授が申し訳なさそうに言って、慰めるようにイオネの肩をポンと叩いた。
「予想していました」
イオネは表情少なく言いながら、内心でひどく憤った。
イオネがユルクス大学の理事会に協議を申し出たのは、ジャシント・カスピオが翻訳者及び言語学者として関わった本の出版差し止めを大学から出版社へ申し出て欲しいということと、カスピオのマルス語学会からの完全なる除名だった。
不正に利用された論文は、既に卒業したとは言え学生が在学中に書いたものだ。このことに対して共和国を代表する名門大学として責任ある態度を取らねばならず、この不正を黙認しては今後の大学の威信にも関わると、理事の一人であるブロスキも理事の一人として強く訴え出たが、他の多くの理事が首を縦に振らなかった。
理由は、例えどんなに不本意な取り引きがあったとしても、卒業した個人の意向により本人が代筆者としての仕事を受けた以上は大学が介入すべきことではなく、不正の張本人であるジャシント・カスピオはカスピオ家から離縁されているために、除名を通達すべき手段がないというのだ。
(腹が立つわ)
イオネにはもはや打つ手はない。
最悪な気分のまま大学の門を出ると、アルヴィーゼがイオネを待っていた。周囲の視線が馬上のアルヴィーゼに集中しているが、本人はイオネしか見ていない。アルヴィーゼはイオネにいつもの不遜な笑みを向け、手を差し出した。
「このまま食事に出る」
「屋敷には帰らないの?」
「たまにはいいだろう。料理番にも休暇が必要だ」
アルヴィーゼの手に引き上げられた時、イオネはその体温に触れて涙が出そうになった。自分でも想像できなかったほどに今回の件で心を削られている。
イオネがアルヴィーゼの脚の間に腰を落ち着けて、その胸に頭を預けると、アルヴィーゼがイオネの頭にそっと口付けをした。
身体を強く包む腕にそっと触れ、小さく唸ってもぞもぞと身体の向きを変えると、ローズマリーの石鹸の香りに混じってアルヴィーゼの肌の匂いが鼻腔に満ちた。温かくて、胸がざわつく。それなのに、ここ数日張り詰めていたものが不思議と解れた。
「起こしたか」
「ぅん…おかえりなさい」
「ちょうどいい」
イオネは意識の底でアルヴィーゼの言葉を聞いた。自分を覆う腕が離れ、湿った髪が胸元をくすぐって腹へと降りてきたのを、寝衣越しに感じる。
(……‘ちょうどいい’?)
イオネがまぶたの奥で疑問に思ったときには、アルヴィーゼの手が寝衣の裾から中に入り、腿の内側の薄い皮膚に唇が触れていた。
「ン…ちょっと…」
「ダメか?」
アルヴィーゼが吐息で笑った。掠れた声の奥に、熱が滲んでいる。
「あ…だめ…」
イオネはようやくまぶたを開いて膝の間に入り込んでくるアルヴィーゼの頭を掴んだが、容易く下着を剥ぎ取られて開かされた脚の間に口付けをされると、途端に抵抗する力を奪われた。肌に熱が走って、腹の奥が熱くなり、甘い痺れが脳にまで届く。
「ここはそうは言っていない」
指が秘所に触れ、湿り気のある音が暗闇の中でやけに大きく聞こえた。アルヴィーゼが秘所の上部で膨らんだ実に吸い付き、同時に指が奥へと入ってくる。
「んぁ…あっ!」
奥を指で探られ、感じやすい場所を舌で弄ばれて、しばらく触れられていなかったイオネの肉体はいとも簡単に絶頂を迎えてしまった。自分でもこの単純さに嫌気が差すほど、身体が貪欲にアルヴィーゼを欲している。
アルヴィーゼはイオネのもので濡れた長い指を舐め、暗闇の中で淫らに笑った。
「何日もずっと堪えていた。わかるか」
イオネはばくばくと身体の中で飛び跳ねる心臓の音を聞きながら、雨雲のように覆い被さってくるアルヴィーゼの熱く硬い肉体に腕を回した。
腹のあたりに、鋼鉄のように硬くなったアルヴィーゼの一部が当たっている。
「う。あの、これって…」
「ああ。だから、今すぐ鎮めてくれ」
アルヴィーゼの一部が中心に擦れ、そこが互いのもので濡れて滑り、今まで眠っていたイオネをひどく淫蕩な気分にさせた。
「あ――」
アルヴィーゼがゆっくりと中に入ってくる。
「…ッ、ああ、イオネ。毎晩こうする妄想をしていた」
「お、おかしいんじゃないの」
「もう知っているだろう。俺がお前を前にするとどうなるか」
アルヴィーゼが暗闇の中で柔らかく笑み、イオネの頬を手のひらでそっと覆って深い口付けを落とした。
からだの奥に刻みつけられる律動が、暗闇の中に辛うじて保っていたイオネの正気を剥いでゆく。
「お前は?」
アルヴィーゼが乳房の先端を指で優しく撫で、耳朶を噛みながら言った。
「この寝台で眠りにつくとき、俺を思い出したか」
「んん…」
イオネが顎を引くと、アルヴィーゼが強く奥を突いた。イオネは堪らずアルヴィーゼの腕に爪を立てたが、アルヴィーゼは痛そうな反応など微塵も見せず、何故か嬉しそうに息を上げた。
「ここを、自分で慰めたか」
繋がった場所をアルヴィーゼの指がなぞり、突起をくすぐった。火花が頭の中で散り、腹の奥で受けるアルヴィーゼの衝撃が、更に強くなる。
「あっ…。し、してないわ」
