白いスープと死者の街

主道 学

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かくれんぼ

12話

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 体育館のステージの下には、体育館の面積を埋める程の椅子やテーブルが置いてある空間がある。整理整頓された椅子とテーブルは全て折り畳み式だ。隅っこからこっちまで並んでいる。
 埃と木の臭いが強くて、薄暗い場所だから男子たちには恰好の遊び場だった。
 そこへと僕は大原先生に連れられてきた。
「石井君……。どういうことかな? どうして、みんなと一緒に整列していなかったの?」

 大原先生は僕の目を真正面から見て、この子は一体何をしたのという感じの少し奇妙な顔をしていた。
 僕はどういえばいいか考える。
 本当は、先生たちの話を盗み聞きしていた。
 裏の畑から子供たちの……生きているけれど、バラバラの死体を見たから。
 隣の町の子供たちを乗せた帰りのバスから、一クラス全員行方不明になった。

 犯人が関係していそうだけれど、さっぱり解らない事件だ。何故って、どうやってと言うと具体的にはさっぱり解らなくなるからだ。
 放送室でチャイムが鳴った。先生たちが調べると子供の手の人形らしいものがあった。
 犯人は誰だか解らない。
 僕は考えたことを整理すると先生に勇気を持って告げた。

「僕じゃないよ先生。チャイムのことは知らない。トイレに行ったんだ」
 そう僕は涼しい顔をして言ってのけた。
 大原先生が混乱した。
「石井君。もう一度聞くわ。しばらくの間。本当にトイレに行ってたの?」
 大原先生は厳しい顔のまま言った。
「僕じゃない!! トイレに行ったんだ!!」
 僕はわざとムキに言った。

 第一、犯人が近くにいるとしたら、本当のことを言うのはすごく拙い。ひょっとしたら、目の前の大原先生かも知れない。
 犯人に僕が探偵のようなことをしていることは、当然なことだけど隠した方がいい。
 ここは何も本当の事を言わずに嘘を吐いていこう。
 大原先生は混乱した様子だ。

 大原先生の青白い表情を見て、僕は考える。だいたい解るけれど、裏の畑から人形の手足がでてきたのは、僕とおじいちゃんと母さんとお巡りさんの内田が見つけたからで、こうなると、そのことを一番に知っている大原先生の考えは、自然に僕が犯人か、それとも何かの間違いで本当にトイレに行ったのかのどっちかだ。つまり、気味が悪いと思われるし、疑われるけれど、この際は仕方がない。どちらにしてもバスの件があるから気にしなくてもいいくらいだ。

 それに、僕が盗み聞きしていた場所のクラスの生徒たちは、話に夢中で僕が隣にいたのかは正確には解らないはずだ。
 他の先生たちがステージの下へと、降りて来た。
「どうしました? 大原先生?」
 6年生のクラスを担当している男の先生。真壁先生だ。スポーツマンで髪の毛は短めで、いつもジャージ姿でホイッスルを胸にぶら下げている。
「何でもありません。真壁先生。……石井君。後であなたの家に行ってお父さんとお母さんに相談したいことがあります。下校の時は私の車で送って行きますから。お母さんにはそう伝えますね」


 大原先生の車は赤い軽自動車で、僕を乗せるとハンドルをすぐに勢いよく回した。学校の駐車スペースに車体が少し斜めになっているからだ。大原先生は駐車が下手なんだと思う。
 運転中は大原先生は無言で、その不安な表情からは隠すことができない不可解さからくる戸惑いが浮き出ていた。

 僕の家の駐車場は二台の車が置けるけれど、大原先生は裏の畑の砂利道の端に車を置いた。車体が少し斜めのような感じがしたけど、大原先生はまったく気にしていない。
 家の玄関から心配そうな顔をだしていた母さんがいた。当然、今の時間は父さんはいない。
 大原先生は玄関へと歩くと、隣を歩く僕の顔を不可解性からくる戸惑いのために微かに覗いていたようだ。
「ごめん下さい。先程お電話で連絡をした歩君の担任の大原です」
 立って母さんと挨拶をすると、大原先生は少し緊張気味な口調になった。

「まあ、いつも歩がご迷惑をおかけしております。学校では歩はどうですか? さあ、上がってください」
 母さんはとても不安な気持ちを抱いているのだろうけれど、大原先生と僕には悟られまいとしている。みんな不穏な雰囲気に怯えているんだ。
 母さんは玄関から隣の居間へと大原先生を招いて、僕と大原先生がテーブルにつくと、お茶の準備に取り掛かった。おじいちゃんは二階の和室にいるようだ。

 母さんがお茶を配り終えて、三人がテーブルに落ち着くと、僕の隣の大原先生が控えめな声音を使った。
「あそこの畑で、人形の手足が見つかったんですね? とても精巧な」
「ええ」
 母さんは少し身震いし、
「手足には赤黒いものが付着していたようです。私、怖くて怖くて……」
「それはそうですね。私も立場上は怖いのですけれど、怖さを心の底に押し込んで子供たちをただ信じることだけが私に出来ることだと思っています。きっと……子供たちの仕業ではなく……」
 そこで、大原先生は隣町の幼稚園での帰りにバスに乗った児童たちが、全員行方不明になったことを思い出したのだろう。

 僕は、テーブルの下の大原先生の手が、少しだけ震えたのが見て取れた。
「嫌だわ……もう。でも、きっと、もう少したてば何もかも良くなるわ。うちのおじいちゃんが言っていたんです。どんなに怖いものや嫌なものでも、結局は犯人より、みんなの力の方が強い時があるんだって」
 大原先生は学校で起きた事件に僕が関与しているのかは、次第に気にしなくなったかのように、母さんと話していた。

「そうですね……」
 大原先生は俯き加減になり、
「確かにみんなの力って、どんな事よりも強いでしょうね……。例え大きな事件を私たちが経験したとしても、そして、心に傷を負ったとしても、結局は治すのは人ですしね。……みんなの力ですか……」
 大原先生はニッコリ笑って顔を上げた。
 母さんは二階に目を向けるように上を見つめ、
「ええ、そうよ。こんなこともすぐになくなるわ」
 大原先生は僕のことを、母さんとおじいちゃんの知恵の話をしていると、どうでもよくなってきたようだ。けれども、二人には不可解なことからくる強い不安は完全には消えないようだ。

「実は、歩君。今日の全校生徒が体育館に集まる時に、大事な時にトイレに行ったんだそうで。その時に亜由美ちゃんも4年3組だったと思いましたが、席を随分空けてたんだそうです。でも、……私は信じていますよ」
 僕は首を捻って不思議に思った。けれど、あまり気にしないことにした。亜由美なら本当にトイレに行ったんだと思う。きっと、トイレで本を読んでいたのだろう。

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