白衣の女神と試験管

芦都朱音

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再会は危険な香りの苛性ソーダ風

再会は危険な香りの苛性ソーダ風③

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 翌日、春乃が集合場所に向かうと、どのクラスもある程度グループができ始めており、以前よりもにぎやかになった学生たちの姿があった。昨日の親睦会の効果らしい。春乃が光輝達を見つけるのより早く、「春乃!こっちこっち!」と呼ぶ声がした。声のする方を見ると、既に光輝、奈緒、紗友里の三人が集まっているのが見えた。
「おはよー。春乃ー」
小さく手を振りながら紗友里が言う。昨日寝付くときに靄がかかっていた顔が今やっとはっきりした。「おはよう」と言いながら春乃は紗友里を観察してみた。髪の毛は茶色のパーマで目はたれ目気味、赤い口紅を付けている。そして迫力のある胸元を一瞬見て目を逸らした。
「どうしたのー?何か変だったー?」
紗友里は小首をかしげて不思議そうに春乃を見上げる。
「いや、なんでもないよ」
光輝があんなことを言わなければこんな不自然な視線を送らなくて済んだのに、と思いながら光輝を見ると、凄いだろと言いたげな顔でこちらを見ている。紗友里の隣に立っていた奈緒はひっそりと自分の胸元を見下ろした。

 集合時間になると教員がクラスごとに集合写真を撮ることを告げた。果たして、大学生になってまでクラスでの集合写真などいるのだろうかと思いつつ、春乃達は指定の場所で整列した。自由に並んで良いとのことだったので、春乃は真ん中の列の一番端に立った。続いて隣に光輝、紗友里、奈緒の順で並んでいく。一番前の列は中腰、後ろの列には段があるため春乃達は多少かがむ程度で済んだ。
「写真楽しみだね」という奈緒と紗友里の会話を聞き、「青春の一ページだな」と光輝が春乃に向かって笑った。春乃はそこで写真の意味を見出した気がした。

 帰りは無事一組のバスに乗ることができた。もともと一組なのだから乗れて当然なのだが、何となく安心感があった。各々仲が良くなった者同士でかたまり、雑談に夢中になっている。春乃達も同様だった。
「やっぱり、大学生と言えばサークルだよな!」
光輝が目を輝かせながら言う。
「春乃はやっぱりテニスサークルに入るの?」
奈緒が後ろの席から顔を出す。
「んー、部活にするかサークルにするか迷ってる」
サークルというものがどういうものなのかはっきりはわからないが、大学生と言えば部活よりもサークルのイメージが強い。もちろん、部活の推薦で入学してくる学生がいるくらいなので、部活も盛んであることに違いはないはずだ。そして、サークルよりも部活の方が何かと厳しいイメージもある。勉学との両立を考えると悩ましいところだった。
「部活ってマネージャーとかも募集してるのかなー?」
紗友里は頬に人差し指を当てながら思案している。
「お!紗友里のマネージャーとか超似合うじゃん!」
光輝は即座に後ろを振り返って言った。「ホントー?」と紗友里は髪を手でいじりながら微笑む。
「奈緒はどうするの?部活?サークル?」
「私はサークルにしようかなって思ってる。春乃みたいに強いわけでもないし、のんびりやろうかなーって」
奈緒は「えへへ…」と頬を掻きながら言った。
「奈緒ちゃんもテニス部だったの?」
「うん、そうだよ。光輝君は野球部だよね?サークルどうするの?」
奈緒の質問に光輝は顎に手を当てて、「うーん」とうなってから言った。
「球技系は比較的何でもできるからオレもテニスサークルにでもしようかなー」
「テニスは野球と違ってホームランとかないからな」
「知ってるよ!」
四人の笑い声を乗せてバスは大学の敷地内へ入っていった。