「ならいい。俺以外がここに入るのは許せないからな。例えこの可愛い指でも」
アルヴィーゼがイオネの右手に自分の手を重ねて指を絡め、自分の唇へ運んで口付けをした。イオネの心臓は今にも破れてしまいそうな程に強く打ち、胃の中で小さな鹿が跳ね回っているように落ち着かない。
やはりこの男は正気ではない。それでも、この狂気が堪らなく愛おしいと感じてしまうのは、自分もとうに正気ではないからだ。
「へんね…」
イオネは身体の奥にアルヴィーゼの衝動を受け、息も絶え絶えになりながら声を発した。アルヴィーゼのエメラルドの瞳が柔らかく熱を帯びて、弧を描いている。
「何が」
「あなたみたいな人に、こんなに会いたかったなんて…」
「‘みたいな人’は余計だろう」
アルヴィーゼが少年のように笑うと、胸がひどく苦しくなった。指をきつく絡め取られて寝台へ押し付けられ、身体の最深部を絶えず襲う甘美な衝撃が逃げ場を失って、やがてイオネの中で爆ぜた。隙間なく重なったアルヴィーゼの身体から、脈動が伝わってくる。
(帰って来たんだわ。わたしのところへ)
イオネは髪を優しく撫でるアルヴィーゼの手の温度を愛おしみ、まぶたを閉じた。
この日、陽が高くなってもアルヴィーゼは眠っていた。
(珍しい)
イオネはのろのろと起き上がって裸のまま仰臥するアルヴィーゼの顔を覗き込み、黒いまつ毛が目元に影を作り、頬の上で陽光が踊る様子をまじまじと眺めた。この美しい男が昨晩どんなに淫らなことをしたのか、思い出すだけで恥ずかしくなる。
イオネはちょっとした報復のつもりで鼻をキュッとつまんでやった。相当疲れていたのか、まぶたが開く様子はない。毛布を肩まで掛けてやり、そっと寝台を抜け出しても、アルヴィーゼは目覚めなかった。
「一昼夜休まず馬を駆ってお帰りになったようです」
と、朝食の席でドミニクが教えてくれた。どこか楽しそうな声色だ。
「少しでも早くイオネさまのお顔を見たかったのでしょう」
イオネは昨晩アルヴィーゼの髪が濡れていたことを思い出した。きっと帰るや否や湯浴みをし、すぐに寝台へ潜り込んできたのだろう。
(愛されているのだろうか)
イオネは顔が赤くなったのを隠したくて、紅茶のカップに口をつけた。
アルヴィーゼはイオネへの感情を「好きとは違う」と言い、その感情の凄まじさを言葉にすることを避けたが、イオネにはもっと単純なことのように思えた。
或いは、イオネが知る言葉では表すことのできない事象なのかもしれない。屈折したアルヴィーゼの心の内が全て理解できる人間はいないだろう。
それでもイオネに対しては、驚くほどまっすぐに感情を表しているような気がする。心の内が分かると言うよりも、行動がその動機を正直に示しているのだ。
「もう少しゆっくり帰ってくれば、そんなに疲れなかったでしょうに」
素っ気なく言いながら、イオネは唇の端をむずむずさせた。表情を保てないほどに、胸がくすぐったかった。
イオネのこの気分を降下させたのは、大学での出来事だった。
「否決されたよ」
と、ブロスキ教授が申し訳なさそうに言って、慰めるようにイオネの肩をポンと叩いた。
「予想していました」
イオネは表情少なく言いながら、内心でひどく憤った。
イオネがユルクス大学の理事会に協議を申し出たのは、ジャシント・カスピオが翻訳者及び言語学者として関わった本の出版差し止めを大学から出版社へ申し出て欲しいということと、カスピオのマルス語学会からの完全なる除名だった。
不正に利用された論文は、既に卒業したとは言え学生が在学中に書いたものだ。このことに対して共和国を代表する名門大学として責任ある態度を取らねばならず、この不正を黙認しては今後の大学の威信にも関わると、理事の一人であるブロスキも理事の一人として強く訴え出たが、他の多くの理事が首を縦に振らなかった。
理由は、例えどんなに不本意な取り引きがあったとしても、卒業した個人の意向により本人が代筆者としての仕事を受けた以上は大学が介入すべきことではなく、不正の張本人であるジャシント・カスピオはカスピオ家から離縁されているために、除名を通達すべき手段がないというのだ。
(腹が立つわ)
イオネにはもはや打つ手はない。
最悪な気分のまま大学の門を出ると、アルヴィーゼがイオネを待っていた。周囲の視線が馬上のアルヴィーゼに集中しているが、本人はイオネしか見ていない。アルヴィーゼはイオネにいつもの不遜な笑みを向け、手を差し出した。
「このまま食事に出る」
「屋敷には帰らないの?」
「たまにはいいだろう。料理番にも休暇が必要だ」
アルヴィーゼの手に引き上げられた時、イオネはその体温に触れて涙が出そうになった。自分でも想像できなかったほどに今回の件で心を削られている。
イオネがアルヴィーゼの脚の間に腰を落ち着けて、その胸に頭を預けると、アルヴィーゼがイオネの頭にそっと口付けをした。
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