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初めて欲しいと思った
しおりを挟む今日は、バレンタインデー。
俺の大嫌いな日だ。
「黒田君! あの、ちょっとだけいいかな」
いいかなと、一見伺いを立ててるようにも見えるが、実際に嫌だと断ると後々面倒な事になる事は以前に学習済みだ。仕方がないのでそのままついて行く事にする。
人通りの少ない裏庭へと連れてこられた。
「あ、あの。これ、受け取って下さい!」
そう言って突き出されたのは、ハート柄で禍々しいピンク色の袋でラッピングされた、チョコレートと推測される物体だった。
冗談じゃない。こんなおぞましい物を貰ったりしたら、どんな末路をたどる事か。
「嫌だ」
「…え?」
そいつは何を言われたのか分からないといった顔で、俺を見つめた。
「お前の事、興味無いし。勘違いされても困る」
淡々と事実を話すと、目の前の女の顔がみるみる赤くなった。
「ひ、ひどい…っ。なんでそんな事言うの?」
「言ったろ? だから興味無いんだ…っ」
ガスッ!!
「イテッ」
最後まで言い切る前に、顔面めがけて凄い勢いでアノ禍々しい物体がぶつけられた。
「黒田君、酷い! サイテー!!」
そいつは俺に物を投げつけて叫んだあと、バタバタと凄い勢いで走り去って行った。
「どっちが最低なんだか…」
俺の足元には、投げつけられた禍々しい箱が落ちている。
箱の角が蟀谷に当たっていた。もう少し俺の向いている方向が違っていたら、直接目に当たっていたかもしれない。
ため息を吐きながら、足元に落ちている箱を眺めていると、目の前に濡れたハンカチが差し出される。
ビックリして顔を上げると、白石水が立っていた。
「災難だったね。赤くなってる。冷やした方が良いんじゃない?」
心配そうな表情で、控えめに笑う姿に戸惑った。
顔と名前だけは知っていた。ある意味彼は有名人だから。
男子の間でだけ、密かに「大和撫子」なんてふざけたあだ名を付けられている。本人が知っているのかは分からないけど。
俺が黙ってジッと見ていたせいか、白石の心配そうな顔は気まずそうな表情に変わって行った。
「あ、ごめん。余計なお世話だったかな…。痛そうだと思ったから…」
そう言いながら白石がその手を引っ込めようとしたので、思わず俺はその手を握ってしまった。
「え」
驚く白石に俺も驚く。
「あ、いや。あの、ありがと。ちょっとびっくりしただけだから」
慌てて握った手を離して、濡れたハンカチを掴みなおすと、白石はホッとしたように微笑んだ。
その綺麗な、花が綻ぶような笑顔に、心臓がドクンと大きく響く。
なん、だ。コレ…?
今まで経験した事の無い、何とも言えない感覚。
ドキドキとうるさくなる心臓に、顔の熱くなる感覚。そして焦れるように甘く疼く全身。
分けの分からない自分の状態に戸惑いながら、受け取ったハンカチを蟀谷に当てた。
ハンカチで冷やしながらそっと白石を見ると、彼は小首を傾げながら俺の様子を窺っていた。
そんな白石の表情に、更に湧き上がる甘い感情。
――欲しい…。
凄く欲しい…。
手を伸ばしたら、自分のモノになるだろうか?
俺だけのモノに…。
「おーい、シロー。いつまで待たせんだよ、帰るぞ」
後ろから突然聞こえてきた白石を呼ぶ声にビクリとして我に返る。
「あ、礼人」
「もー、お前待ってる間に荷物増えちまったじゃねーかよ。罰として、半分シロも貰えよ」
「なにめちゃくちゃなこと言ってるんだよ。礼人がもらったんだろ。俺が食べてどうするんだよ」
礼人…。ああ、紫藤礼人か。確か、いっつも女子に囲まれてる奴。
親しげに話す紫藤に、モヤモヤする。
一緒に帰る事が前提の2人の仲に、嫉妬のような汚い感情が沸き起こった。
嫉妬…?
嫉妬なのか、コレ…。
自分の初めての感情の正体に戸惑いながら二人の会話を聞いていると、白石が屈んでアノ物体を拾い上げた。
「はい、これも。黒田がもらった物だよね」
「…え?」
「いや、だからさっきコレ彼女に投げつけられてただろ? 人に物を投げるのはどうかと思うけど、黒田の言い方も結構きつかったよ?」
受け取るつもりなんてサラサラなかったのだけど、白石に差し出されて思わず手に取ってしまった。
いや、そんな事より…。
「あ、いや。そうじゃなくて、…俺の名前…知ってたんだ」
「あ」
何かに気づいたように、一瞬白石の顔が赤くなる。
…え?
「だ、だってホラ。黒田って有名だろ? 頭は良いしカッコイイしスポーツマンだって。女子にもモテてるし…」
急にぺらぺらと褒められて、こちらの方が顔が熱くなってきた。
いつの間にかそばに来ていた紫藤が、ニヤニヤと笑いながら俺らを交互に見ている。
「なに笑ってるんだよ、礼人。ホラ、帰るんだろ、行くぞ」
白石はそう言いながら、先に立って歩き出した。
俺は未だドキドキとうるさい心臓をなだめながら、白石の後姿を眺めていた。
「おい」
うわっ。ビックリした、なんだこいつ。まだいたのか。
「お前、シロの事、守ってやれよ」
「…え」
紫藤は内緒話をする格好で、俺の肩を引き寄せて小さな声でボソボソと話を続けた。
「アイツ、素直すぎるし警戒心があんまりねーんだよ。ヤローの下心もちっとも気づいてないし」
「……」
「あんまり危なっかしいから、俺が時々睨み利かせてはいるんだけどさ。当の本人がアレだから、俺一人では心許ないんだよね」
「…なんで俺に…」
ミイラ取りがミイラにならないとは限らないだろうに…。
いや、なりそうな気配満々だ。
「お前なら例え転んでも大丈夫だからさ」
「…え?」
意味深にニヤリと笑いながら紫藤が囁く。
「ちょっと、礼人! 何やってるんだよ」
白石が少し離れたところから、紫藤を急かす。
「ああ、今行くよ。じゃあな、黒田。頼んだぞ」
俺の戸惑いをよそに、言うだけ言って紫藤が離れて行った。
何なんだよ、あいつ…。
この気持ちの葛藤をまるで知っているかのように…。
白石水…。
ふわりと笑ったあの遠慮がちな笑顔を思い出す。
触れたい、欲しい、自分だけのモノにしたい…。
今まで感じた事の無い初めての感情に、自分の中の何もかもが塗り替えられていく。
そんな危うい感情の中に、疼くような甘さを自覚して、俺は苦く笑った。
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