 大学に到着すると、正門前から駅までの道には人だかりができていた。チラシを持った集団、在学生による勧誘活動である。バスを降りてくる新入生を狙って集まっているのだろう。春乃達は、しばらくもみくちゃにされている新入生達を呆気に取られて眺めていたが、気が付くと四人の周りにも在校生がおり、手にはチラシの束が握らせられていたのだった。
「吹奏楽部、軽音楽部、茶道部、演劇部、合唱部…」
「テニス部、バドミントン部、バスケ部、バレー部、サッカー部…」
「テニスサークル、バドミントンサークル、軽音サークル、レクリエーションサークルって何…」
「沢山あるねー」
テニスサークル、バドミントンサークル、軽音サークルに関して言えば、ざっくり見ても三個以上のサークルが存在しているようだった。売りはそれぞれ違い、『真面目なサークルです!一緒に楽しみましょう!』だったり『楽しく飲むのがモットーです!』や『参加自由!いつ来てもアットホームです!』などなど。
「『楽しく飲むのがモットー』って書いてあるのは、きっと飲みサーだねー」
数々のチラシを見ながら紗友里が言った。
「飲みサーって何?」
隣でチラシを眺めていた奈緒が紗友里を見た。
「お兄ちゃんから聞いたんだけど、飲み会ばっかり開くサークルを飲みサーって言うらしいよー。真面目に活動するのより飲み会の方が多かったりするんだってー」
「へぇー…」と三人の声がハモる。
「春乃は真面目な活動してるところの方がよさそうだからー…ここなんてどおー?」
紗友里は一枚のチラシを手に取った。そこには『大学公式サークル』という文字とともに『真面目に活動しています。主に週三回テニスコートを借りて練習を行い、楽しく活動しています。』と書かれていた。新入生歓迎会の日程は第一回が来週金曜日となっている。部活の方は一つしかないので、選ぶ必要もない。とりあえず、サークルというものがどんなものなのかを確認しておくのも良いだろうと春乃は思った。
「そうだね。ここに行ってみようかな…」
「じゃあ、オレもそこ行ってみよーっと」
「私も行くー」
「わ、私も!」
結局、満場一致で四人とも同じサークルの新入生歓迎会に参加することになった。春乃としては一人でも良かったのだが、三人が来るならそれはそれで心強い気がして少し安心した。

 そこからの一週間は早かった。ホームルームでカリキュラムを選択し、必修科目や選択科目のオリエンテーションを受け、本格的に授業が始まったのは新入生歓迎会当日の金曜日だった。
春乃達は授業を終え、集合時間まで学食で時間を潰していた。
「今日の新歓楽しみだね!どんな感じなのかな?」
奈緒は目を輝かせてテーブルに身を乗り出している。先に新入生歓迎会に参加したクラスメイト達からどんな様子だったかなどの情報は入ってきているものの、実際に参加するとなると多少なりとも気分が浮ついてくる。
「みんなで飲んで騒ぎ倒すんじゃないかなー」
心なしかメイクが濃くなってトイレから帰ってきた紗友里が奈緒の隣に座りながら言う。
「でも、お兄ちゃん曰く、大学公認のサークルだったら、そんな無茶ぶりとかないと思うってー」
春乃と光輝に向き直った紗友里は胸の下で腕組みをすると、テーブルに両肘を付いた。襟の大きく開いた服も相まって胸の存在感が増す。
「お、オレ飲み会とか初めてだからよくわかんないんだけど、楽しいのかな?」
胸の存在感に負けてしまった光輝が、視線を無理やり剥がすように紗友里の顔を見る。紗友里はニコッと笑いながら頬杖をつく。
「私達新入生は未成年だからお酒を飲まされることもないと思うよー。ジュース飲み放題くらいじゃないかなー?後は先輩達とお話ー?」
「あ、そっか」
光輝と奈緒は顔を見合わせた。自分たちがまだ未成年であることを失念していたようだ。春乃はある程度想定していたので大して意外でもなかった。しかし、ジュース飲み放題や先輩とのお話が楽しいものとも思えなかった。
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