白いスープと死者の街

主道 学

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大根

24話

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 裏の畑に大根を植えて家に帰ると、幸助おじさんが二階にいた。
 また、おじいちゃんと将棋をするのだろう。
 幸助おじさんは勝負事にはうるさい人だった。

 夕方の6時に自分の部屋で読書をしていると、一階から母さんの呼ぶ声が耳に入った。
「歩―。大原先生が明日。勉強や家庭の様子を知るために家に来るそうよー」
 ぼくの心臓は一瞬止まると、この上なくバクバクしだした。
 気が付くと洋服がずぶ濡れになっていたので、体中から冷汗が湧き出たんだ。
 ぼくは思考を全速力で回転させた。
「何時頃?」
 大声で一階の母さんに聞くと、母さんは少し間を置いて、
「午後の三時ですって」
「わかった」
 さあ、どうしよう。

 家の外へ出てしまって、その時間帯をどこかで潰そうか。
 それとも、わざと捕まる方法もある。
 外は急に大雨が降り出した。
 窓から大粒の水滴がスカイブルーのカーテンを濡らしていく。
 ぼくは読書を止めて、身を守るために何か対策を練ることにした。幸助おじさんのいる和室へ向かった。
 幸助おじさんはおじいちゃんに対峙して将棋盤に集中していた。

「ねえ、幸助おじさん。友達の持っていた映画を観て思ったんだけど、子供がナイフで刺されたシーンがあるけど。ナイフで刺されたらどうしたらいい?」
 幸助おじさんの溝の深い顔が一瞬引き締まった。
 こちらに向くと、顔が強張っている。
「応急処置でしょう。子供でも出来るのを後で教えてあげる」
「まあ、圧迫止血とかは大人の力じゃないといけないだろうね。でも、子供でも出来るかな?」
 おじいちゃんも将棋盤から目を放して、ずる賢い顔を引き締めた。
 それは、そうだろう。

 こんな事件が起きているのだから、不安な心を刺激してしまったのだ。
 いらない心配をかけてしまったけれど。
 でも、ぼくも必死だ。
 大原先生は多分、ぼくを何かの理由で車に乗せると人気のない場所で刃物で刺してくるんじゃないかな?
 でも、車の中へ連れ込まれるとかなり危険だ。
 首を絞めてくる可能性も否定できない。

 幸助おじさんに色々と聞かなきゃいけないんだ。何とか身を守って、殺人未遂罪という、のを大原先生に着せる。それが、ぼくのできる精一杯の対策だ。
 裏の畑の大根も気になるけど、まずは大原先生を何とか退治しよう。
 幸助おじさんとの約束は午後の7時になってからだった。

 うっすらと暗くなりだした裏の畑で行われた。ヨモギ・ドクダミなど止血剤となる薬草。静脈と動脈? までに達したら、つまり体の奥まで刺さったらナイフなどをぬかないこと。手やタオルなどで強く傷口を押さえること。
 幸助おじさんはとりわけ厳しい表情で事細かに実演しながら教えてくれた。
 ぼくは何度も聞き返して頭に叩き込んだ。


 翌朝。
 早朝に裏の畑に行った。
 薄暗いほどの厚い雲が御三増町全体を覆っていた。
 今にも大粒の雨が降り出しそうだ。
 ぼくはトボトボと砂利道を歩いていると、ぼくが植えた大根の辺りに虫の群れが湧いていた。
 ぼくは虫を取り払って、大根を抜いて家に帰る。

 早速、まな板と包丁を用意して、一枚だけ輪切りにして口に含んだ。
 辛い!
 味は凄く辛くて、どうしても生では食べられるものではなかった。
 左部木さんが嘘を言っていないのならば、利六町の大根は甘かったはず。だけど、裏の畑に植えると大根は辛くなった。

 一体どうしてだろうか?
 さて、大原先生を退治しなければならない。
 午後の三時まではかなりゆとりがあって、ヨモギやドクダミなど、タオルと固定するためのガムテープなどはすぐに揃いそうだ。念の為に麦茶の入った水筒と大き目のビスケットも入れた。
 殺人未遂罪が着せられれば、大原先生の脅威がなくなり、この事件の調査が楽になる。
 ぼくはリュックにそれらを入れて、時間まで読書をしていた。
 

 階下から母さんの呼ぶ声が聞こえた。
 時計を見ると、午後の三時だった。
 亜由美は一日中。部屋にいた。
 ぼくはリュックを持って、キッチンへ向かった。
「そのリュックどうするの?」
 丸っこい母さんはお茶の準備をしながら、キッチンで聞いてきた。
「なんでもないよ。大原先生が帰ったら篠原君と藤堂君と遊ぶんだ」
 玄関のチャイムが鳴って、母さんが出迎えた。大原先生は玄関越しにしゃちほこばって挨拶をした。
「歩君。勉強している?」
 優しい顔をした大原先生はニッコリと聞いてきたが、ぼくも涼しい顔で大きく頷いた。

「さっさ、上がってくださいな。大原先生。お茶を今配りますね」
「あ、お構いなく」
 大原先生はぼくの案内でリビングに行くと、一変して恐ろしい形相でギロッとぼくの顔を睨んだ。
 ぼくは心臓がバクバクしたけど、涼しい顔でニッコリとした笑顔を向けた。
 テーブルに二人で落ち着くと、大原先生はまたニッコリとしていた。
 母さんが盆を持って来た。

「歩くんは頭がいいんで、私は教師として安心しています」
 大原先生は控えめだが、丁寧に頭を下げて静かにいった。
「まあ。そうですか。きっと、おじいちゃん譲りですわね。あっ! いっけない!」
 母さんは急に強張った顔をして、本当のことをお世辞抜きで言ってしまった。
 なんだかんだいって、母さんも父さんもぼくのことを自慢に思ってくれているんだと思うんだ。けど、今では不可解な事件のせいで心配の方が強くてなかなか普通の話がしにくいように思える。
 きっと、誰も何が起きているのか解らないはず。

 二人とも学校で起きた用務員さんの死亡事件のことは一言も言わなかった。
 それどころか、世間話に花を咲かせた。
 やっぱり……不安なんだ。……母さん。
 大原先生は怪物だけど、母さんも周囲の人もやっぱり不安なんだ。
 そうだ。
 用務員のおじさんを殺害したのは、大原先生なのかも。

 でも、なんのために?
 あ! 学校の花壇に大原先生が落ちて来たのを見られたからだ。
 用務員のおじさんがいつも手入れをしているから、多分その時間帯に三階から落ちて来た大原先生を目撃したんだ。
 亜由美も目撃したけど、気が付かれなかったんだ。
 はて、確かあの日は体育館に他の先生たちと一緒に、大原先生も普通に帰って来た。

 一体。何故なのかな?

「それで、歩君のことで少しお話が……。最近、体育館で大事な集会の時にどこかへ行ったり、昨日、隣町の利六町に出掛けたそうで……。裏の畑から人形の手足が出てきたりと、何か一人で悩み事を抱えているのなら、教師として真摯に相談をしてやりたいのです」


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